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胆沢物語『松浦長者②』【岩手の伝説㉑】

参考文献「いさわの民話と伝説」 編:胆沢町公民館


【四章】松浦長者【二節】


長谷寺への道は難渋(なんじゅう)を極めました。

山あり、川あり、森や林、ことに旅慣れぬ長者の妻の苦労は痛々しいものがありました。

茨に手は破れ、足は凸凹道によって豆ができ、それが破れて血が流れていました。

しかし子を願う一念の前には、その苦労も物の数ではありませんでした。

長谷寺に着くと、御手洗川に下りて三十三度の垢離をとります。

※垢離・・・こり。神仏への祈願や祭りなどの際、冷水を浴び身を清めること。


外陣の鰐口を両度打ち鳴らし、御内陣に入り、選りすぐりの純金三百両をお鉢にさらりと積み上げ、数珠をさらさら押しさすって、さてお祈願を致しました。

※外陣、内陣・・・げじん、ないじん。仏堂内を二つに区分した言い方。外陣は一般参詣者が座る所。内陣は本尊仏を安置してある中央部。

※鰐口・・・わにぐち。神社仏閣の堂前に、太い綱とともにつるしてある円形の大きな鈴。参詣者が綱を振って打ち鳴らす。

※両度・・・りょうど。二度、再度。


南無や大悲の観音様、何とぞ吾ら夫婦に、世継ぎに男子(おのこ)なり女子(おなご)なり、一人子宝を授け給いと。

※大悲・・・だいひ。大きな慈悲。


その願掛けが日夜に渡り、早や十七日の籠もりも七日目となりましたが、その効き目は現れませんでした。

※お籠もり・・・おこもり。神社やお堂にこもり、心身を清らかに保つための隔離生活をおくる宗教的行為。期間を決めて祈願することもある。


長者夫婦はさらに七日間の籠もり三十七日へと願を掛け続けます。

しかしそれでも御利益の兆しが見えません。

三十七日籠っても御授けなし。

四十七日籠ってもさらに御夢想もありません。

※御夢想・・・ごむそう。夢の中で神仏のお告げがあること。


五十七日へと祈誓を延ばします。

もうその頃となると、長者夫婦のやつれ方は見るも哀れな姿となりました。

贅肉がこけて眼球が飛び出し、髪も伸びて乱れた麻糸のようで、これがあの贅を尽くした大豪邸の住人、松浦長者夫婦とは思われないようでした。

しかし夫婦の祈願はやみません。

お籠もりは七十七日へと入ります。


その夜、熱心に祈願する松浦長者夫婦の枕元に、観世音(かんぜおん)は八十余歳の老僧に姿を変えて現れました。

そして夫婦が前世に罪深い行為があったために、神仏が怒られ、現世においては子宝は授けられないと告げました。

そして前世における夫婦の罪悪の数々を述べられました。


それは、長者の前世は信濃国に住む一狩人で、弓矢を射て鳥獣を殺し、それを喜んでいるという人間でありました。

※信濃国・・・しなののくに。現在の長野県。


その狩猟は生活に繋がるというものではなく、鳥獣の死の苦しむ有様を見て楽しむという残忍さでありました。

ですから朝など、清らかな空気のみなぎる緑の森に嬉々として遊ぶ鳥どもに、火を放って焼き殺すことに無上の快楽を感ずるという有様でした。

ある時など、十二の雛を抱えて巣にうずくまる山鳥を見つけて、火を放ちました。

山鳥の性格を知っている彼は、その苦悶を見て楽しみたかったのであります。

その通り山鳥の雌は、首を高く上げて鳴きながらも、雛を堅く抱えた翼を広げませんでした。

その翼にもやがて火が及び、雛もろとも灰になってしまいました。

餌を求めて遠く飛び立っていた雄もやがて帰ってき、この有様を見て鳴き叫びます。

雛か雌を救おうと懸命になりますが、火焔が物凄くて近寄ることができません。

ついに雄も、雛や雌の果てる火焔に投じて運命を共にしました。

彼はその光景を見て、身内のぞくぞくするような快感に、思わず大声で笑いました。


さて妻の方は前世では、近江の瀬田のほとりに住む、二十丈余りの大蛇でありました。

※近江・・・おうみ。現在の滋賀県。


かの大蛇は毎日夜に、数限りない鳥獣の子を捕り、餌としていました。


こうしたそれぞれの罪業のために、松浦長者夫婦には子宝の恵みは絶対にない。

だからといって我を恨むなかれ、と老僧に姿を変えて出現した観世音は、消えるが如くに見えなくなりました。

夢から覚めたように、夫婦は一時はぼんやりと放心していましたが、そうした事で諦めるような夫婦ではありません。

財宝に恵まれ何不自由がなく、思う事なら何でもやり通せるという今までの高慢から、やすやすと矛を納めるはずはありません。

今度は有り余る財宝をかけた祈願をしてきました。


それは、もし私達の願いを聞き届けて子宝をお恵み下されば、第一番に七間四面の光御堂を建て、御前に表は黄金、裏は白銀にてなる六尺三寸五分の鰐口を奉納し、年々三十三返、掛け替えて参らすというのであります。

※七間四面の光御堂・・・ななましめんのひかりみどう。柱の間が七つあり、四面に庇(ひさし)がある、光り輝くお堂。

※約1.92メートルの鰐口を奉納し、おそらくその綱を毎年33回掛け替えるという意味。


それでも叶わぬというならば、御庭に砂黄金三石三斗、砂白銀三石三斗を三年間敷くというのであります。

※おそらく砂金と砂白金(プラチナ)。砂銀は存在しない。

※三石三斗・・・さんごくさんと。約600リットル。


それでもなお叶わぬとあれば、御神坂七里(おみさかしちり)の階(きざはし)を、水晶石を五寸に切らせ敷き替え、七ヶ年敷き替えて参らすというのであります。

※おそらく、お堂へ上る坂の階段の石を水晶に敷き替えて、それを七年間敷き替えるという意味。


なおそれでも叶わぬとあれば、長者は明三才の黒駒三十三頭ずつ五ヶ年度参らせ、妻には綾の御戸張七流、十二の箱に、白味の鏡十二面に、八尺の掛帯、五尺のかもじ、月に三十三筋ずつ掛け替え掛け替え参らすというのであります。

※もうすぐ三才になる若くて良い時の黒毛の馬を奉納します。昔は神社や寺院で神馬(しんめ)をお世話していた。

※綾の御戸張七流・・・あやの、みとちょう、しちながし(?)。いろいろな模様を織り出した絹織物。神仏のために使う帳(とばり、垂れ布)を尊んでいう語。おそらくこれを7つ奉納するという意味。

※掛帯とは、女性が参詣する時に身に付けたの赤い絹の紐のこと。髢(かもじ)とは、女性の添え髪(エクステンション)のこと。つまり妻の所有物を奉納するということ。


ですからどうぞどうぞ、男女いずれにてもよろしいから、子宝一人授けて下されと、地面に顔をすりつけて、どうぞどうぞと祈願いたしました。

最後には、もしこれにても叶わぬならば、我々は生きて何の甲斐もないから、腹十文字にかき破り、御手洗川に飛び入り、二十余丈の大蛇となって、長谷寺参拝の導者をことごとく腹中に入れてしまうであろう。

そうなれば、如何に流行し給う観世音と申せ、三年の内には必ず滅び、荒野と化すであろうと、自暴自棄な放言を言うようになりました。


観世音はいたく感激し、そして長者夫婦を哀れに思いました。

そして子宝を授けることにしました。

長者夫婦は非常に喜び、涙を流して三拝九拝いたしました。

しかし子宝は恵まれたとしても、その子が四才になると父母うち一人、どちらかが死ぬというのであります。

観世音の老僧は金の御幣を取り出し、不浄を払って宝珠を長者の妻の懐中に入らせ給い、右の手に小夜という字を七流書くと、かき消すように姿を消してしまいました。

※御幣・・・ごへい。神道の祭祀で用いられる、2本の紙を竹または木の串に挟んだもの。通常は白い紙だが、金や銀、五色の紙を用いることもある。


夫婦は生まれて初めて得る喜びに、夢の中を歩む心地がして、館を指して帰りました。

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