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VO2maxについて深く考えてみる

投稿記事は一向に増えないというのに、noteを書くようになって早2年半が過ぎようとしています。

文章を書くのに時間がかかるとはいえこの更新頻度の低さには我ながら呆れております。

そんなクソコーチのクソnoteですが、有料記事をご購入くださる方、Polarized(ポラライズド)やインターバルを実際に試してくださる方まで多くみられるようになってきました。

本当にたくさんの方、それも初心者から富士ヒルゴールドまで幅広い層の方にご覧いただき、各SNSで感想を教えてくださる方も多数いらっしゃり、嬉しい気持ちで毎日を過ごしております。

「日本の自転車(ロードバイク)トレーニングをより、運動生理学に基づいた効率的で怪我の少ないものにする」という目標に一歩ずつですが、近づいている気もします。

もちろん、私程度にそんなことが本当に出来るとは全く思っていませんが、まあ頑張ればワンチャンあるかもしれませんし、満足いくまで何年かけてでもやってみるつもりです。

さて、冗談抜きでこのnoteが注目を集め始めた今、そんな身の程をわきまえぬ野望を実現させるために、やはりここで一度基礎に立ち返って運動生理学について知っていただく必要がある、と感じています。

そこで今回はこのnoteで数え切れないほど登場している「VO2max」について、その概念をお話し、次回以降はインターバルにおいての考え方について解説していきます。

VO2maxはなぜVO2maxなのか



ロードバイクでパワートレーニングをしている方であれば一度は聞いたことがあるであろう

「VO2max(最大酸素摂取量)」

日本においてはFTPベースで換算した時のいわゆるL5 = VO2maxという認識がメジャーであるように感じます。

が、本来はVO2max = L5,Z5ではありません。
そもそもVO2maxはパワーゾーンではないのです。

厳密に言うとVO2maxという言葉自体が少し違い、本来はV.O2maxと表記になります。
Vの上にドットが付くので「ブイドットオーツーマックス」とか呼ばれることもありますが、個人的には正直面倒だし伝わらないのでVO2maxと表記し、呼び方もそれにしたがっています。
わかりづらいのでこれはもう、図をご覧ください。(図1)

図1 本当はV.O2maxです


さて、このVO2maxと言う言葉を一文字ずつ見ていきますと、

V.(ボリューム=量)
O2(酸素)
max(最大値)


と、まさしく日本語表記の「最大酸素摂取量」という言葉そのままの意味であることがわかります。
細かい話ですが、O2で酸素を指しているのでOは大文字表記がより適切です。
(⚪︎VO2max  ×Vo2max)

他にもMaximal oxygen uptake,Maximal oxygen consumptionなどと呼ばれることもありますが、これらも全てVO2maxを指していると考えて問題ありません。

なぜVO2maxを高める必要があるのか



さて、少し堅苦しくなってしまいましたが続けて難解なVO2maxの定義についてみていきましょう。
過去記事からの引用が多くなりますが、再度徹底して解説したいためご容赦願います。

VO2maxは一般に「1分間あたりに体内に取り込める酸素の最大量」と定義され、ml/min/kg,ml/kg/minなどと表されます。(例:70ml/min/kg)

人間の体は呼吸によって体内に取り入れた酸素を利用し、糖・脂質を分解することで運動に必要なエネルギーを作り出しています。
そして、取り入れて利用する酸素量が多いほどたくさんのエネルギーを産生し、長く、強く体を動かすことが出来ます。
この最大量を表すのが文字通り最大酸素摂取量(VO2max)であり、高いほど高強度運動を長時間持続出来る、ということになります


VO2maxは自転車競技、ロードレースのパフォーマンスを左右する重要な要素であり、また、ロードレースで重要視される短時間の出力だけでなく20分・60分平均パワーにおける強い相関も認められています(20分79%,60分87%)(図2)(1)


図2(1) Physiological correlations with short, medium, and long cycling time-trial performance

Fernando K Borszcz, Artur F Tramontin, Kristopher M de Souza, Lorival J Carminatti, Vitor P Costa
Research quarterly for exercise and sport 89 (1), 120-125, 2018


このことから、ヒルクライムレースを主戦場とする方、FTPを上げたい方でもVO2maxを高めなければ未来がないことも説いてきました。


そして、VO2maxを向上させるためには当然トレーニングが必要であり、

①VO2max滞在時間=T at VO2maxが重要
②これをおよそ8-14分確保する必要がある
 分割して確保しても有効
③運動開始からVO2max到達までにはラグがあることから長めの総ワーク時間でメニューを組む
③強度は90-95%VO2max以上
  85%では不十分
 よって、継続的運動での達成は困難
→インターバルトレーニングが有効


と、T at VO2max(VO2max滞在時間)がとにかく重要である(2)ことを過去に述べました。

あれから2年以上経過し、不肖ながら研究を重ね自身のインターバル論を進歩させてきたつもりですが、この辺りの基本的な考え方は未だ変わっておりません。
VO2maxの向上を狙うにあたりかなり重要なことを書いておりますので、長いですがこの記事を読み進めていただく前に一度お目通しいただければ幸いです。



この記事をきっかけに多くの方にインターバルに取り組んでいただけるようになりました。

非常に嬉しく思っている反面、中には
VO2maxについて誤解してしまっており、
「パワーゾーンのZ5 = VO2max滞在時間」と捉えてしまっている
方も一定数いらっしゃるようです。

そこで、この記事ではVO2maxを構成する要素を分解し、簡単にですが解説していきます。
VO2maxが何者なのかわかれば、単なるパワーゾーンではないこと、いや、VO2max = Z5,L5と誤解してしまうことの罪深さに気づくことでしょう。

VO2maxを構成する要素



VO2maxの程度を左右すると代表的な要素として、心臓血管系や呼吸器の機能が挙げられます。最大酸素摂取量というくらいですからこの辺りはいわば当然でしょう。
ですが、厳密にはその他にも様々な生理学的パラメータにより決定づけられるようです。

これらは大きく中枢的(心臓や肺など)、末梢的(筋や血管)の二通りに分けられ

中枢的

・最大心拍出量(Qmax)
・肺の酸素拡散能力
・呼吸器機能
・血液量
・血液の酸素運搬能力

末梢的
・筋の酸素取り込み
・ミトコンドリアの酸素利用能力...etc


と、ここに挙げただけでも単純に呼吸により酸素を取り込む能力だけでなく、それを活動筋まで血液で運ぶ能力、さらには運ばれてきた酸素を筋が利用する能力まで、実に幅広い要因により成り立っているようです。(3)(4)

この中でもVO2max向上に非常に重要と考えられている「最大心拍出量(Qmax)」に関しては既に以前の記事で触れておりますので、Qmaxに関してはそちらをご覧いただければと思います。



さらに補足するため、9人の健康な男女に

30sec sprint→2min rest ×3

のいわゆるスプリントインターバル(SIT)を週3回、6週間にわたって実施させた研究をみてみましょう。(5)

ここではVO2max(+11.0%),Qmax(+8.8%)の上昇加え、血液量(BV,+5.4%)の増加も観察されました。
※()内の数値は平均値

ここでもQmax の上昇を伴うVO2maxの上昇がみられたことから、VO2maxとQmaxの間には強い相関性が示されました。(図3)

図3 (5) Increased maximal oxygen uptake after sprint‐interval training is mediated by central hemodynamic factors as determined by right heart catheterization

Mirko Mandić, Lisa MJ Eriksson, Michael Melin, Viktoria Skott, Patrik Sundblad, Thomas Gustafsson, Eric Rullman
The Journal of Physiology, 2023


更にこの研究の面白い点は、トレーニング期間後の漸増負荷テストでこれらのパラメータの上昇を確認した後、なんと対象者から平均276±206mlの血液を抜き取って、もう一度テストを行っているのです。
インターバルでせっかく増えた血液量を元に戻すとその他の適応がどうなるか試したわけです。
クソコーチの所業が霞んで見えるほどの、とんでもない発想です。

結果、VO2max(-6.3%),Qmax(-7.7%)と、トレーニングを行う前のベースライン近くまで低下してしまいましたが、このおかげでVO2max(およびQmax)の上昇には血液量(BV)の増加が非常に重要な役割を果たしている可能性が高いことが示されました。

また、一定期間のスプリントインターバルによりSystemic O2 extraction(=直訳すると全身的な酸素の抜き取り)、いわば血液で運ばれてきた酸素を筋などが取り込む能力も上昇し(+4.0%)、これは血液抜き取り後のテストでも変化しなかったことも判明しました。

図4(5)より引用
PRE:トレーニング期間前
POST:期間後  PHLE:血液抜き取り後
※Qmax,VO2maxが血液の抜き取りにより低下する一方でO2 extractionは変化しないことがわかる。


結論として、VO2maxの向上には心臓機能(Qmax,SV)や血液量(BV)といった様々な中枢的な要素が関与していること、血液抜き取りによりこれらが低下すると同時にVO2maxも有意に低下することから、これらの心臓血管系機能がVO2max決定因子の中でも非常に重要なものである可能性は高い、と言えるでしょう。

酸素を吸えても、筋肉が酸素を使えるか?



しかしながら、先ほどの研究でもあったように、筋が血液から酸素を抜き取り使用する能力(O2 extraction)など、末梢的な適応も関わっている可能性があることもわかってきました。

ここを考えるにはスプリントインターバル(SIT)について深く掘り下げる必要があります。

実際に見ていきましょう。

30sec sprint→2min rest ×6

という先ほどの研究で使用されたSITと同じワーク、レスト時間の構成でスプリントを扱った研究でのパワー,VO2,TOI%の推移が下図になります。(6)

(図4)30sec→2min rest ×6における各データの推移
(図は2より引用)元の研究は(6)


見慣れない単語、

TOI%(Tissue oxygenation index)
≒ O2 extraction

とは簡単に言うと筋繊維が血液から酸素を取り込み使用している度合いを示し、TOI%が低くなるほど筋の酸素利用が多い、と考えられます。(6)

図からTOI%はスプリントのたびに低下(筋が酸素を利用)→レストで回復していることがわかります。

更に注意深く見てみると、スプリント回数を追うごとにTOI%がより低下していく様子も伺えます。
これはSITの後半で、より筋肉が酸素を利用している、つまりスプリントを重ねるにつれて有酸素性エネルギー機構への依存が高まることを意味しているのです。

これを考慮した上で先ほどの研究(5)を見てみると、たった3セットのSITを6週間行なっただけでVO2maxが11%も向上していましたが、これはQmaxなどの中枢的な適応だけが原因ではなく、少なくとも部分的にはこのように筋肉の酸素利用が高まるなど末梢的な適応による結果、という可能性が見えてくるわけです。

この点を更に解明するためにもう一度(図4)をご覧ください。
30secスプリントの2,3セット目でVO2max向上に有効と思われるラインまでなんとか到達していますが、ごく短時間(T at >90%VO2max = 22±21sec)であることがわかります。

これまで「VO2max向上のためにはVO2max滞在時間(T at >90%VO2max)が重要である」と、しつこいほど述べてまいりましたが、これでは先述の"T at VO2maxを8-14分間確保する"という目標値には到底及びません。

それでも(5)の研究においてVO2maxが大きく上昇した原因として、対象者のトレーニングステータスが低く(VO2max 40ml/min/kg程度)、割と何をしてもVO2maxに好影響がある状態であったことは間違いないでしょう。

しかし、6週間のSITでVO2max(+11.0%)というのは余りにも出来過ぎですし、トレーニング期間後に血液を抜き取り再テストした際に観察されたVO2maxは血液抜き取り前と比較して(-6.3%)と、低下はしたもののそれでもトレーニング期間前のベースライン値を5%近く上回っていることになります。

個人的な見解ではありますが、Qmax(-7.7%)と心臓機能が血液抜き取りにより大きく低下する中で、VO2maxがある程度維持された要因はやはり、O2 extraction(筋の酸素利用)が上昇したから、と考えるのが自然ではないかと思います。

つまり、すごく平たい言い方をすれば

「酸素を吸えて体に取り込めたところで、筋が酸素を利用してエネルギーを生み出せなければならない」

「酸素摂取量だけでなく、酸素を筋や身体全体が利用できるか、その能力も含めてVO2max(最大酸素摂取量)である」


という考え方ができるわけです。

VO2maxの測定は通常、サイクルエルゴメーター(エアロバイクのようなもの)で、漸増負荷テストという負荷を段階的に上昇させるテストを用いて対象者が疲労困憊に至るまで行われます。

その際、研究室では呼気ガスを測定する特殊なマスク様の機材を着用し、厳密に酸素摂取量が計測されるため、末梢的な酸素利用が呼吸器系の指標に果たして影響を与えるのか?という疑問は残ります。

しかし、漸増負荷テストである以上、負荷を高めていって踏めなくなったら終わり、という形式ですので、逆に考えれば筋の酸素利用能力が高ければより高強度な負荷まで踏み続けることができ、観察される酸素摂取量も高まる、つまりVO2max(最大酸素摂取量)という形で反映される、ということも考えられるのではないでしょうか?

この辺りは見解の分かれる部分ではあり、少なくともトレーニングなし-中程度トレーニングしている対象者ではQmaxがVO2maxを左右する最も重要な要素であり、筋の酸素利用能は主たる要因ではない、とするものもありますが、ここでも末梢的な適応の重要性を完全に否定はしていません。(7)

VO2maxを知ればトレーニングが変わる



随分長くなってしまいました。まだまだ書きたいのですが、VO2maxそのものに関する解説はもうこのくらいにしておきましょう。

VO2maxはあくまで生理学的パラメータの一つでしかなく、大事なのはそれをどのようにトレーニングに利用していくか、です。

先述したように、VO2maxを向上させるためにはT at VO2max(VO2max滞在時間)が重要であり、これを確保するにはインターバルが最適である、という見解がメインであることはここ2年ほど変わっておりません。

しかし、本当に効果的で効率的、そして一定以上の成果をあげるためにも長期間続けられるインターバルを作りたければ、まずVO2maxについて深く知らなければなりません。
そのために今回は長文をしたためました。

非常に難しい内容をクソコーチ程度の人物が無理やりわかりやすく解説しましたので、実際にはわかりにくい部分があったと思います。その点はお詫び申し上げます。

が、VO2maxがどれだけ複雑であるか、そしてどれだけ素晴らしいものかはおわかりいただけたと思います。

こんなにも魅力的なVO2max(最大酸素摂取量)を単にFTPベースのパワーゾーン(L5,Z5)として捉えてしまうなんて、あまりにももったいなくありませんか?

仮に勿体無くはないとしても、こんなに複雑怪奇で体力的な上限に近い生理学的要素を、果たしてFTPテストで測ったパワーを元にしたトレーニングで高めることが出来るでしょうか?

それが最適と言えるでしょうか?

もちろん、FTPは有効な指標ですし、これまで様々な場面において役に立つものであったことは間違いありません。

しかし、FTPベースにばかり囚われていては、インターバルの負荷設定を誤る場面が多くなるのではないでしょうか?

幸い、VO2maxを高めるためのインターバルをする際には最も有効で、しかも楽に測定可能なPPO(Peak power output)という指標があります。
そちらを使ったほうがより適切な(多くの場合強烈な)負荷でメニューを組むこともできますし、毎回FTPテストでいやいや20分踏む必要もありません。

ここまで読んでくださったことで、皆さんのVO2maxへの理解は深まりました。

さあ、PPO(VO2maxパワー)を測定してインターバルに取り組みましょう!



参考文献

(1) Physiological correlations with short, medium, and long cycling time-trial performance

Fernando K Borszcz, Artur F Tramontin, Kristopher M de Souza, Lorival J Carminatti, Vitor P Costa
Research quarterly for exercise and sport 89 (1), 120-125, 2018

(2) Science and Application of High-Intensity Interval Training: Solutions to the Programming Puzzle (English Edition)

Paul Laursen,Martin Buchheit

Human Kinetics 2018

(3) Limiting factors for maximum oxygen uptake and determinants of endurance performance

David R Bassett, Edward T Howley
Medicine and science in sports and exercise 32 (1), 70-84, 2000

(4) Effect of interval training on the factors influencing maximal oxygen consumption: a systematic review and meta-analysis

Michael A Rosenblat, Cesare Granata, Scott G Thomas
Sports medicine 52 (6), 1329-1352, 2022

(5) Increased maximal oxygen uptake after sprint‐interval training is mediated by central hemodynamic factors as determined by right heart catheterization

Mirko Mandić, Lisa MJ Eriksson, Michael Melin, Viktoria Skott, Patrik Sundblad, Thomas Gustafsson, Eric Rullman
The Journal of Physiology, 2023

(6) Performance and physiological responses during a sprint interval training session: relationships with muscle oxygenation and pulmonary oxygen uptake kinetics

Martin Buchheit, Chris R Abbiss, Jeremiah J Peiffer, Paul B Laursen
European journal of applied physiology 112 (2), 767-779, 2012

(7) Endurance Training and V˙ O2max: Role of Maximal Cardiac Output and Oxygen Extraction.

David Montero, Candela Diaz-Cañestro, Carsten Lundby
Medicine and science in sports and exercise 47 (10), 2024-2033, 2015

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