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レジリエンスという言葉

【記事要約】
災害対策や事業継続の分野でレジリエンスという言葉が多用されているが、レジリエンスに関しては多様な定義が提案されており、標準的な定義が確立されていないため、多少の混乱も見られる。そこで「組織のレジリエンス」について論じる前に、そもそもレジリエンスとは何なのか、その概念や定義について改めて考察する。

組織レジリエンス研究会メンバーの北郷陽子と申します。
普段は事業継続マネジメント(BCM)にかかわる仕事をしています。

私が初めてレジリエンスという言葉に出会ったのは 2015 年でした。
2015 年は、仙台防災枠組、持続可能な開発目標(SDGs)、パリ協定と、災害リスクマネジメントに関係する複数の国際的な枠組みが採択された年で、それらの枠組みの中でもレジリエンスという言葉が多く登場していました。ただ、レジリエンスという言葉の定義を辞書で確認しても、登場している文脈に合うような、合わないような・・・と混乱したことを覚えています。

英語辞典を見てみると、例えば Oxford 辞典では 2 つの意味を示しています。

1. The capacity to recover quickly from difficulties; toughness.
(困難から素早く回復する能力、強靭性。)
2. The ability of a substance or object to spring back into shape; elasticity.
(物質や物体が跳ね返って、もともとの形になる能力、弾性。)

LEXICO. “Meaning of resilience in English”. https://www.lexico.com/definition/resilience, (参照 2022-04-01)(和訳部分は筆者)
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また、国語辞典においても同様に、弾力、復元力、回復力、強靭さ、といった定義がされています。

次に、もう少し業界よりの定義として、ISO の定義を見ていきます。
事業継続マネジメントに関する規格を含む、社会セキュリティに関する用語を定義した ISO 22300 では、レジリエンスを次のように定義しています。

Ability to absorb and adapt in a changing environment.
(変化する環境を吸収・適応する能力)

ISO 22300: 2021 Security and resilience - Vocabulary(和訳部分は筆者)

ちなみに、上記の定義は 2012 年版(下記)から見直しがなされており、新しい方(上記/2021 年版)では「absorb」という言葉が加わっています。したがってレジリエンスの定義は、今後も多少なりとも変化していく可能性があるととらえた方が良いと考えられます。

Adaptive capacity of an organization in a complex and changing environment.
(複雑かつ変化する環境下での組織の適応できる能力)

ISO 22300:2012 Societal security - Terminology
(和訳部分は ISO 22300:2012 を和訳して制定された JIS Q 22301:2013 より引用)

では、そもそもレジリエンスという言葉はいつ頃から使われている言葉なのでしょうか。
レジリエンスの語源は、ラテン語の “resilio” で、「跳ね返る(bounce back)」や「跳び退く(jump back)」といった意味です(参考文献 (1))。レジリエンスという言葉が科学の分野で初めて使われたのはフランシス・ベーコン著「Sylva Sylvarum」(森の森、1625年)、辞書に初めて掲載されたのはトーマス・ブラント編纂「Glossographia」(1656年)で、1839 年の文献では「逆境から立ち直る能力」という意味で使われているのが確認されています(参考文献 (2))。

レジリエンスのベースとなる考え方は、語源に基づき「跳ね返って元の状態に戻ること」であり、そこから解釈が広がり、「災害や事故などの逆境からの回復力」を指すようになったと考えられます。

上記の「bounce back」という言葉は、レジリエンスに関する英語圏の議論でも良く登場し、元の状態に戻ることを意味します。これに対して、災害リスクマネジメントの観点で考えると、元の状態に戻ることが必ずしも良いことなのか?という疑問が生まれます。元の状態に戻ることを意味する「bounce back」では、力のある人は力のあるまま、脆弱な人は脆弱なまま、というようにパワーバランスが固定化してしまい、その結果、また再び同じような災害を繰り返してしまうのではないか?という考えです。

そこで、「bounce back」に対して「bounce forward」という概念が提唱されています。すなわち、元の状態に限らず最適な状態へ進化すること、元の脆弱な状態を解消するため、仕組みそのものを変革していくことを目指す考え方です。

【参考】「bounce back」と「bounce forward」の違い(参考文献 (3))

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同様の議論は、「reactive resilience」と「proactive resilience」という表現でも行われており、既存のシステム・仕組みの範囲内で元に戻るのか、システム・仕組みそのものを進化させるのかという異なる考え方が示されています。

Reactive resilience と Proactive resilience の概要(参考文献 (4)~(6))
Reactive resilience:既存(例えば災害前)のシステム・仕組みを維持し、既存のシステム・仕組みの中で取りうる対応をとる
Proactive resilience:環境の変化に応じて、システム・仕組みそのものを進化させる

これらの議論を踏まえると、レジリエンスという言葉を用いるとき、元の状態に戻ることを目指すのか、元の状態に限らないあり方を目指すのか、意識する必要があると考えます。災害対策や事業継続の分野でレジリエンスという言葉が使われたとき、「この人はどちらの意味で使っているのだろうか?」と一度立ち止まってみてはいかがでしょうか。もちろん、特に両者を区別することなく使っているケースが大半かもしれませんし、レジリエンスの解釈に関する観点は他にもあると考えられます。

レジリエンスには複数の定義があること、かつ、定義は確定したものではなく、変化し続けている言葉であることを前提に、レジリエンスという言葉の意味を解釈する姿勢が必要です。

組織レジリエンス研究会 北郷陽子

【参考文献】
(1) Manyena, S. B., O’Brien, G., O’Keefe, P., and Rose, J.: Disaster resilience: a bounce back or bounce forward ability?, Local Environment, 16, 417–424, 2011.
(2) Alexander, D. E.: Resilience and disaster risk reduction: an etymological journey, Nat. Hazards Earth Syst. Sci., 13, 2707-2716, 2013.
(3) International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies, World Disaster Report 2016, p.194 (https://www.preventionweb.net/files/50615_wdr2016finalweb2.pdf)
(4) Dovers, S. R., and Handmer, J. W. (1992). ‘Uncertainty, sustainability and change’, Global Environmental Change, 2(4), pp. 262–276.
(5) Jordan, J. C. (2015). ‘Swimming Alone? The Role of Social Capital in Enhancing Local Resilience to Climate Stress: a case study from Bangladesh’, Climate and Development, 7(2), pp. 110-123.
(6) Walker, B., Holling, C. S., Carpenter, S. R. and Kinzig, A. (2004). ‘Resilience, adaptability and transformability in social–ecological systems’. Ecology and Society, 9(2), p. 5, The Resilience Alliance.


一般社団法人レジリエンス協会 Web サイト
http://www.resilience-japan.org
組織レジリエンス研究会のページ
https://resilience-japan.org/category/research/organization/