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オランイェ公ウィレム一世の伝記 ~「祖国の父」の難問山積な一生を描いた邦語訳1冊+簡易英語版2冊


日本語で読めるオランイェ公ウィレムの伝記はウェッジウッドの『オラニエ公ウィレム』がありますが、著者・訳者ともに若干癖があったり、枝葉末節が多くシンプルな理解がしづらいこともあって、一般には(価格も含めて)読みにくいです。なのでその代わりになる平易な英語版も2冊挙げました。

どちらも英語ですが読みやすく、おそらく前者は小中学生向けの偉人伝として書かれたもの。後者はそのロングバージョン的な位置づけの中高生向けのようなので、順番としてはこの順に読むと良いと思います。書かれた時代は大体同じ1900年代、著者同士に特段の関係性はないと思いますが、いずれも2013年に同じ出版社からKindle化されていました。


『オラニエ公ウィレム―オランダ独立の父』

著者: シシリー・ヴェロニカ・ウェッジウッド /瀬原義生
出版社: 文理閣
サイズ: 単行本
ページ数: 391p
発行年月: 2008年03月
定価: 4725円

読書メモ

難解な英語といわれるウェッジウッド。日本語で読めるのは本当にありがたいです。(それにしても人ごとのようでアレですが、オランダ史関係の伝記なんて日本で需要あるのだろうか…)。

訳者も著者の「感情移入が強い」と書いているように、小説ばりの書き口。原書は1944年のものですが、未だ多分にロマン主義的といえるでしょうか。確かに、人物については好き嫌いで書かれている印象なので、必要以上に個人の善悪が強調されているきらいはあります。が、沈黙公について知りたいことは、だいたいこれ1冊で事足りると思われます。

それにしても見ていて可哀相なくらい、ウィレムの前にはいつも難問が山積です。ページ数も多いですが、読みきるのにけっこう精神的なパワーも要ります。

とくに1570年代後半の政治的攻防、1580年代のアンジュー公問題で、ウィレムは敵を増やしていってしまいます。何人か入れ代わり立ち代わり出てくる政敵については、各人あまり掘り下げて書かれていないので、誰がどういった人物か、あらかじめ調べたうえで読んでいったほうがわかりやすいと思います。パルマ公はウィレムとほとんど直接対面で関わっていないためか、かなりあっさりめに書かれているのがちょと物足りないかも。

訳者によると、カナ表記等技術的なことに関しては、管理人もスタンダードとしている『身分制国家とネーデルランドの反乱』の著者から直接助言を受けたとのこと。また、巻末には訳者の「補遺」としてウィレム暗殺後の八十年戦争史についても概観してあり、「主人公の死=最終回」な大河ドラマとして終わっていないのも、この日本語版のうれしいところです。

備忘メモ。
p.32 「パリのウィレム」ではウィレムの再婚相手の候補者がメアリ・ステュアートのように書いてありますが、これはメアリ違い。ソワソンおよびアンギャン伯ジャン(ヴァンドーム公シャルルの息子)の未亡人マリー・ド・デストゥトヴィルのことです。

マリー・ド・ブルボン=サン=ポル - Wikipedia

The Story of William of Orange

Ottokar Schup (著), George Upton (翻訳)
ページ数: 75p
発行年月: 1906年

読書メモ

述べ2時間程度で読める短いバージョン。もともとドイツ語のものを英語に訳したからというのもあり、非常に平易な表現で読みやすいです。ウィレム一世の生涯を簡単に知るにはとても良い本。 …といいたかったのですが、いかんせんバランスが悪いかな…。半分読み進めたところでようやくアルバ公が登場し、ウィレムの若い頃に重点が置かれすぎているきらいがあります。当然、ウィレムは「反乱」以前の若い頃は、一介の貴族に過ぎず、前半部はウィレムの伝記というより、当時の時代情勢とフェリペ二世について書かれているといっていいと思います。

個人的には1572年以降、オランダ帰国後のウィレムの政治的なやりとりがウィレムの伝記の肝と思っているのですが、ローティーン向けということもあってか、そこがいちばん流されてしまっている気がします。逆に最後の暗殺前後のシーンについてはやや長めに取ってありますね。 それでも概説としては申し分ありません。

そして実はこの本のいちばんおススメできる部分は、『ユトレヒト同盟』や、ウィレムの『弁明』について、適度な分量で要約してあること。この部分だけ日本語に訳出しておくと使えます。

全文ではありませんが、かなりの部分が公開されているGoogle Booksバージョン。


The Netherlands

Mary Macgregor (著)
ページ数: 261p
発行年月: 1907年

読書メモ

かなりざっくりしたタイトルながら、いちおうこれもウィレム一世の伝記。伝記というより、ウィレムを主体としてみた反乱史、といったほうがいいかも。そういった意味では、オランダとウィレムを同一視したようなこのタイトルも有りかもしれません。

反乱史が、1555年のカール五世の退位から始まるのは通例ともいえますが、割とここから偶像破壊運動の始まるまでの10年間は端折られてしまう感があります。この本では、エグモント伯やコリニー提督の活躍したサン=カンタンの戦いをけっこう長々と書いていたり、意外と序盤にも重点が置かれています。

冒頭に中高生向けと書きましたが、ボリューム自体は相当あります。序盤もそうですが、各戦闘の趨勢の描写が細かかったり、エピソードが細部まで詳しいぶん情報量が多く、流し読みできないので、読み進むのに時間がかかります。そしてやはり「The Story」同様、事実の羅列が中心となるため人物たちの思想や行動原理については弱く、いわゆる「論じる」箇所もほとんどありません。(その辺がハイティーン向けである所以なんでしょうね)。

逆に、この長さにさえ耐えられれば、ウエッジウッド以上に詳細がつかめます。

こちらでも読めます。



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