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最も重要なデザインスキルとは? キャリアと組織の視点で考える

デザイナーのスキルに注目が集まっています。
企業経営や行政・地方自治へのデザインの活用がさかんになり、デザイナーの貢献の幅も広がっています。デザインスキルはますます拡張する傾向にあり、デザイナーも組織経営者もその模索を続けている状況です。

この記事では、このように複雑化していくデザインスキルの中でも、とくに重視するスキルについて解説していきます。


デザイン人材のスキルマップ「技術マトリクス」

私は以前、デザイン人材のスキルマップ「技術マトリクス」2022年度版という記事を公開しました。これは私が所属しているデザイン会社コンセントで活用しているスキルマップの紹介記事であり、実際のPDFデータもダウンロード可能です。

イメージ画像:デザイン会社コンセントが活用する技術マトリクスの一部。縦軸が34個の職種、横軸が5つの技術レベルで構成されている表形式のもの。
技術マトリクス2022年度版(一部)。PDFはコンセントのウェブサイトでダウンロードできる。

技術マトリクスでは、34個のデザイン技術とそれぞれ5段階の水準を定めています。16の職種ごとに必要技術を設定し、コンセント全社の人材育成のために運用しているものです。

技術マトリクスはデザイン業界で注目を集め、内容について問い合わせをいただくことも増えてきました。その中で「34個の技術の中でとりわけ重要な技術はなにか?」という質問を複数いただいています。

参考までに34個の技術一覧:事業開発支援、組織開発支援、マーケティング・PR支援、ブランディング支援、ウェブガバナンス構築支援、技術戦略立案、プロジェクトプランニング、プロジェクトリード、プロジェクトマネジメント、コ・クリエーション、ネットワーキング、アカウントリレーション、ネゴシエーション、ドキュメンテーション、マーケティング&デザインリサーチ、エンジニアリングリサーチ、プロトタイピング、デジタルプロダクトディレクション、アートディレクション、テクニカルディレクション・クオリティ・技術管理、エクスペリエンスデザイン、情報設計、UIデザイン、エンジニアリング設計、コンテンツマネジメント、コンテンツデザイン、ジュアルデザイン、ビジュアルディレクション、映像制作、ライティング、フロントエンド・バックエンド実装、QA(品質保証)、進行管理、特殊技能


結論を先に述べると、すべての技術の中で「プロジェクトリードが最も重要という回答になります。その理由をデザイナー個人、組織経営者の双方の視点から説明していきます。

プロジェクトリードとは?

まず、プロジェクトリードとは何かを説明するために、技術マトリクスでの概要文を引用したいと思います。

プロジェクトのあらゆる場面で、仮説を含めた最適解を自ら提示し、プロジェクトを前進させる力。社内外メンバー(顧客含む)にベクトルを示し、人を動かすことができる。メンバーの動機づけを行い、ポジティブ・創造的な文化をつくり出すことができる。

要するに、自分で答えを出す力と、プロセスを示しながら周囲を巻き込み動かす力を合わせたものと理解すると早いでしょう。

プロジェクトリードの対象は大小さまざまです。キャリアの初期は2〜3名程度のデザインチーム内のプロジェクトリードから始まりますが、最終的には、難度も上がり、デザインチームを超えて数十名のステークホルダーが関与するプロジェクトリードに発展していくことになります。

ちなみに、技術マトリクスでは「プロジェクトマネジメント」という技術も存在します。プロジェクトリードは「推進」に重点があるもの、プロジェクトマネジメントは「管理」に重点を起くものと整理しており、目指す方向が微妙に異なっています。

イメージ画像:デザイナーが別のデザイナーに指示をしている現場風景。

プロジェクトリードでスキルにレバレッジを効かせる

なぜ、プロジェクトリードが最重要なのか。それは、この技術を獲得すると、その他の技術の習得スピードが一段と速くなるからです。スキル獲得にレバレッジを効かせられるとも表現できます。

ではなぜ、他の技術の習得スピードが速くなるのでしょうか。

1つめの理由は、自分自身でプロジェクトをアレンジし、自身の成長機会に裁量を持って取り組めるようになるから。デザインプロジェクトはその設計者・推進者の考え方でプロセスが大きく変わります。そのデザイナーはプロジェクト推進と技術獲得の両方に裁量と責任を持って取り組めるので、自然と成長が速くなるのです。

理由の2つめは、クライアント(ビジネスサイド)との対話が深まることで、デザインを相対化する機会に恵まれること。プロジェクトリーダーは「なぜそのプロジェクトが必要なのか」「どのような成果を目指すのか」といった対話や交渉の機会が増えていきます。その中で、自分の技術の価値をビジネス環境の中で相対化し、客観的に評価したり重要な課題に気づいたりすることができる。技術の陳腐化にいち早く気づき、その最新化に取り組めるということもあるでしょう。

理由の3つめは、視野が広がりデザイン技術を概観できるようになること。さまざまな職種のデザイン人材と協働することで、その仕事ぶりに触れられるようになる。それぞれの技術の詳細部分は理解できなくとも、その技術がいつどんな場面で必要になるのか、どんな価値を生むのかは理解できるようになる。この理解だけでも大きな前進があります。

プロジェクトリード獲得を組織で支援する

コンセントでは、組織を挙げてプロジェクトリード技術の獲得を重視しており、個人の努力だけに頼らない組織対応をしています。

たとえば「ひらくチャレンジ」という若手育成の制度があります。コンセントでは、新卒2年目の終わりまでにはプロジェクトリードを経験するという目安がありますが、それに該当するメンバーが実際の現場でプロジェクトリードに挑戦し、経験を積むためのしくみです。

ただ挑戦するだけだと不要なリスクを生むことになるため、シニアメンバーがスーパーバイザー(監督者)としてサポートし、プロジェクト品質と成長を担保する仕組みを構築しています。万全な体制をしきながら、組織的にプロジェクトリード技術の育成に取り組んでいます。

画像:ひらくチャレンジのロゴマーク。はためく旗がモチーフになっており、集団をリードする様子を象徴している。

私自身もキャリア2年目の終わりに初めてプロジェクトリードを経験しました。ある紙媒体(ムック本)のアートディレクターとして、プロジェクト責任者として立ち回りました。今でも鮮明に思い出せるほどに緊張し、冷や汗をかきながら仕事をしたのを覚えています。仕事に必要な度胸を早めに身につけることができたと感じています。

全員がプロジェクトリードできる状態へ

デザインプロジェクトにおいては、複数のメンバーがプロジェクトリード技術を身に着けている方が成果を上げやすくなります。

プロジェクトリードを身に着けていると、どんなポジションで動いたとしてもプロジェクト全体を俯瞰して動くことになるので、全体の論点やタスクの取りこぼしが減る。主体性をもって、仮説やソリューションを積極的にぶつけあうので、アウトプットのクオリティも向上します。

デザインプロジェクトでは、リーダーのプロジェクトリードの技術がつたない場合、その他のメンバーの能力水準が高かったとしてもそのメンバー能力が上手く発揮されないことも起こりえます。プロジェクトリード技術を持つメンバーが複数いれば、そのような危険性も減ることになります。

プロジェクトの誰か1人だけがプロジェクトリーダー然として動き、他のメンバーが依存的にふるまう場合は、活性したチーム運営は実現できないものです。極端な話、硬直的な分業体制と他責的なチーム文化が生まれる可能性すらあります。

プロジェクトリードできる人材が組織の成功要因に

組織経営の視点からも、プロジェクトリードの重要性について考えてみます。

デザイン組織では、人数が増えれば増えるほど、より多くのプロジェクトを実行できると思ったらそうでもありません。プロジェクトリードできるメンバーのキャパシティを超えて、プロジェクト実行することはできない。要するに、組織全体で担当できるプロジェクトの数は、プロジェクトリードできる人の数に依存するということです。組織の総合的なデザイン能力のボトルネックはプロジェクトリードの技術に起こるとも言い換えられます。

コンセントは、ありがたいことにプロジェクトの相談を多くいただいています。しかし、そのような状態でもメンバーの稼働が空いてしまうことがあります。プロジェクトリードできるメンバーが常に稼働し続けている状態でも、プロジェクトリードできないメンバーの稼働は空いてしまうのです。仕事の相談をいただいても、プロジェクトリードできないメンバーだけでは、その仕事に対応できないのです。

プロジェクトリードできるメンバーの数が全体のボトルネックになるので、全体のプロジェクト対応量を増やすには、プロジェクトリードできるメンバーを増やすしかない

一方で、仮にプロジェクトリードできるメンバーが多すぎたとしても、そのメンバーはリードしない立場でプロジェクトに関与することもできるし、外部パートナーを活用したプロジェクト運営に切り替えることもできます

イメージ画像:デザイン人材の多様性をおもちゃの人形で比喩している。

多様性を背景にした人材戦略

ここまでプロジェクトリードの重要性を述べてきたが、私はプロジェクトリードできない、もしくは、しようとしないデザイナーを否定したいわけではありません。人間なので得手不得手はあります。ライフステージによっては、責任者ポジションを回避する状況も生まれます。

プロジェクトリードが、個人の技術習得やキャリア形成の観点から「おトク」であることに変わりありませんが、その認識をもって、あえて別の技術に専念するのも良いと思っています。

組織経営者は、そういった多様性を踏まえた上で、デザイン人材のポートフォリオや人数バランスに頭をひねる必要があります。前述のようなボトルネックが発生したり、期待値低下を招いたりという事態は存在します。採用の見極めなのか、育成施策の構築なのか、はたまたその両方なのか、いずれにせよ工夫は必要です。



※本記事で紹介した「プロジェクトリード」を組織的に育成するための取り組みが、下記記事で紹介されています。具体的で実践的な内容です。参考になるかと思います。


※本記事を肉付けするものとして「日経デザイン 2023年1月号」への寄稿記事があります。有料記事ですが、ご興味ある方はぜひご覧ください。


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