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後編 かくれんぼ、なんか、してないで。【ショート小説】

前編はこちら

絶対に離さない。
ベランダの手すりから落ちるかと思った。
息が止まりそうだった。
キミはときどき抜けてるから、
「あっ、ちょっと落ちちゃって」とか気軽に言うだろ?
4階からなら、命はないって知ってるか?

「なぁ、どうした?」

肩が濡れてる。きっとまた泣いてる
でも、肩なんか気にならない。
気になるのは、キミのことだけ。
不安で、仕事も手につかない。

赤い目のまま、
真っ直ぐに見つめて……


『ホットチョコ……飲みたい』


えっ、それ!?


「作るの?」
『うん、だから牛乳買ってくる』

23:00になる直前。
コンビニは10分あれば着くけど、今は1人にしたくない。

「俺も行く」
『だめ。仕事して?』

なんとなくわかってしまった。
そうか、仕事仕事で、
一緒にいるだけだったから。
2人きりの時間、足りなかった……かも。
自信はないけど、そんな気がする。

責めるでもなく
なじるでもなく
全ての気持ちを持っていく気なのだろう。
そんな優しく笑われたら、
行かせるしかないじゃないか。

上着を着て、玄関に向かった。

『じゃぁ……ね』

なんで、行ってきます、じゃないの!?
帰ってくるよね?


「やっぱりダメ!俺も行く」

大股で5歩あれば玄関なんか、たどり着く。

なんで玄関に来たの?って
キミの顔に書いてある気がして、
心が小さくなる。

優しく抱きしめられ、軽くキスされた。

『だぁ め』
「絶対帰ってくる?」
『うん、帰るから。
 だから、仕事終わらせてくれる?』
「わかった」

間違いない。
寂しい思いをさせたのだ。
せっかく来てくれたのに、仕事ばかりだったから。言い訳なんかできない。

本当は、終わってる予定だった。

この週末は、
2日とも時間がある予定だった。

一緒に買い物に行って、
お揃いのものを買って
おしゃれなバーにも行って
会えなかった日々を埋めるはずだったのだ。
それが、なぜか仕事の段取りが
うまく行かなくて、連勤続きだった。

昨日も今日も、
普段の半分も働いてないから
大したことないと思ってた。

キミからすると、大したことだよな。
悔やんでも、仕方ない。

でも、今日が最終日。
明日の朝には、キミは行ってしまう。


『ただいま。雨、降ってきたよ?』

気づかなかった。
雨にも
帰ってきたことにも。

「おかえり。濡れてない?」

余裕なふりして、俺は笑った。
キミが俺のやる気スイッチを押すんだ。
こんなに集中できたのは、キミのおかげでしかない。

『大丈夫。
 ねぇ、ホットチョコ飲む?』
「うん、ありがとう」

そんな会話をしつつ、
ホットチョコを作ってた。

よかった。
帰ってくると信じてたけど
見るまでは不安になる。

『はい、できたよ』

ホットチョコを飲みながら、俺の分も持ってきてくれた。
ウサギのような赤い目は
いつものように戻り、妙に清々しい。

「なんか、自分で解決してきた顔してる」

『解決はしてないけど……もう、大丈夫
 あとで時間があれば言うね』

まだ仕事は終わってないのだ。
ホットチョコを飲んだ後は、
また戻らなくては。


結局、手伝ってもらいながら仕事を終えた。
相変わらず、俺の扱いが上手い。
本当、どうして離れていなきゃ
いけなんだろう。



……さっきのね……と

顔を見られたくないのか、
キミは、泣きそうな声で、
俺の背中で語り始めた。

ーー
あのね
幸せになりたいだけなの。
望んでいいのなら、
それは、あなたの隣がいい。

でも、
それ以上に
あなたに幸せでいてほしい。
あなたに幸せになってほしい
ーー

背中でよかった。
こんな顔、見せられない。
嬉しくて、ひどい顔してると思うから。

同じことを思ってるよ?

こんなにキスが嬉しいのも
同じ空間に何時間いても平気なのも、
歴代彼女には、ないんだよ?
全部真実だけど、見たことないだろ?

なぁ、どこまで信じてくれる?


『ねぇ、わたしに何かあったら
 駆けつけてくれる?』

家財も全部運ぶのか?
買い直せばいい?
絶対持って帰ってくるという気がする。
ペットも飼ってたよな?
それも全部運ぶから……

そんなことを考えてたら、
不安なキミと目があった。

「あっ、ごめん。
 交通手段考えてた。

 荷物多いから車かな?
 いや行くだけなら飛行機……
 連れて帰りたいから車だな」

行かない、という選択肢は無い。
それだけ大事なんだ。
もし、俺の知らないところで何かあったら
耐えられない。
死んでしまったら、追いかける自信もある。

なのに、一緒に暮らそうって、
言い出すのは勇気がいる。
今の仕事、好きって言ってたからなぁ。

カレカノ?
こんなにも会えないし、
連絡もまめじゃ無い2人。

果たして、今の2人はカレカノなのだろうか?
結婚しようって言うには、
俺の仕事が忙しすぎるし、ここでは嫌だ。

結論なんか出せないまま
今回もまた
「現実」は否応なく追いかけてきて
「好き」という気持ちに甘えて
次に会える日は、きっと俺の仕事次第。


ごめんな……
って言葉は、キミには届かなかった。




友人の遠距離恋愛の話を聞いてると
「結局好きなんじゃーーーン!!」と
毎回ツッコミしてしまいますが、
当事者はせつない。


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