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災害や事故などに対する組織のレジリエンスを評価したい

組織レジリエンス研究会座長の田代邦幸です。
事業継続マネジメント(BCM)や災害対策などに関するコンサルティングを生業としており、そのために必要なノウハウを蓄積するために、関連分野の調査研究に従事しています。

【記事要約】
当研究会が目的としている、「組織のレジリエンスを評価する手法を開発する」というテーマについて、なぜそのような手法を開発する必要があるのか、どのようなアプローチで開発を進める必要があるのかという根源的な部分について、現時点での考え方を共有する。

なぜ組織のレジリエンスを評価したいのか

当研究会は、組織のレジリエンスを評価する手法を開発することを目的として活動している。その中でも特に、組織が災害や事故などによる影響から立ち直っていくためのレジリエンスを評価することに主眼を置いている。

ここで本稿における「組織のレジリエンス」を定義しておく。本シリーズの2022年4月22日付『レジリエンスという言葉』(注1)において指摘されているとおり、「レジリエンス」の定義は多様であるが、本稿では国際規格ISO22300における定義「Ability to absorb and adapt in a changing environment」(変化する環境を吸収し、環境に適応する能力)(注2)を採用する。

筆者らが組織のレジリエンスを評価する手法を開発したい理由は主に次の二つである。いずれも主に企業を想定しているが、一つは取引先を選ぶ際にレジリエンスの観点を考慮しやすくするため、もう一つは組織のマネジメント活動に必要だと考えられるためである。

一般的に、企業が取引先を選ぶ場合には、提供される商品やサービスの品質や性能、価格、納期、アフターケアの良さなどが考慮されると思われるが、これらの条件に大差が無ければ、よりレジリエントな企業を選びたいという場合が考えられる。なぜなら、重要な取引先で事業中断が発生すると、自社の事業継続が危ぶまれる可能性があるからである。多くの企業で行われている与信調査は、相手企業のレジリエンスを金銭的な観点から評価するものと考えられるが、金銭面にとどまらず総合的なレジリエンスを評価したいというニーズもあるはずである。

またマネジメント活動という観点からは、企業が自社のレジリエンスを維持向上させるための活動の成果をどのように評価するかという課題がある。企業がよりレジリエントになるための活動としては、事業継続マネジメント(Business Continuity Management:BCM)への取り組み、よりレジリエントなサプライヤーや業務委託先の選定、財務基盤の強化やリスクファイナンシングなど様々な取り組みが考えられるが、いずれの場合でもある程度の投資が必要になる。したがって経営者としては、自社をよりレジリエントにするために投資した結果としてどの程度レジリエンスが向上したのか、その費用対効果を評価する必要があるであろう。しかしながら、後述するように、現状ではレジリエンスを評価する手法は無い。したがって経営者としては、レジリエンスを維持向上させるための活動に関して、期待される費用対効果が曖昧なまま予算を承認し(もしくは否認し)、また結果に対しても具体的な評価を下すことができない。このような状況では、経営者は自社のレジリエンスを維持向上させるための投資に対して、積極的な姿勢をとりにくいであろう。

したがって、組織のレジリエンスを評価する手法が提供されれば、企業が自社のレジリエンスを維持向上させるための取り組みが活発化する可能性が期待できる。また、各社がよりレジリエントな取引先を選べるようになれば、それは自社のレジリエンスを高めるだけでなく、取引先にとっても自社のレジリエンスを維持向上させるためのインセンティブとなり得る。このような変化の連鎖が、社会全体としてのレジリエンスに寄与すると考えられるため、組織のレジリエンスを評価する手法の開発が急務なのである。

組織のレジリエンスを評価する方法は本当に無いのか?

残念ながら、現状では企業のレジリエンスを評価する手法はない。Ruiz-Martin et al.(2018)は、組織のレジリエンスに関する文献を論文データベースなどから収集し、191件の文献を対象として系統的レビューを実施した結果から、組織のレジリエンスの評価方法に関するコンセンサスができていないことを報告している。

なお、組織のレジリエンスに関連する評価手法の例としては、情報マネジメントシステム推進センターが運営している「事業継続マネジメントシステム適合性評価制度」がある(注3)。これは、事業継続マネジメントシステム(Business Continuity Management System:BCMS)に関する国際規格「ISO22301」に基づいて、第三者機関の審査員がBCMSの運用状況を評価するというものである。しかしながら、これは組織において、レジリエンスを維持向上させるための仕組みが適切に運用されているかどうかを評価するものであり、レジリエンスそのものを評価する手法ではない(注4)。

人の運動能力の例に当てはめると、これはトレーニングに必要な施設や機材の準備状況やトレーニングのしかたなどを評価するもので、トレーニングの結果として運動能力がどのくらいになったかを評価している訳ではない。一方、筆者らは運動能力そのものを知りたいのである。

どうすれば組織のレジリエンスを評価できるのか

ところで、そもそも「組織のレジリエンスを評価する」ためには、具体的には何をすれば良いのだろうか?という基本的な部分に疑問を感じる方も少なくないと思われる。そこで本稿では、いったい何を測定できればその組織のレジリエンスを評価できたと言えるのか、という問題について、筆者なりの考えを示す。

冒頭で述べたとおり、本稿ではレジリエンスを、「変化する環境を吸収し、環境に適応する能力」と定義しているので、人間の運動能力を評価することを例にとって、組織の能力であるレジリエンスを評価する方法論についての説明を試みる。

人の運動能力を評価する方法としてはスポーツテストがあり、日本では文部科学省が「新体力テスト実施要項」を定めている(注5)。もし走る能力を評価したければ50メートルを実際に走らせてみて所要時間を計測する。このとき所要時間が8秒だったとしたら、その人は「50メートルを8秒で走る能力がある」と評価される。

ところが本稿の冒頭で述べたように、筆者らは災害や事故などによる影響から立ち直っていく能力を評価したいのであるが、評価のために実際に災害や事故を起こすというのは現実的ではない。しかも、実際に災害が発生した後に状況を評価するのではなく、災害が発生する前に災害への対応能力を評価したい。これは前述のたとえで言えば、その人が50メートルを何秒で走れそうかを、実際に走る前に推定したい、ということである。

ここで考えられるアプローチの一つは、災害や事故が発生する場面を設定して演習を行うことである。具体的な場面設定や演習シナリオなどを用意し、演習の進め方や運営を工夫すれば、実際に災害などが発生した場合にその企業がどのように対処できそうか、対処においてどのような問題が発生しそうか、などを確認・検証することができる。実際に、緊急事態対応や事業継続などに関して多くの企業で演習が実践され、その有効性が確認されている。

しかしながら、演習で確認・検証できるのは、その場面設定やシナリオの通りの事態に陥った場合の対処だけである。地震に被災するという場面設定で演習を行ってうまく対処できた企業が、火災にも同様にうまく対処できるとは限らない。だからといって様々な種類の災害や事故に関する演習を漏れなく実施するというのも無理がある。

前述の「新体力テスト実施要項」では、50メートル走のほか、握力や上体起こしなど、全部で8つのテスト項目が定められており(6〜11歳の男女児童の場合)、これらの項目をテストすればその人の運動能力を総合的に評価できるということになっている。では組織のレジリエンスを総合的に評価するためには、どのような種類の(もしくは何種類の)災害や事故について演習を行えばよいのだろうか?このように考えると、組織のレジリエンスを総合的に評価する方法としては演習は不向きであると言わざるを得ない(注6)。

もう一つのアプローチは、組織のレジリエンスに影響を与える可能性のある要素を評価し、その結果から組織のレジリエンスを推定する方法である。前述の50メートル走の例に当てはめると、短距離走に影響を与えそうな要素(例えば体重、歩幅、足の筋力、フォームの良さ、心肺機能、靴のスペック、など)を調べた結果から、この人が50メートルを何秒で走れそうかを推測できるのではないか、ということである。具体的に「8.2秒」などと予測するのは難しいかもしれないが、サンプルを数十〜数百人分くらい集めれば、前述のような要素の分析結果から「上位3割に入るかどうか」、「平均を上回るかどうか」くらいの大まかな推測は可能になるのではないだろうか。

今のところ当研究会では、このアプローチに可能性があると考えて検討を進めている。そのためには、組織のレジリエンスに影響を与える可能性のある要素を、できるだけ網羅的に見出さなければならない。それらをどのように見出していくのかは、別途あらためて記事にしたいと思う。


【注釈】

  1. 北郷陽子「レジリエンスという言葉」 https://note.com/orgres/n/n0837fa05ff95 (2022年7月19日アクセス)

  2. ISO 22300: 2021 Security and resilience - Vocabulary より引用。日本語部分は筆者による和訳。

  3. 情報マネジメントシステム推進センターWebサイト「事業継続マネジメントシステム適合性評価制度」 https://isms.jp/bcms.html (2022年6月3日アクセス)

  4. これはBCMSだけでなく、品質、環境、情報セキュリティなどのマネジメントシステムに共通して言えることである。例えばISO9001の認証を取得した企業では、品質を維持向上する仕組みが適切に運用されていることが確認されているのであって、その企業の製品の品質が他社の製品と比べて高いとは限らない。

  5. 文部科学省Webサイト「新体力テスト実施要項」 https://www.mext.go.jp/a_menu/sports/stamina/03040901.htm (2022年6月3日アクセス)

  6. 特定の種類の災害や事故への対処について確認・検証をしたい場合には、演習は有効な手法である。

【参考文献】

Ruiz-Martin, C., López-Paredes, A., Wainer, G. (2018), “What we know and do not know about organizational resilience,” International Journal of Production Management and Engineering, 6(1), pp. 11-28.

一般社団法人レジリエンス協会 Web サイト
http://www.resilience-japan.org
組織レジリエンス研究会のページ
https://resilience-japan.org/category/research/organization/