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ナッサウ伯マウリッツとフレデリク=ヘンドリクの伝記 ~最適解ではないにせよ、チャレンジする価値のある英語版3冊


「いただいたご質問への回答」に代えて

いただくご質問の中で最も多いのが「マウリッツについて教えてください。」というふんわりした一行質問です。サイト内にマウリッツについてはけっこう書いてるつもりなので回答のしようがなかったのですが、その中で「マウリッツの伝記はありますか?」というご質問があり、なるほどそういう意図かと勝手ながら解釈することにしました。

オランイェ公ウィレム一世については、①日本語②平易な英語ともに伝記があり、noteでもご紹介しています。

その息子たちであるナッサウ伯マウリッツやフレデリク=ヘンドリクの日本語の伝記はありません。軍制改革関連の書籍で一部出てくる程度です。
オランダ語には多少あります。ただ、わざわざオランダ語で伝記を読みたいと考える方であれば、おそらく既にご自身でアクセスしていると思われますし、英語以外の洋書レビューは需要もないため行うつもりはなくここでは割愛します。

英語での平易な伝記もありません…と思っていたら、1件発見したので読んでみました。著者は、noteで八十年戦争概説として挙げた「History of Holland」と同じ、George Edmundsonです。

その他、旧版『金獅子亭』で紹介していたRowenの1冊も復活で記載しました。


Frederick Henry, Prince of Orange 

パブリックドメインのため、上記リンクからPDFのダウンロードが可能です。

書誌情報

George Edmundson
The English Historical Review
Vol. 5, No. 17 (Jan., 1890), pp. 41-64 (24 pages)
Published By: Oxford University Press

読書メモ

George Edmundsonの、いちおうフレデリク=ヘンドリクの伝記です。1890年と古いです。19世紀の論文で24ページの短いものですが、その1/3近くがフレデリク=ヘンドリクより過去の話、さらに1/3近くがフロール攻囲戦とスヘルトヘンボス攻囲戦の話(妙に詳しい)。

といったとおり、フレデリク=ヘンドリクだけではなく父のウィレム一世について若干、マウリッツについてもまあまあのページ数を割いて書いてあるため、マウリッツとフレデリク=ヘンドリクの両者の伝記に近いものと言ってしまって良いでしょう。マウリッツについてはレスター伯時代からはじまり、クーデターの時期についてもそれなりに書いてあります。ただ、マウリッツに関する軍事的な内容はありません。

あまり他では書かれない、フレデリク=ヘンドリクの若年期があるのがみどころです。ニーウポールトの戦いやミュルハイムの戦いのエピソードにも触れてあります。ロマン主義っぽい内容なので19世紀人が好みそう。

フレデリク=ヘンドリクの政治に関しては、この論文で書かれている期間が1630年頃までということもあり、アールセンやリシュリュー枢機卿がらみで少しだけです。後半は全部攻囲戦の話ですが、前半はけっこう時系列が前後し、急にウィレム時代に戻ったりするのでやや混乱を誘います。

そして最終ページに「つづく」とありますが、続きません。19世紀あるあるです。フレデリク=ヘンドリクがオランイェ公になってから5-6年程度までの分量なので不足感は否めません。というより、この続きが同じ著者によって書かれた「History of Holland」ですね。この論文の続きにあたるのは10章部分。いずれも英語はシンプルでわかりやすいです。


History of Holland / The Eighty Years' War

いったん上記で別途記事書いていますが、そのうち該当の章について再掲します。

X. From the end of the Twelve Years' Truce to the Peace of Munster, 1621-1648. The Stadtholderate of Frederick Henry of Orange

この10章の前半(マーストリヒトの前まで)は、「Frederick Henry, Prince of Orange」とかぶる記述もあります。後半は通史で、同じくアールセンや、前作にはいなかった法律顧問のパウとカッツにも言及されているものの、ほとんどがフレデリク=ヘンドリク主語で書かれています。最後の段落のみ、フレデリク=ヘンドリクの死後なので取ってつけたようなミュンスター条約の話になっています。

のでフレデリク=ヘンドリクに関してはこちらのほうが伝記っぽく、且つ、話の進み方も時系列一方通行でわかりやすいです。軍事と政治の話もバランスが良く、「Frederick Henry, Prince of Orange」のように妙に長い箇所や端折った箇所はありません。要所要所にエピソードも添えてあります。逆にこの時期のオランダ共和国としての政治ネタとして読むと、フレデリク=ヘンドリク色が強いので少し物足りないかもしれません。

VI. The Beginnings of the Dutch Republic

話は前後しますが、マウリッツ版は6章の半分程度。オランダ軍の攻勢の時期についてこちらも時系列による記載になっており、おそらく日本(マウリッツ=軍事関係とのイメージが強い)でマウリッツについてもっと知りたい、という方に適した内容かと思います。ほかに9章でもクーデターがらみの話で、マウリッツも登場はします。いずれもの章も、10章のように主語として語られるわけではないので、あくまで伝記ではなく概説の一部としての記述です。

冒頭の質問への回答としてもっとも近いのがこの6章かと思います。


The Princes of Orange: The Stadholders in the Dutch Republic

Google Booksではマウリッツの途中まで試し読みできます。レベル感の確認にどうぞ。

書誌情報

Herbert H. Rowen (著)  Cambridge Studies in Early Modern History
出版社 ‏: ‎ Cambridge University Press; Reprint版 (1990/9/20)
発売日 ‏: ‎ 1990/9/20
言語 ‏: ‎ 英語
ペーパーバック ‏: ‎ 268ページ

読書メモ

現在『金獅子亭』は第6代URLですが、第5代頃まではこの洋書のレビューも載せていました。第6代になるときに洋書はけっこうばっさり削除しています。当時のデータが無いので新たに書いています。

共和国時代のスタットハウダー経験者であるオランイェ公全員(つまりフィリップス=ウィレムを除く)を網羅した伝記です。8名で8章+2回の無州総督時代に3章割いてあるので計11章。マウリッツが第2章、フレデリク=ヘンドリクは第3章です。この2つの章しかちゃんと読んでいません(なぜなら後述するように難しいから)。サブタイトルは以下のとおり。

  1. マウリッツ・ファン・ナッサウ:共和国の守護者

  2. フレデリク=ヘンドリク:寛容にみる堅実

まずは、完全に政治分野の話です。例を挙げれば、マウリッツについてニーウポールトは単なる地名として一回出て来るのみで軍事関係はほぼ無し(フレデリク=ヘンドリクについては列記程度)、軍制改革の内容を期待すると肩透かしを食らいます。そして決して初学者向けではない学術書です。伝記として第1冊めで読むにはおすすめしません。この時代の一定の知識があり、彼らが何をしたかある程度知っていてはじめて楽しめる内容です。

まずもって「スタットハウダー」という役職があいまいなものです。議会によって任命される一官吏にすぎません。オランイェ公は神聖ローマ帝国の「公」(公国の君主)ではありますが、ネーデルランドには飛び地で小さな所領をいくつか持っているだけで、「ホラント伯」等のこの地方の主権とは完全に切り離されています。議会や市民や外国君主や支持者が何と言おうと、ホラント伯やブラバント公などの主権者、ましてや「オランダ王」というまったく新しい「権利者」には、「正統性」がなければなろうと思ってなれるものではありません。

オランダ共和国も作ろうと思って作ったものではなく、スペイン王権を拒否してみたのはいいものの、その後誰も君主のなり手がいなくなり仕方なくできたものです。この時期他国には、王権と議会が並立している政治形態は存在していますが、オランダ共和国の「議会が主権者で、それと別になんだか高位の貴族が司令官としているけれども、政治権力はなさそう」という状態を、おそらく諸外国もよく理解できていません。その宙ぶらりんな状態で、スタットハウダーはどのように内政や外政に介入しそして干渉されたか、というのが全体のテーマです。はしがきに著者が書いているとおり、「魚でも鳥でもない」一種独特の制度がスタットハウダー制度です。

マウリッツに関しては、ほとんど対レスター伯と対オルデンバルネフェルト(十二年休戦条約およびクーデター)の2つが主なトピックです。マウリッツは主体的に政治に関わったわけではなく、巻き込まれた感が強いので主題が絞られているのかと思われます。逆にフレデリク=ヘンドリクは内政外政に渡って細かいトピックの集合体です。やはり本人が関わった分野の広さによるものでしょう。Edmundsonで物足りなかった場合、こちらとの併読でだいたいカバーされるかと思います。

難しい、とは書きましたが、英国のアマゾンレビュアーは「学術書だけど一般人もアクセスできる内容」と書いていますし、管理人も卒論に使ったので、分野に興味があれば学部生にも充分おすすめできるものです。




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