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主人の手は近くて遠い(奥様の独り言)


男性の手は、すてきだなぁと思う。
手というより、指が好き。細くて長い、少し骨張っている、神経質そうな指。ピアノやギターを弾くひとみたいなの。

主人の手も好き。指は細くはないけど、大きくてあったかい。

でも、それはちょっと遠い存在。

その「手」について、思い出したことがあって、今日はそのことを書きます。けして楽しい話ではありません。奥様の独り言だと思ってください。

彼はさっぱりとした性格だ。男友達が多いし、こう言ったら悪いけれど、昔から女っけがない。一緒に歩くときも一歩前をずんずん歩いて、わたしはそのあとをついていく。

昔から、一緒に手をつなぐことは少なかった。そんな姿を誰かに見られるのが恥ずかしいみたいだ。

彼は機嫌のいい時はきまってわたしの肩を組んでくる。背が高いから、上からがっしりと抱え込まれて、スポーツのチームメイトのようになる。まぁそれはそれで楽しいし、わたしも嫌いではない。でもやっぱり、もうちょっとさ、恋人らしくがいい。

これならどうだと、腕を組もうと試みる。すると今度は、横腹がくすぐったいと遠慮される。そんなところも彼らしいのだ。

だから付き合っていた頃は、一緒に歩くときには彼の上着のポケットに手をつっこんでいた。ポケットがない時は、シャツの裾をこっそりうしろから掴んで歩いていた。


一年前のある晴れた日、一緒に公園へ散歩に出かけたときのこと。人通りも少なく静かな場所で、雨上がりでしっとり濡れた紫陽花がきれいで、穏やかな時間が流れていた。こうしておしゃべりしながら二人で歩くのは久しぶり。

手を繋ぎたくなった。何も言わず、そっと主人の腕に手を伸ばしてみた。

―繋がないのはわかってる。案の定、返ってきた言葉は、


「ムリムリムリムリ!(いい笑顔)」

これは想定の範囲内。いつもであれば、

「えっ?ちゃんと手洗っておいたよ?大丈夫、手つなご!!」「いやいや(苦笑)、いいって!」と、くだらないやりとりを繰り返して、冗談で終わらせる。いつからか自分を面白おかしく仕立てるようになった。

それなのに、その日はなぜか心から悲しくなって、おかしいね、涙が出てしまった。

言葉がストレートに刺さる。ムリだって。急に自分が汚いもののように思えてくる。

足を止め、小さく息を吸って吐く。あっという間に距離が離れていく。小走りで追いかけて、「ね、手つないで」と小声でお願いした。

泣いたことを気づかれたくなくて下を向く。彼がどんな顔をしているかもわからない。きっと呆れているだろうな。無言のまま手を引かれた。手を重ねると落ち着かないのか、主人は必ず人差し指と小指の付け根の関節をぐりぐりと押してくる。痛いよ。しばらくおしゃべりしていたけど、なんだか情けなくて嬉しさも楽しさも半分になってしまった。

なんて面倒な女なんだろう。わかっているのにわざわざ余計なことをして、勝手に真に受けて泣いている。

いつまでも子どもっぽくて甘ったれだ。ここがわたしの悪いところ。このひとから、もう自立したいと思っていても、何もできていない。結局はこのひとに甘えてばかりいる。


夫婦ってなんだ。

ただ触れたかっただけ。ほんの少しでいいから。それすら上手に伝えられない。わたしには言葉も、気持ちを汲み取る力も、足りないのはわかってる。

何も言わなくても気持ちが寄り添い通じ合う。そんなこと本当にあるのだろうか。

何かのはずみでその手に触れたときでさえ、心がほんのり温かくなるのはわたしだけなのか。


近くて遠い、その手。いつもこんな感じ。




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