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ノーコピーライトガール(800字小説)

今回のnoteは松崎によるショートショート。物語におけるヒロインのマチズモ的消費について。

 彼女はいつも退屈しているように見えた。教室の隅で、頬杖をついて窓の外を見ている彼女。ため息をついて、切り揃えられた髪を耳にかける。彼女はどんなことを考えているのだろう?と彼は思った。例えば遠い国の動物たちや雨の日の水面について考えているのかもしれない。あるいはいつか読んだ小説のつづきを空想しているのかもしれない。彼はつまらない授業中、ずっと彼女の横顔を見つめていた。

 彼女から「退屈さ」が消える瞬間を彼は見たことがなかった。彼女はいつも気だるげだった。虚ろな瞳は何も見ていなかった。無気力に放たれる舌足らずな言葉はいつも、徐々に小さくなって中空に消えていった。友人たちとはしゃぐときでさえ彼女はひとり、薄い膜で遮られているように見えた。彼は誰にも悟られないように視界の端で彼女をずっと追っていた。

 彼がいつものように古本屋に行くと彼女が古い漫画のコーナーに立っていた。彼は慌てて、本棚の影に隠れた。彼女はクラゲに腕をかまれた男が医者を探してさまよい歩く漫画を読んでいた。カラーページの朱色だけがまぶしかった。おもむろに彼女が顔をあげてこちらに振り向く──ふたりの目が合った。
 彼女のことだから彼を見つけても漫画に目線を戻すだけだと思っていた。しかし彼女は本を戻すと、ゆっくりこちらにやってきた。そして何も言わずに彼の手をとる。
 彼女に手を引かれて外へ連れ出されている間の彼は全能感に満ちていた。

 それからふたりは人目につかないところで、会うようになった。誰もいない放課後の土手で彼女は彼の肩に頭をもたせかけて、ずっと川を見ていた。ふたりでバスに乗って遠い街に出かけることもあった。
 彼女は彼に抱かれたがった。彼女の家で初めてしたあとも、彼女の目から退屈さが消えることはなかった。彼が口づけても彼女はずっと虚げだった。

 卒業式の前日に彼女は屋上から身を投げた。彼女のスカートが広がって舞うのが逆光の中に見えた。アスファルトに広がった鮮血の中で動かなくなった彼女の唇にはまだ生気が残っているように見えた。騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まってくるなかで、彼は彼女に口づけようと────

 そこで画面が動かなくなった。最近電波の調子がよくない。ページを再読み込みしても駄目そうだ。せっかくいいところだったのに。
 彼はゴーグルをとって、顔の汗と床に溢れた体液を拭き取った。


 このショートショートのリファレンスのひとつとして、最近解散してしまったFor Tracy HydeというバンドのLungsという曲があります。Lungsについてソングライターの夏botさんはこう書かれています。「歌詞には受け手の心を動かす目的で安易に人を死なせる創作物や「無垢な少女の死」に過剰に意味を見いだしたがる人間心理などへの皮肉が込められています」(出典:https://strawberry-window.hatenablog.com/entry/2022/12/28/233659)。
最高の曲、アルバムなのでぜひ聴いてみてください。

(文責:松崎)

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