「自分なりの答えを探しつづける」 POETIC SCAPE 〔ポエティックスケープ〕・ 柿島貴志
OPEN Magazine "Based in Nakameguro"では、中目黒エリアに拠点を構える店舗や人を特集し、街の魅力を繋いでいきます。
今回は、写真をキュレーションの軸に据えるギャラリー・POETIC SCAPE〔ポエティックスケープ〕。
POETIC SCAPEは、「 詩的な(poetic) 」と「 風景(landscape) 」を掛け合わせた造語。アーティスト自身には見えている言語化しづらい風景を多くの人に届けていきたい、というオーナーの柿島さんの想いが込められています。
実は、自分のギャラリーを持つ気は全くなかったと言う柿島さん。では、なぜ、POETIC SCAPEという"リアルな場"を持つに至ったのか。そのワケや今後の展望についてもざっくばらんにお話いただきました。
この業界はまだ変わる
- - 最初は写真家を目指されていたと伺いました。何かきかっけがあったのでしょうか。
柿島さん:叔父さんが彫刻家だったり、身内にアーティストとして活動する人が多かったんですが、自分はそれほどアートには興味はありませんでした。最初の大学も歴史が好きだったので史学科を選び上京しました。
東京にきて、だんだん写真に興味が出てきた頃に、ヨーロッパを放浪していた彫刻家の叔父が「しばらく泊めてくれ」とアパートに転がり込みます。叔父に写真が面白そうと話すと、知人に良い写真家がいると紹介されたのが最初の師である達川清です。それから達川さんに基礎を学んでいたのですが、「いまから写真をやるなら海外に行っちゃえば?」と言われ、日本の大学を卒業してすぐイギリスに渡ります。
- - なるほど。その後どのようにしてキャリアを築かれていったのでしょうか。
柿島さん:イギリスの美大を卒業後、ヨーロッパで就職活動も行ったんです。すると私のCVが知らぬ間にアムステルダムから東京オフィスに送られていて(笑)。ちょうどビザも切れたので帰国することになったんです。
当時はインターネットが全盛期を迎えようとしていた頃で、WEBサイトに掲載する写真のディレクションができる人材が重宝されていました。僕はその波に乗って、IT企業に就職したんです。
- - 近頃は「動画の時代」と言われますが、当時は「画像の時代」だったということですね。
柿島さん:時代の最前にいたからこそ、濃い経験ができていたのですが、激務が続いてしまって。家庭の時間も確保できず、最終的には体調も崩してしまいました。
後に、転職して、アート関連の企業に勤めます。そこはカジュアルな版画作品を百貨店で販売する事業をやっていたのですが、ある日会社から写真作品の商品開発を命ぜられました。当時はまだ「写真を買う」という文化があまり根付いてなくて。写真に値段がつくこと自体に驚かれる時代でした。百貨店での写真作品販売の仕事をしつつ、その限界も見えましたが、「この業界はまだ変わる」と思っていたこの頃から独立を考え始めたんです。
場に積み上がるモノ
- - では、独立されたのはいつ頃だったのでしょうか。
柿島さん:独立したのは、2007年です。ですが、ギャラリーをはじめたのは、4年後の2011年でした。開業までは、スペースを借りて展覧会を主催したり家具屋さんとコラボするなど、レーベルとして活動していたんです。
- - 当時からポップアップやコラボを実施されていたんですね。そもそも、ギャラリーを構える前提で活動されていたのでしょうか?
柿島さん:それが、ギャラリーを持たずに、レーベルとして活動し続けることも考えていました。ですが、やっぱり、拠点が必要だと思ったんです。場を抱えることはリスクにもなりますが、育てていくことで、積み上がっていくモノがあるなと。
僕は写真をアート作品として捉える人を増やしたかったので、ちゃんと拠点を構えて、そういった人たちを育んでいこうと思ったんです。
- - なるほど。ギャラリーといっても、いろいろ種類があると思いますが、POETIC SCAPEはどのようなギャラリーに分類されるのでしょうか。
柿島さん:写真をメインに扱うギャラリーは、主に3種類あります。まずは、ニコンや富士フィルムといったカメラメーカーが運営するギャラリーです。これは、写真家の作品発表とカメラの販促や企業プロモーションを両立させる形です。
また、レンタル型のギャラリーもあります。こちらは作家が一定期間、個展等を行い、スペース代などで収益をあげるギャラリーです。日本で1番多いギャラリーかもしれません。
あとは、コマーシャルギャラリーです。端的に言うと、作家と作品の売上を折半するギャラリー。だからこそ、作品を売らないとダメで、キュレーションにも力を入れる必要があります。POETIC SCAPEはこのコマーシャルギャラリーに当たります。
- - なるほど。コマーシャルギャラリーは、アートに寛容な人が多いと成り立つ仕組みだと思いますが、日本では難しさもある気がしていて。
柿島さん:仰る通り。海外ではスタンダードなギャラリーですが、日本では成り立ちづらい仕組みです。それで言うと、日本人のアートリテラシーの底上げが必要だと思っています。そのためには、美術教育を充実させる他、ギャラリーが他業界とコラボするなど、固定概念に囚われない、革新的な取り組みも必要になるかと思っています。まずは、日常的にアートに触れる機会を増やしていきたいです。
若き頃の「好き」を大切に
- - では、開業の地に中目黒を選んだ理由について教えてください。
柿島さん:青山や六本木のような、ショッピングを楽しむ街で物件を探していました。すると運良くこの物件と巡り合って。恵比寿の東京都写真美術館からも徒歩圏内ですし。
開業してからは、中目黒という土地柄もあってか、想像以上に若い方にも足を運んでもらえていて。アート作品はけして安いものではありませんが、ちょっと良い服を買うぐらいの金額で一生の宝と呼べる作品を購入できることもあります。感受性が豊かな若い時にこそ、好きと思った作品は大切にしてほしいと思います。
- - とても素敵な想いですね。とはいえ、アート作品を買う、ということにハードル高く感じる方も多いかと思います。そういった方々に対して、どのようなアプローチを取られていますか?
柿島さん:単純ですが、買いやすい工夫をしています。例えば、一般的なギャラリーだと、スタッフに聞かないと作品の値段が分からない場合も多いですが、うちはなるべくお客さん自身で値段が確認できるようにしています。
あとは、リラックスした状態で鑑賞いただけるように、失礼にならない程度にカジュアルな接客も心がけています。アート作品そのものを楽しんでもらえたら、僕らも嬉しく思うので。
「分からない」という感情に向き合う
- - 最後に、今後の展望について教えてください。
柿島さん:人の人生を1ミリでも変えることができる展示をやっていきたいと思っています。それには、時差があってもでもよいです。見た瞬間には響かなくても、数年後にスッと自分に入ってくる、なんて作品も多いので。僕からの願いは「分からない」という感情に向き合ってほしい、ということです。調べれば何でも分かってしまう時代において、分からない状態は逆に価値ある状態だと思うんです。
アートはすぐに答えが出なかったり、見る人やタイミングによっても答えが変わります。それはネガティヴなことではなく、自分なりの答えを探しつづける面白さがあるんです。
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