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【小説】紫陽花の君

人生で初めて女の子に告白された。
高本さんが教室を出て行ってしばらく経っても、僕の心臓は、まだドクンドクンと大きな鼓動を響かせている。この鼓動は「傷つけてしまった」という罪悪感と、突然カミングアウトしてしまったことへの後悔、自分で言ったくせに、ばらされたらどうしようという不安が入り混じっていた。

高本さんはうちの高校で、同じ中学出身の一人だ。
中学3年生の時に初めて同じクラスになって、修学旅行で同じ班になり、一緒に京都の名所を廻った。班は、男女分かれて3名のグループを作り、くじ引きで組合せが決まった6名だった。僕を含む目立たない3人組と、高本さん達明るく元気な女子3人組の「3年2組F班」は、ガールズトークに僕らがやや強引に巻き込まれる形で急速に仲を深めた。僕以外の2名の男子は修学旅行の事前学習あたりから明らかに社交的なり、男子の友達ともよく喋るようになったし、僕も女子と話す機会が増えた。馬鹿にするわけでもいじるわけでもなく、どんどん自分達の会話に僕らを巻き込んでいく高本さんはバラエティ番組のMCみたいだった。高本さんのおかげで、中学3年生の頃は、僕の義務教育生活で一番楽しい時間になった。

高本さんと僕は高校3年生でまた同じクラスになったが、1年、2年とあまり接点がなく、高校に入学してから仲良くなった井口と2年生の初め頃から付き合っていると聞いていた。井口は入学当初から高本さんが気になっていたようで、中学時代の話を少しだけしたことがあったがそれは1,2回だ。僕らの話題の中心は趣味の音楽の話ばかりだったし、僕は同性愛者なので恋愛の話題は避けていた。井口に対して友人以上の気持ちを抱いたこともあったが、それこそ高本さんの話を聞いてすっぱり気持ちを断ち切ったのだ。それなのに。

1時間前、僕は高本さんに呼び出された。
久々に来たLINEのアイコンは、色調をはかなげにした紫陽花になっていた。高本さんといえばポムポムプリンのアイコンだったので、名前の「shiho」を見なければ誰だか分らなかった。教室に現れた高本さんは、髪がうっすらと茶色に染まり、上手くは表現できないが、どことなく色っぽくなっていた。15歳から18歳の女性の変わりように僕は少しだけ戸惑った。
「久しぶりだね。」
「そうだね。」
校庭で野球部の練習する掛け声や、バットがボールを打つ音が聞こえる。廊下は誰もいないようで、静寂が僕と高本さんを包み込む。
「斉藤君、背、伸びたね。かっこよくなった」
僕をまっすぐ見つめるその瞳で、僕は、高本さんが僕に恋をしていることに気付いてしまった。
「どうしてそんな顔してるの?」
僕は自分がどういう顔をしているのか見当がつかなかった。
「ごめん、高本さん、僕は気持ちに応えられないんだ」
「まだ何にも言ってないんだけど!」
「あ、ごめん」
高本さんは一気に緊張がほどけた様子で、少し笑って椅子に腰かけた。
僕はやっちゃいけないことをしたと自省した。
「斉藤君そういうところだよ、ははは、ちょっと待ってよね。あー、でもちゃんと言わせて。ちょっとここ座って。」
僕は高本さんに言われた通り席に座った。目線が同じ高さになり、高本さんの顔が近づく。綺麗なまつげをしている。
「私、斉藤君のことが好き。中三で修学旅行に行ったとき、ああ、一緒にいてこんなに心地いい人いるんだって思ったの。だから、斉藤君が受ける高校友達に聞いて、同じ高校選んじゃった。ごめんね、気持ち悪いことして。」
「そうだったんだ…。ごめん、全然知らなかったよ」
「言ってないから」
高本さんの口元は笑みを浮かべているけれど、瞳は悲しそうだ。僕は申し訳ない気持ちで胸が苦しくなった。高本さんは僕なんかよりずっと頭が良かったはずなのに、なぜ僕と同じ高校に進学したのかずっと疑問だったのだ。
「どうしてダメなのか、教えて?もう、チャンスはない?もしかして、彼女、いる?」
泣きそうな声で高本さんは僕に問う。
「僕の恋愛対象は」
急にカミングアウトするのは僕のエゴじゃないかと考えが過ぎる。でも、希望を持たせる方が酷だ。
「僕の恋愛対象は、男性なんだ。高本さんは素敵な女性だと思う。すごく可愛らしいし、性格もいいよ。でも、僕は女性を恋愛の対象としてみることは出来なくて、その」
話をする間、僕は高本さんの目を見ることが出来なかった。高本さんは、小さく「分かった、ありがとう」と言って、教室を出て行った。教室は、さっきの何百倍も何千倍も静寂に包まれ、僕の心臓の音だけが僕の体中に響いた。

**

井口から、高本さんと付き合うことになったと言われたとき、「あれ?2年生の頃から付き合ってるんじゃないの?」と言えた自分を褒めたい。
「いや、2年の時も付き合ってて、まあくっついたり離れたりしてたんだけどさ、なんか今回は志穂が、みんなに内緒にするなっていうから、一応、報告」
井口は照れくさそうで、嬉しそうだ。右手の薬指にお揃いらしいシルバーの指輪が光る。井口の様子だと僕のカミングアウトは聞いていないようだが、高本さんのあの恋する瞳は、僕を追いかけて同じ高校に来たというのは、何だったのだろう。
「幸せにしてあげてくれよ」
と僕が言うと、井口は
「なんだよ、えらそうに」
と笑った。
「修学旅行、一緒の班だったから」
と、僕も笑った。やっぱり僕は井口のことが好きだと思った。

#2000字のドラマ

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