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自転車の強さを決めるものは何か

このnoteでは今後、自転車、ロードバイクのトレーニングに励む方々に向けて、役立つ情報を発信していこうと考えております。
そのためにはまず「自転車の強さとは何なのか」を定義し、それからその強さの実現に向けての道筋を示す必要があると思います。

細かいこと抜きで結論だけ言えば、速くなるためには死ぬほど鍛える。これしか方法はありません。
しかしながら、鍛えるべき能力・指標を明確に設定し、それを元に賢くトレーニングに取り組めば、漠然と練習するよりずっと近道を出来ます。
がむしゃらに乗りまくるより効率的で安全な方法をご提案するために、今回はこれらの用語についてしっかり目に解説させていただきます。どうぞお付き合いください。

さて、ぱっと思い浮かぶだけでも、
最大パワー出力、一定パワー維持力、繰り返しインターバル能力といった「身体の強さ」
コーナリングなどの「技術面の強さ」
勝負勘や我慢強さからくる「精神的な強さ」
という具合に強さには肉体面のみならず、実に様々な側面があることに気付きます。

ですが私は自転車のトレーニングメニューを作ったり、筋トレで選手のフィジカル・準備性を高める「肉体面を鍛える」専門のコーチです。
技術面は他の元プロ選手の方々のほうが断然詳しく、指導も得意でしょう。

なので、ここでは今後数回に分けて「自転車における身体面の強さ」について解説していきます。

身体面の強さも実に多様


ひとことで身体的な強さと申し上げましたが、これもまた多くの要素が絡んだ非常に複雑な成り立ちをしています。
故に一回の記事で書こうと試みたのですが、とても不可能でした。

よって、今回は皆さんが比較的慣れ親しんだ用語も多いと思われる、運動生理学な指標の中で特に重要であるものに限定して解説して参ります。
(筋力は必要か?筋トレは有効か?などのテーマはまた別の記事でじっくりやりますので、どうか焦らずお待ちください)

最大酸素摂取量(VO2max)


これは一般に「1分間あたりに体内に取り込める酸素の最大量」と定義されます。

人間の体は呼吸によって体内に取り入れた酸素を利用し、糖・脂質を分解することで運動に必要なエネルギーを作り出しています。
そして、取り入れて利用する酸素量が多いほどたくさんのエネルギーを産生し、長く、強く体を動かすことが出来ます。
この最大量を表すのが文字通り最大酸素摂取量(VO2max)であり、高いほど高強度運動を長時間持続出来る、ということになります。

種目によって異なるものの、自転車競技の多くでは短い登り、他者のアタックに反応するor自分から仕掛ける、等の要因により、ペース変動が絶え間なく続きます。
勝敗を分ける局面では必然的に高強度となり、個人の限界付近のパワーを1-10分程度にわたり維持する必要がある事も多いでしょう。

こうした短時間・高強度の有酸素性運動パフォーマンスはVO2maxの高さと大いに関連しており、基本的に高ければ高いほど強い、と考えられます。VO2maxの定義からもそれはご想像に容易いでしょう。

また、短時間の出力だけでなくVO2maxは20分・60分平均パワーにおける相関も認められています(20分79%,60分87%)(1)

言うなればVO2maxが高いほど長時間のパフォーマンスが高くなる可能性がある、ということです。
20分パワーとの相関を見るに、VO2maxが高いほどFTPが高いとも言えるかもしれません。
また、VO2maxの高さに比例して40kmTTのタイムが良くなるという報告もみられます。これは60分平均パワーとの関連からも妥当といえるでしょう。

これらからVO2maxはサイクリングパフォーマンスと大いに関連しており、高ければ高いほどいい、というのは、ほぼ間違いありません。

ですが、これだけで強さは決まりません。

乳酸閾値


これもパフォーマンスを大きく左右する一因といえます。
乳酸に関する閾値には様々な呼称と定義があり、年々複雑さを増しています。

ここでは、
乳酸閾値=MLSS(Maximal Lactate Steady State)
として扱っていきます。
(このMLSSは直訳すると「最大乳酸定常状態」となりますが、パワートレーニングに親しんだ自転車競技者にとっては「乳酸閾値」と呼んだ方が解りやすいかと考え、また実際にそう呼んでいる文献もあるため意訳しました)

MLSSは血中乳酸濃度がおおよそ4mmol/Lに達する地点(個人差あり)で、これを超える強度では急速に疲労してしまい、長く運動を続ける事が出来ません。(2)
早い話、FTP(Functional Threshold Power)とほぼ同じものと考えて良いでしょう。(3)

そのため一般的にMLSSに達するパワーが高いほど長時間維持できる出力が高いといえます。
これは例えVO2maxで劣る相手に対してでも、MLSSで優っていれば状況によっては勝てる可能性がある、ということです。

VO2maxが有酸素性能力の最大値を表すパラメータであるのに対し、MLSSは平均パワー維持力の高さを示すもの、ともいえます。

個人のトレーニングステータスにもよりますが、一般にMLSS=70-80%VO2max、プロでは90%程度に相当するとされています。
前述した「VO2maxが高いほど長時間パフォーマンスも高くなる」という事実の裏側には、絶対的なVO2max数値が高いことでMLSSも高くなる、という側面もあるのでしょう。

またMLSS相当強度での運動可能時間は、基本的にはFTPと同じく10分から長い人で100分前後、と考えられます。
そのためヒルクライムなど、比較的一定のペースが保たれるレースでは特に重要なパラメータになります。

緩衝能力(Buffering capacity)


※これに関しては本来、前述の2つと並び立つほど強さを明確に示すものではないと思います。
しかし、VO2max,MLSSといったパラメータに大きな影響を及ぼしていると考えられ、運動生理学の分野でもあるため取り上げます。つまり私が書きたいだけです。

「緩衝能力」とは体が乳酸を再利用する機能を指します。

一昔前まで乳酸=疲労物質とされ忌み嫌われており、必死でペダルを踏んでいる際の脚が焼けつくようなあの感覚は、乳酸の蓄積が原因と考えられていました。
しかし研究が進むに連れて、乳酸と同時に発生する水素イオンが、筋のpHを酸性に傾けてしまうことで筋収縮が阻害されるのでは?という説が一般的となりました。
が、現在ではこれも否定されつつあり、カリウム・ナトリウムバランスの不均衡などによるものと言われています。(今後また変わるかもしれません)

現在では乳酸は悪者ではなく、むしろ筋繊維で酸化されたり肝臓でグルコースに変換されることで、エネルギーとして再利用可能、とまで言われています。(4)

基本的には、運動時の無酸素性機構(解糖系)の寄与が上昇すると乳酸産生が盛んになる、すなわち高強度の運動では乳酸が発生しやすくなります。
よってこれを上手く再利用し、運動が激化しても持続可能になる
=高い緩衝能力はVO2maxに相当するような高強度では重要となる
、というのが想像できます。
運動で発生した乳酸を再び運動のエネルギーとして利用できるのですから、これほど都合の良いことはありません。

それだけではなく、なんとこの緩衝能力、長時間パフォーマンスとの密接な関与を思わせる報告まで出ているのです。

R.Westonら(5)の研究では、6人の良く訓練された自転車競技者(VO2maxm66.2L/kg/min)が
4週間で6回のインターバルトレーニング
HIIT(80%Peak power output強度5min-1min REST ×6-8)
を実施したところ、
研究前と比較して40km TTのタイムが改善したそうです。(57.1±4.4→55.9±4.2min)

介入前後でホスロフルクトキナーゼに代表される酵素系の変化が見られなかった一方で、筋緩衝能力は16%も向上していたことから、少なくとも部分的にこれがパフォーマンス改善に寄与した可能性が高いと結論付けました。

40km TTつまり1時間前後のタイムトライアルとなると恐らく「MLSS付近の強度での運動」と想定されます。
前述の通り、そもそもMLSSは血中乳酸濃度を用いた指標ですから、身体が乳酸を上手に処理する能力が上昇することでこれも向上するのは自然といえるかもしれません。

どのようにしてこれらを高めるか?


さて、ここまで3つの指標について概論を展開して参りました。

幸いなことにこれらは基本的に全て、トレーニングによってある程度は強化可能です。
(既にトレーニングで個人の限界まで高まっている等、遺伝的要因により不可能な方もいます)

現時点でFTP超のパワーで走るとすぐバテてしまう方でも、VO2maxを向上させれば今より高い強度を長く踏むことが可能になります。
対照的に、短時間高出力には対応できるけれど、SST程度でもすぐ辛くなってしまう方はMLSSを高めればヒルクライムのタイムを縮められたり、集団から千切れることが少なくなるでしょう。
そして、これらを可能にするのは乳酸緩衝能力の上昇かもしれません。

こうして、強化すべき指標が徐々に見えてきました。
総合力の強化はもちろん、個人の足りない部分を補うor長所を伸ばすアプローチも、このような指標を理解していれば効率的に行うことが出来ます。

こうなったら後はどのようにしてVO2max等を高めていくのか?そのやり方を考えるだけです。
次回以降の投稿では、そのための具体的な練習方法に言及していきます。

たいへんな長文にもかかわらず、最後までご覧いただきありがとうございました!



参照文献
(1) Physiological correlations with short, medium, and long cycling time-trial performance

Fernando K Borszcz, Artur F Tramontin, Kristopher M de Souza, Lorival J Carminatti, Vitor P Costa
Research quarterly for exercise and sport 89 (1), 120-125, 2018

(2) Lactate threshold concepts

Oliver Faude, Wilfried Kindermann, Tim Meyer
Sports medicine 39 (6), 469-490, 2009

(3) Is the functional threshold power interchangeable with the maximal lactate steady state in trained cyclists?

Fernando Klitzke Borszcz, Artur Ferreira Tramontin, Vitor Pereira Costa
International journal of sports physiology and performance 14 (8), 1029-1035, 2019

(4)Disposal of blood [1-13C] lactate in humans during rest and exercise

RS Mazzeo, GA Brooks, DA Schoeller, TF Budinger
Journal of applied physiology 60 (1), 232-241, 1986

(5) Skeletal muscle buffering capacity and endurance performance after high-intensity interval training by well-trained cyclists

Adele R Weston, Kathryn H Myburgh, Fiona H Lindsay, Steven C Dennis, Timothy D Noakes, John A Hawley

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