見出し画像

イラストレーター、手芸作家向け「仕事とお金の授業」#5 本を作る

こんにちは金曜お昼になりました。手芸作家兼ギャラリー店長の大図まことです。今日の授業はフルタイムで働いていた手芸店を辞め刺しゅう作家への一歩を踏み出した後の話をします。

自由な時間と引き換えに安定した毎月の収入が無くなった私は辞めた後のことを正直言うとそこまで深く考えていませんでした。埼玉育ちですがなんくるないさ~の精神です。これまで仕事がとても忙しかったのでちょっと休もうと思っていましたがだんだん少なくなっていく貯金に怯えて取り合えず生活していくための日銭を稼ぐ事にしました。日銭と言っても単発のアルバイトをしたのではありません。

手芸店を辞める前にこれだけは守ろうと決めた事が1つだけあります。それはお金を得るためだけに興味の無い仕事に時間を費やすことは絶対しないという事です。どんなに苦しくても今自分が出来る事の中でやりたい事(刺しゅう作家)をしてお金を稼ごうと。

パッと思いついたのは刺しゅうした布を額装して作品として販売することです。とは言え私が手で作った刺しゅう作品を販売するのは完成までにとても時間が掛かってしまうため必然的に販売価格も高くなってしまいます。それではきっと買ってくれる人が少ないです。(高くてもそれに見合う価値があれば売れると思います)一方、自分の手で作りたいという人が一定数いることを手芸店で働いていてわかっていたので完成品では無く刺しゅうの図案と材料セットを作って売ることを始めました。

早速図書館で昆虫図鑑を借りてきて原寸大の昆虫の刺しゅうの図案を作り始めます。これまでのnoteでも何度か図書館が出てきましたが私は困ったときは図書館に行きます。何かしらのヒントがあるからです。

昆虫に関しては今は見るのも嫌なのに何故か当時はその形状と色合いにハマっていて借りてきた学研の昆虫図鑑を参考に100種類の昆虫の刺しゅう図案を作ることを目指しました。おそらく他の作家がまだ出していない刺しゅう図案を作ろうと考えていたことも昆虫を選んだ理由だったと思います。

家庭用プリンターで出力
謎に原寸大にこだわってたのでリアル

寝る間も惜しんで図案を作成し実際に刺しゅうした見本を作り終えた後は家庭用のプリンターで出力して製本テープで綴じて完成です。一冊1,000円くらいで販売をしました。結果、数ヶ月間食べていけるくらいは売れました。正直な話を言うと作っている時から全く売れないということは無いなと思っていました。

手芸業界では珍しい男性作家が作る昆虫の刺しゅう図案ということと当時から積極的にブログやmixi(懐かしい)で情報を発信していてその反響に手ごたえを感じていたからです。とにかく作っているときは無我夢中で楽しかったです。

昆虫の刺しゅう図案集はシリーズ化して4冊くらい出しました。今でも持ってくれている人はいるのでしょうか?

話が少しずれますが現在運営しているギャラリーも一緒です。ただやみくもに展示を繰り返しているわけではなくしっかりお客さんの反響を見ています。今はSNSがあるのでとてもわかりやすいです。反響が少なければどうやったら興味を持ってもらえるか作家と一緒に考えて行動するだけです。

▼先週まで展示をご一緒していた手芸作家のむくりさんがXとインスタグラムで感想をおもしろく書いてくれてました。


話を戻します。
そうこうしているとついに出版社から声が掛かりました。手芸本で有名な日本V社です。当時よくあった色んな作家が数ページ担当し合い一冊にまとめて作る刺しゅう本に図案を提供して欲しいとメールでお誘いをもらいました。初めてだったのでそれはもうとても浮かれました。

市ヶ谷のお堀をスキップしながらその先にある編集部へ向かい、どういうページにしたいかなど担当者と盛り上がりながら打合せを進めていった最後に突然雲行きが怪しくなります。報酬です。1ページ5千円でデザイン、刺しゅう作業、材料費、しかも権利まで買取でお願いしたいと言うのです。それを8ページで4万円ですと。宣伝になりますよと。

新人としてでもそれはさすがに安すぎると思ったので他に参加する作家さんはどうなのかと聞いたら有名な○○先生でも変わらないと言われ唖然としてしまいました。

結論から言うとそういう業界です。今でもたぶん変わらないです。手芸本を専門で作っている出版社ほぼ全てから依頼がありましたが似たり寄ったりでした。悲しいかなそんなに売れないジャンルなのです。他の先生に聞くと最近は部数が少ないので印税契約では無く完全買取が多いようです。それでも出す先生がいるという事はやはり出版社が言うように宣伝になるからなんだと思います。手芸作家の行きつく所はお教室ビジネスだからでしょうか。当時は若かったので納得がいきませんでした。

※最近知り合った手芸作家さんは漫画を沢山出している出版社から印税率8%、初版8千部で新刊を出すと聞いたので夢はまだ残っているようです!

業界は違いますがガチャガチャで有名なケンエレファントが作った新しい出版社ケンエレブックスについて石山健三社長と五十嵐健司編集長が話した記事がネット上にあるので出版社や企業というものが作家の事をどう思っているのか興味がある人はこちらを読んでみてください。表立って言わないだけでどこの企業も似たり寄ったりだと思います。
※無料会員登録が必要ですが全文閲覧できます。

記事より抜粋

石山 事業として出版社をやりたかったというより、版元になりたかった。これまでフィギュアメーカーとして、商品を作る際に、キャラクターの権利関係はもちろん、とにかくいろいろな版元から商品化の許諾を得るということをずっとやってきました。どんな企画にせよ、オフィシャルの許諾がないと、何も作れませんから。そういう経験を通して、版元になるのが一番いいなと思って。

──版元というのは、本を作って出す出版社ではなく、もっと広い意味の?

石山 そうです。版権の大元。江戸時代でいえば、浮世絵を刷るための版を持っている人、っていうイメージ。おかげさまで、フィギュアメーカーとしてはいろいろなヒット商品にも恵まれて、会社も大きくなったりはしましたけど、よく考えたら何の権利も持ってないわけですよ。版元が別に存在している以上、自由にできないし、儲けも少ない。

中略

──「ほかの出版社がやらないことをやる」というのと、事業として収益を上げることは、両立が難しいですよね?

石山 僕は企画にほとんど口を出さないので、とにかく「売ってくれ!」と言うだけです。

五十嵐 ほんとにそう。間違いないですね。

石山 そんなに初版も積まないので、まぁ赤字にならない範囲でどうにか。

紙の本は、売れるのであれば、刷れば刷るほど儲かります。部数が伸びれば伸びるほど、原価がおさえられるので。一方のフィギュアは、どんなに大ヒットしたとして、原価構造が変わらないので、そこまで儲けは出ないんです。ヒットして儲かるのは工場だけ。そういう意味でも、出版は夢がある。

引用抜粋 https://tvbros.jp/pickup/2022/05/31/42778/

ビジネスにおいては契約が全てなので当事者がOKなら部外者がとやかく言うなと怒られそうですが知識や経験が少ない作家がいきなりガチャガチャ出しましょう、本を一緒に作りましょうと言われたら浮かれるのは当然です。

出版社は印税率も初版も抑えとにかく自分達が赤字にならないことを最優先にします。作家の生活なんて正直関係ありません。家族や友だちではありません。ビジネスなので当然と言えば当然です。売れたら次回作をお願いされ、売れなかったら次の仕事をあちらから依頼してくることはありません。

このnoteはクリエイターが創作活動を続けていくために必要不可欠なお金の不安を少しでも取り除くことを目的に書いています。何度心が折れても接着剤でくっつけてきた私の実体験を元にしています。

契約交渉の場でイラストレーターの買い取り仕事の相場はネットに多く参考資料がありますが印税を含めたライセンスビジネスについての情報は少ないように思います。相場が分からないと不安だと思うので最後に私がこれまでに契約してきた書籍、雑貨、アパレル、ガチャガチャについて参考までに率を書きます。

業界や商材、生産数や為替相場、販売方法によっても異なると思うので作家同士でも確認し合って交渉の材料にしてください。

例:印税率5%の契約で1,500円の本が3,000部刷られた場合支払われる金額は22万5千円
※これまでは印刷数ベースが一般的でしたが最近は売上数ベースのこともよくあるそうなので注意が必要です。

印税率
・書籍 8~10% ※手芸本に関しては現在印税契約では無く買取も多いそう
・雑貨、アパレルイラスト使用料 5%
・ガチャガチャ 立体物3%、プリント物であれば5%

大図まこと実体験による数字

次回は私が無知だったがために全ての権利を企業に取られてしまった話です。金曜お昼にまたお会いしましょう!

本日の課題
自分のイラストや創作物の対価として企業から提示されたその金額が正当なものなか、納得いくものなのかサインをする前にしっかり考えてください。不安だったら詳しい人に相談してください。少ないと思ったら交渉するのは普通です。何も言わないのはそれでいいと言っているのと同じです。

4年前に書いたnoteにこれまで8冊の手芸本を出して思ったことを綴っています。是非こちらも読んでおいてください。


▼宣伝
現在私が運営している蔵前のギャラリー「TOKYO PiXEL. shop & gallery」では2/25(日)までイラストレーターumaoさんの個展を前後期に分けて開催中です。お近くの方は是非お立ち寄りください。通販もやっています!
※月火お休み

TOKYO PiXEL. shop & gallery
〒111-0042東京都台東区寿3-14-13-1F
TEL:03-6802-8219
12:00~19:00
※展示最終日はギャラリー、ショップ共に17:00閉店となります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?