人の心の動きをデザインする。大広WEDO 鯉沼 悠さん【後編】
ブランドと顧客の長い関係性のデザインを目指したプロモーションを推進している鯉沼さん。後編では、コミュニケーション・デザインに対する思い、これから広告業界を目指す学生へのメッセージをお聞きしました。
<前編の記事はこちら>
株式会社大広WEDO
プランナー/デザイナー
鯉沼 悠さん
[ Profile ]
Koinuma Yu ● 京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)大学院 芸術文化領域修了。2007年、大広入社。19年、クリエイティブ、プロモーション領域に特化した「大広WEDO」設立に伴い、同社に転籍。Yahoo!ニュースのトップ掲載、Yahoo!急上昇ワード2位獲得。受賞経験多数。テレビCM、Web動画、ブランド体験コンテンツ(デジタル/リアル)、PR施策、オウンドコンテンツなどの企画制作を手掛ける。現在は、江崎グリコ、積水ハウス、金鳥などを担当。
デザインとは設計だ
ODC プロモーションを構築する上で、こだわっているのはどんな事でしょうか。
鯉沼さん 「ブランドアクティベーション」というのを大広自体も謳っているのですが、ブランドの価値観、世界観でお客さんをちゃんと捕まえておく、賛同してもらう、共感してもらうために、すべてのプロモーションはあるべきだと思っています。ブランドのコアの哲学の部分を大事にしていきながら、それを基に価値観を形成していくというのが大事で、そこが代理店の側の責任、やるべきことなのではと。「こうしたら相手はどう思うか」という相手の心の部分を想像しながら、自分たちの言いたいところとお客さんとの間で相性のいいところを探していく。そこが常に一番悩むところですし、意識してやろうと思っているところです。
ODC YouTuberによる広告が活性化してきたりと、SNSが存在感を増してきました。マス広告との関係をどう見ていますか?
鯉沼さん マスが有効ではなくなってきたかというと、そうでもないんだろうなと思っています。SNSのトレンドニュースを見ても、テレビ番組由来のものは往々にしてありますし、YouTubeは万能かと言われると、実際、そうでもない。非常に限定的な、周りのファンに向けた広告という側面もあるので、個人的には、どちらがいいということではなくて、メディアミックスで両方使っていくのがいいのではないかと思っています。
僕らとしては、マスとSNSに架け橋を造るのも役割の一つなのかなと思います。個人的には、メディアが変わっても、人間の心の部分は劇的には変わらないと思っているので、見た人がどういう風に動くのか、どう感じるのかを想定した上で、どこにどうメディアを配置するのか、どのメディアでどういう反応が返ってくるのか、というのも考えてコミュニケーションを設計するという感じですかね。
大学の頃に、最初の授業というか冒頭のオリエンテーションに近いものだったんですけども、「“デザイン”を日本語に直しなさい」という投げかけがあって、みんなデザインというと表面の意匠の話をしがちだったのですが、「デザインには設計という意味が強くあるから、その意味を忘れないでね」と先生から言われまして、そのことが今も非常に強く印象に残っています。
どういう風に設計していくのか、設計されたのか、その設計の基づくところ、つまりは見た人にどう思ってもらうのか、そこのところをしっかりと考えなさい、ということだったと思います。今でも、それをすごく意識しています。
ODC 有形、無形にかかわらず…。
鯉沼さん そうですね。究極的には、僕らの仕事はコミュニケーションをデザインすることだし、もっと言うと、人の心の動き方をデザインすることだろうという風に思っています。
ODC SNSを通じて個人が発信できる環境が整ってきて、ともすれば、短絡的といいいますか、直截的なメッセージが増えてきました。YouTuberの画像の中には、文字がガンガン表示されて汚く感じるものも…。
鯉沼さん 僕自身は合わせちゃうので、すごく面白く思ってもらえるのであれば、別に画面が汚くなろうがいい、という割り切りみたいなことはしています。日本人は、ビジュアルの読み取りよりは文字の読み取りの方が早いと思っていて、多言語が前提の海外は、比較的ノンバーバル(非言語)な表現をしなければならないという環境なわけですが、日本では日本語を画面に出して伝えるほうが伝わりやすいようなところがあるのかも。それはそれで文化なのかなっていうのは、感じますけども。
僕が最初に読んだ漫画が「AKIRA」で、父が持っていて、家にあったからなんですが、カオスな感じから始まっていて、街並みがぐちゃぐちゃで、それがちょっとカッコよくて。その辺の体験があるので、あまり美醜にこだわりがないのかもしれません(笑)。バチバチに整備されているのが悪いとは思わないのですが、すごく整理された状態というのは、果たして人が楽しい気持ちになれるのかどうか、というのもまた一つあるよな、というのは正直、感じるところです。
情報の出し方自体が美しくないもの、というのは、(ネット空間には)あると思います。誰かを貶めたり騙したりすることがないように、というのは当然。誰でも発信できる分、何を発信するのか、その質が問われる時代になっています。そこの質をどう設計できるかが大事だと思います。
ODC 5Gになると、またフェイズが変わってくるかもしれないですね。
鯉沼さん リアルタイムで双方向化することになれば、我々はどう入っていけるかという課題はあるかもしれません。
人の気持ちを考えられる人と仕事がしたい
ODC お仕事をされる上での信条を教えてください。
鯉沼さん やはり、デザインは設計だという点。「人にどう思ってもらうのかを考えながらやる」という事に関しては、ずぅーっとやっているつもりです。なるべくそういうご提案をさせていただきたいし、自分自身もなるべくそこにこだわっていきたいと思っています。
ODC 影響を受けた仕事はありますか?
鯉沼さん 大貫卓也さん(※1)の広告って、すごくカッコいいのに、ギャグが成立している。ああいう文脈の面白さ、カッコよさというのには、すごく憧れましたね。映像だと、福里真一さん(※2)。すごく“人間”なんだろうな、と。あんなに人のことを考えて、それをアウトプットできるのはすごいなと。ずっと憧れていますね。
※1 アート・ディレクター。ラフォーレ原宿、ペプシコーラ「ペプシマン」、ソフトバンクなど日本広告史上に残る名作を多数制作。
※2 CMプランナー/コピーライター/クリエイティブ・ディレクター。ジョージア「明日があるさ」、トヨタ自動車「こども店長」、東洋水産「マルちゃん正麺」など、数々の話題作を制作。
ODC 関心のあるカルチャーなどは?
鯉沼さん ジェイク・アンド・ディノス・チャップマンというイギリスのアーティストが好きで。すごく不謹慎なアート作品を作る人たちで、暴力的でもあるし、問題作だらけの人たちなんですけども。彼らの、ある種の悪意みたいなところとユーモアのレベルの高さ、相手にどうやったら問題提起を不快な形で与えられるか(笑)という設計は、アートだなっていう。すごくパンクだなと思って見ています。
ODC お仕事柄、コンプライアンスに縛られがちだからかも?
鯉沼さん 抑圧とかではないです(笑)。イギリスの人はユーモアのレベルが高いと思っています。モンティ・パイソンやバンクシーとかもそうですが、ユーモアがありながら問題提起や新しい価値観を提示するモノを作っているところがありますよね。イギリスから出てくる人たちは人の心を掴みながら、知的に枠をはみ出す力みたいなものを持っているので気になっています。
ODC 広告業界を目指す学生にメッセージをお願いします。どんな人と働きたいですか?
鯉沼さん 「人のことを考えられる人」です。今の時点で、デザイン的に飛びぬけて秀でてなくてもいいし、面白い企画が考えられなくてもいい。世の中のことを見たり、人の気持ちを考えられる人、共感性を持てる人とは、是非、一緒に仕事をしたいです。そういう人とだったら、建設的に仕事が進んでいくので。そのためには、いろんな人の気持ちを理解するための勉強をしてほしい。本や映画で接したり、漫画でもいいですし、この人がなぜこう考えてるのかなと探ったり、こういうことになっていくんじゃないのかなと想像したり、相手にこの言葉を伝えたときにどう思うのかなと推し量ったり…。そういうことをいっぱいしてもらえるとうれしいです。
ODC 広告業界の未来はどうなりそうですか?
鯉沼さん 大企業さんだけではなくて、すごくちっちゃい企業さんでも、我々がお手伝いさせていただいて、一緒に成長していくということが実現できるのであれば、広告業界に未来はあると思います。お客さんの気持ち、体験みたいなところ、商品も含めて、得意先と一緒に作っていければ、もうひとつ違う広告業界の顔が生まれてくるのでは。本当に必要とされるものを、本当に必要な人に届ける、そういうことができれば、すごくいいなと思っています。
※撮影時のみマスクを外していただきました。
■WORKS
江崎グリコ:カプリコ プロモーション
年間のコミュニケーションやプロモーションを担当。TVCM、YouTube動画、PR他店頭企画やキャンペーン景品の提案等も担当。
<前編の記事はこちら>
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インタビュー中、繰り返し登場した言葉は「人の気持ち」「設計」。大きな変化の波に洗われる今、これらを掛け合わせた鯉沼ワールドが、新たなコミュニケーションの地平を見せてくれるはず。期待せずにはいられません。