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カレの思い出 #31

連載ものです。これは第3章となります。


さて、
就活しようか

そう思えたのは、あの日から1週間以上経ったときだった。

久しぶりに、部屋の全身鏡の前に、下着だけで立つ。
筋肉が落ちていた。
一気に体重がへり、当時は53キロ。
今も53〜54キロだけど、今とはわけが違う。

今は、
鍛えて、制限してこの体重にしてるのだ。
意図的にここにいる。

当時は、違う。
動かない日々で、59キロあったものが、あっという間に6キロ落ちたのだ。

しかも、1ヶ月半で。

筋肉はなくなり、
皮と骨のわたしがいた。

「あっ、体重だけ落としても、可愛くないじゃん」

そう思って自分を見つめた。

「うん、鍛えよう」

何かやることがある方がよかった。
何もやることがないと、沼にハマる。

オリは介護職で遠くに仕事が決まっていたが、
ダダは市内にいた。

「ねぇ、ダダ。仕事ってどこで探すの?」

「はっ!? そんなんも知らんの?
 たぶん、ハローワークじゃない?」

「ダダも知らないじゃんか! 笑笑
 ありがとう、行ってみる」

早速体力の落ちた身体で、
バイクに乗ってハローワークにいった。
職業柄、どこでも働けるし、
給料さえ妥協すれば、本当にどこでも
常に募集中の職種だ。

1件の募集に目をつけた。

自分の家からも近い。
もうここにはいないカレの家からも近い。
ここしかないなぁ、と思って面接に行ったら、
次の日から行くことになった。


そこは、
特別養護老人ホーム。
そこの給食を作る仕事だ。

1日目、初出勤の日

「この紙に、入所さんの様子や、状況を書き込むの。目を通しておいて。着替え終わったら声かけてね」

黄色いノートを渡された。
日にちと共に、みんなの様子が書いてある。



ーー
305号の〇〇さん
緊急搬送のため朝食からストップ
ーー
104号の〇●さん
嚥下困難のため、今日からメイバランスに変更
ーー
605号の●●さん
昨晩死亡
ーー



人の生き死にが、詰まっていた。
食事の数を把握するために、必要な情報だ。
それはわかる。
が、当たり前に書いてあるだけなのだ。
「ご冥福を……」
「残念でしたよね……」
という感情がなかった。
報告ノートだ。
申し送りなのだから、きっとそれが正しいんだ。


正しいんだ。
正しいはずなんだ。


今のわたしには、つらすぎた。
それ以上読むことができず、ノートを閉じた。
そして、込み上がる吐き気を飲み込み、
笑顔で
「終わりましたー!」と叫ぶのだ。


帰ってから、オリに即電話した。

「オリ!
 特養(特別養護老人ホーム)やばい!
 なんであんなに、人の死が軽いの!?」

「えっ?
 あー、あんた、特養の給食だっけ?
 あそこは、死を待つ人がいるところだもん。そんなもんでしょ?」

「そんなもんなの!?
 だって、それぞれ人生があって、
 生き方があって、大事な人もいただろうし……」

「夜勤務の時、気をつけなよー。
 出るから。死んだことに気づかないで、その辺を歩くおじいちゃんとかいるもの」

「やだっ、怖すぎる」

「だから、そういう場所だから。
 嫌ならやめるか、慣れるしかない」

「なんであんなに簡単に、
 死にましたーとか、書けるのかわからない」

「だからぁ、そういうところなの。
 もうボケちゃってたりするし、可愛いもんよー」

「無理だよ、わたし。
 死ぬってわかってるのに……」

「最期のごはんを、あんたが作ってあげてるって思えないの?」

「思えない……」

「なら、やめなさい。メンタルやられるわよ」

「えぇーーーー! 今日、初出勤ー」

「なら尚更いいじゃない。明日言っておいで」



次の日も出勤。

今日、出勤したら、明日は休みだ。
とにかく整理する時間が欲しい。


調理室に入ると、
昨日覚えたはずのプレートが、
なぜか無かった。

「あの……ここにあった、特殊食の〇〇さん、なくていいんですか?」

「あら? もう覚えたの?
 えらいわね。
 あの人ね、昨日、嚥下困難からの肺炎で運ばれたから、きっともう戻ってこないわよ」

「えっ?」

「あー、亡くなるってこと。
 ほら、早速、仕事しましょ!」

そう、笑顔で言った先輩の顔が歪んで見えた。
他人であれ、人の生き死に面したとき、
わたしは悲しめる人間でいたかった。
こんなにも「1減る」という、ただの数値で見ることに慣れていきたくなかった。

オリの言ってたことは、正しいのかもしれない。


疲れて重いのか、
心が重いのか、
重たい体を引きずり、
一旦休憩室に戻って、携帯を見ると
短大から着信があった。その場でかけ直す。

「すいません、着信あったんですが」

「あっ、🔺(わたしの名前)ね!
 急いで代わるわ」


担当の准教授に代わる。

「絶賛仕事中かい?」

「まぁ、働いていますが、どうかしたんですか?」

「帰りに寄れるかな?」

「えっ、短大ですか?」

「そうそう」

「16:00までなので、着替えて17:00までには余裕で行けます」

「よし、ではその時間に」


ぶちん!
えぇー、そんな扱いっすか!苦笑
変わらない先生の優しさ。
おかげで重い身体は少しだけ軽くなり、残りの仕事をこなして短大に行った。

「あっ、来たきた」

「あれ? 先生だけじゃなくて、なんで教授もいるんですか?」

「まぁ、座りなさい」
コーヒーをいただくが、変な空気だ。


教授が話し始めた。
「単刀直入にいこう!
 キミなら大丈夫、と准教授からのお墨付きだ。その大前提で聞いて欲しい。
 学校の栄養士を緊急で探してる。
 適任だろう。やってくれるかな?」

勤め始めたばかりですよ?
えっ、わたし?? できなくない、と思うけど。

「職場に確認しますが……」
「やってくれるんだね! よし、電話してくる」

わたし、まだ返事して無ーーーい!
のに、行くことになったらしい。

……

「先生? 状況確認がしたいです」

「だよねぇ。
 3ヶ月だけの期間限定の栄養職員を緊急で募集してて、あなたの名前が上がったのよ。
 ちょうど実家暮らしだし、3ヶ月後はどうなるかわからないけど、いい経験になるし。
 まぁ、3ヶ月後にまた就活してもいいでしょ? 遅くないわよ」

「なんで、わたしなんですか……」

「飛び抜けて優秀じゃない。あなたなら心配いらないわ」


そこまで言われちゃ、断りきれない。
まぁ、特養もあってなかったし
もう勤めることになったし、きっと天の采配だ。

「ちなみに、次の休みはいつ?」

「明日」

「なら、明日9:00にスーツでここに来て。
 履歴書も忘れずにね。
 教授の車で面接に行きましょう。
 そこで落とされることもあるでしょうし。
 うん、なるようにしか、ならない」

戸惑うわたしをよそに、
准教授と教授で面接の段取りまで終わった。
わたしだけついていけなくて、ポカンとしてしまう。

「あっ、帰っていいわよ」

まさかのー!!!
呆然としながら、帰宅した。


えっ、勤め先に、なんて言おう。


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