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「異文化理解」青木保著(岩波新書)  【渋谷教育学園幕張中学校・過去問研究】

 渋谷教育学園幕張中学校(以降、渋谷幕張中)・平成16年度の入試問題で、青木保さんの「異文化理解」(岩波新書)が出題されました。

 この本は、2001年の7月19日に初版が発行されています。
 注目すべきなのは、この年の9月11日に、あの有名な同時多発テロがおきているということです。

 この本では、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」が、『文化の衝突』という章でとりあげられています。(同書P121)
 筆者が危惧しているように、グローバリゼーションの名のもとに、世界各地でおきている「文化の画一化(ステレオタイプ化)」は、20年たった今でも同じ問題を残しているのではないでしょうか。(同書P127)

「実はこうしたグローバル化の勢いは、人々に自文化への関心を薄めさせ、子供や若い世代に伝統や歴史についての関心を失わせないまでも弱くさせる働きがあるのも事実だと思うからです。私は、実のところ、日々こうしたグローバル化の中に身をおくことが、限りのない画一化へとかり立ててゆくのではないかとさえ危惧しています」(同書P127)

 文明の衝突・文化の衝突という側面からは、ステレオタイプの危険性が異文化理解を妨げるおそれがあるとしています。(同書P107)

「ステレオタイプの特徴は、ある特定の異文化と他者に対して集団的イメージを作り出すことにあるのですが、そのイメージは非常に卑近な経験とか接触によって作られることが多く、しかもそれがどんどん拡大されていきます」
「よくあの国の人はどうだなどと気楽に話ますが、それはたまたま自分があった一人か二人の外国人の印象だけによるものが多いのです。非常に限られた例を、一挙に全体のイメージにしてしまうのです」(同書P114)

 これは、よく目にする偏見や思い込みのプロセスです。このプロセスには、特殊を一般化してしまう恐ろしさがあります。

 あの同時多発テロ以来、イスラム教徒のイメージが悪くなってしまった印象があります。しかし、イスラム原理主義のような過激派は、全体の5%以下です。残りの95%以上は、穏健なイスラム教徒です。

 もっと恐ろしいのは、《宗教=危険》というイメージと偏見が定着していくことでしょう。このような印象や考え方は、「信仰の自由」を妨げることにつながり、基本的人権の問題にも発展しかねません。

 著書「異文化理解」の中で、青木さんは、ステレオタイプ的な理解は「人間を人間としてみる視点が欠けている」と述べています。(同書P119)

「マスメディアの巨大な発展にインターネットや多機能携帯電話などの急速な普及をみる情報化時代は、異文化理解を勧める側面も持っていますが、一方で異文化に対するステレオタイプ的決めつけが生まれやすいことも事実です。情報化時代というのは、ひとつのイメージで全て決めてしまう、そういう時代でもあって、非常に恐ろしい時代でもあります」(同書P120)

 今、世界中で暴力的な事件が増加しています。軍事政権や強権的政権による国民への暴力、アジア系やアフリカ系有色人種への暴力、国内でも理不尽極まりない犯罪が毎日のように報道されています。

やり場のない怒りや不満、憤りといったものを暴力によって解消しようとしていることが、このような弾圧や事件の発端になっているような気がしてなりません。

 科学技術やテクノロジーがいくら発達しても、他罰的に人を攻撃してしまう衝動性はなかなか無くならないでしょう。かつては、宗教や道徳教育によって是正できる部分もありました。人間の持っている野獣のような攻撃的本能を抑制するものとして、刑事罰を強化するだけでは十分とは言えないでしょう。

 今こそ、かつてインド独立の父と言われたガンディーの「非暴力・不服従」の精神を、新たな形で復活させる必要があるのではないでしょうか。

 そして、哲学・倫理・道徳・宗教にまたがる人文学的教育を通じて、精神の荒廃をくいとめる人間らしさを育てていくことが急務であると感じています。


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