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ジェット気流

 僕らパイロットが仕事をする上で、常についてまわるジェット気流の話である

 ジェット気流とは何か。副操縦士になった頃は東大の気象学の本を読まされ、なんとか循環とか学術的なことを勉強させられた気もするが、要は「上空の西風の強いところ」でパイロット的にも十分だと思う
 昔、第二次大戦の頃、アメリカの爆撃機が日本を爆撃するためにマリアナ諸島から北上すると、日本付近で強い風の束に当たり東に流されて困ったらしい。「後ろへ飛んだ」という証言もあるらしいが、さすがに嘘だ。ただそう言いたくなる気持ちは良くわからる。パイロットからするとジェット気流は脅威だ。
 このジェット気流は北半球を西から東にぐるぐる蛇行しながら回っていて、日本付近では2本のジェット気流が西から東に通り過ぎる。なぜ2本になるかというのは、なんとか循環の理論で説明できるみたいだけど、僕は「ヒマラヤの高い山で分断されて2本になった」という昔の説明の方がロマンがあって良いと思う。

 この2本のジェット気流、常に蛇行をしているばかりか、季節によって北から南に動いたり、高さも変わる。冬になると風力が強くなり、飛行機の揺れが激しくなる。だからパイロットは天候を見る時はまず、「今日のジェット気流はどこかな」と考えながら天気図を見る。天気図といっても、ニュースの天気予報で見る地上天気図だけではない。たまに天気予報士がいう「上空にー30℃の冷たい寒気が入ってきて…」という高層天気図という上空の天気図を見る
 パイロットが見る天気図は色々あって、上空1500m、3000m、5500m等その他もっと高いところまでの高層天気図。日本付近を輪切りに天気図、これでジェット気流の位置と高度が一目でわかる。それら天気図の過去の物があり、スーパーコンピューターで計算した未来予測がある。その他、例えば雲の画像でもレーダーで地上付近の雨雲を捉えたもの、衛星写真で上空からとったものなどが何種類もあったり、その他雷、火山灰などなど。副操縦士になったばかりの頃はどれを見たら良いかわからなくなってしまって、「こんなにたくさんあって、何を見れば良いんですかー!」と先輩の副操縦士に文句を言ってしまった。天気図が色々あっても表現しているのは同じ空なので、毎日見ていると各天気図を見ながら頭の中でジェット気流の位置を立体的にイメージできるようになる。
 飛行機にとって影響があるのは、ジェット気流近くだけではない。そこからカーテンのように垂れ下がった風が変化する揺れる空域が、帯のように出来上がる。その帯はまっすぐ下に下がっているのではなく、斜めに垂れ下がっている。その角度は水平から0.5°から1.5°くらいで、実際は水平に近い。そんな薄っぺらいところの揺れなら、すぐに避けられそうだけど、上空では大きな邪魔になる。だから僕らパイロットは感覚的に「垂れ下がっている」と表現してしまうのだ。その垂れ下がっている揺れる空域を、どのように避けるかがパイロットの腕の見せ所になる。

 先日の4月某日は、このジェット気流が鹿児島と沖縄の間の奄美大島付近にあった。ジェット気流の中心は36000フィートくらい。メートルで 換算すると1万メートルちょっと。揺れる空域は、ジェット気流の北側から始まって那覇の上空まで伸びていた。
 僕達の飛行機は38000フィートで沖縄の那覇空港に向かっていた。左側のちょっと前を飛行機が飛んでいた。「ちょっと邪魔だな、先行くんならもっと飛ばしてくれよ」そう思っていたら、その飛行機が少しずつ近づいてきた。このままでは上空ではちあわせになる。すると管制官が僕らに「高度を34000フィートまで下げてください」と命令してきた。なるほど、僕らを低い高度にして相手の飛行機に高い高度を飛ばせようとしているんだ。もし、近づいてくる飛行機が那覇への先行機なら、僕らに減速の指示が来るはずなのに来ない。相手の飛行機は、どうやら那覇行きではないようだ。相手のコールサイン(管制の呼び出し記号)を聞くと、東南アジアにいく国際線だったことがわかった。
 その時の操縦は副操縦士に任せていた。副操縦士といっても、まもなく機長昇格をしようとする副操縦士だ。だからあまり小言は言わないように心がけていた。副操縦士は管制官の指示通り34000フィートに向かって、不用心にも通常の降下率で降りていく。その時は奄美大島のちょっと北側を飛んでいたから、降下をするとすぐに揺れるカーテンにぶち当たる。揺れるといっても、この時期のジェット気流は弱い。だからその下の揺れるカーテンに当たってもそれほど大きくは揺れはしない。だから、彼は何も言わず通常の降下率で降下して行ったが、僕は何も言わなかった。
 程なくして37000フィートくらいで飛行機が揺れてきた。ジョット気流の中心に近づいてきたからだ。機体は揺れ、エアスピードが急に上がる。はぼ真横から吹いているジェット気流の風は、ちょっとの風向や風力の変化でも飛行機には大きなエアスピードの変化になる。
「降下率を500にして」と僕は指示を出す。降下率を浅める事で速度の変化率を小さくしようとしているのだ
「はい」といいながら慌てているのか操作が遅れている。ジェット気流の中心に入って風が変化することを予測してないからだ。
 エアスピードがさらに増えてきた。これ以上のスピードの増加は危ない。僕は思わずスロットルレバーを引く。「あっ」と言いながら副操縦士もスロットルレバーに手を出してくる。遅いんだよ、しっかりしてよ。内心で愚痴る。
 さらに降下を続けると飛行機の揺れは落ち着いてきた。揺れる空域の下に出たのだ。副操縦士も落ち着いてきたようだ。
 ちょっとお怒りモードに入った僕は質問をする
「この先、揺れてくるよね」
「えっ」
「さっき、シアー(揺れる空域のカーテンのこと)の下に出たからさ、このままこの高度で飛んでいると揺れてくるのだと思うのだけど」
「…」
何も考えてないらしい。困った。でも、もう機長昇格の訓練に入る副操縦士だ。もう少し我慢だ。
「揺れてくるんだと思うんだけどな〜、那覇の上空までシアー域が垂れ下がっていたよね。出発前に君も言っていたよね」
「…」
「揺れてくるんだと思うんだけどな、どうする?」
「…」
 だんだんイライラしてきた。そうなると僕の説明がくどくなる。
 「揺れが収まったのは那覇から120マイルで36000フィートだった。解析では那覇直上で26000フィートだよね。だから 1万フィートで120マイル、1度もないよね。だからもあと1分もしないで揺れてくると思うんだけど」
「はい」と答えるのみだ。で、どうすんだよ。
「もう、揺れてくるよ。もう揺れてくる…ほら、揺れてきた。どうする?」
「…」
 もう我慢できません。僕は管制官にさらなる降下指示をもらいました。
 
 ここまでくると、もうお父さん情けなくて涙が出ちゃうよ、っていう心境です
 どうしたらいいんだろうなあ、どう言ったら分かってっくれるのかな、僕の説明が悪かったのかな
 副操縦士の指導って本当に難しい

 ジェット気流の話のつもりが、結局副操縦士の愚痴になってしまいました
 でも、これはまだ良い方です。春先はまだジェット気流も弱く、揺れる程度も軽い
 今回の揺れでは、お客様も「ちょっと揺れたかな」と感じる程度でしょう
 でも冬のジェット気流の威力はすざましい。サービスなんてとてもできない激揺れになります
 それはまた冬の時期に

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