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イジられキャラは弱者の生存戦略

イジられキャラはイジってくれる人のセンスを搾取している。
イジられキャラは受け身さえ取っていれば、「面白い」と思ってもらえる。

イジられキャラは不労所得なのだ。

※「イジってくれる人」って長ったらしいので、以下「イジり役」とする

イジり役は「センス」を必要とするが、イジられキャラは「愛嬌」と「受け身」さえあればどうにかなる。

しかし、多くの人はイジり役になろうとする。
センスのない人が無理してイジり役を演じ、ジメっとした変な空気になってしまっている場面をたまに目撃する。

なぜ多くの人はイジり役になろうとするのか

それはイジられキャラが「弱者」で、イジり役が「強者」という認識があるからだ。

イジり役の働き掛けによって、初めてイジられキャラは成立するわけだから、そう思われても仕方がない。

表での主導権は常にイジり役が握っている。

しかし前述のように、イジられキャラは溢れんばかりの愛嬌と受け身の取り方次第で面白いと思って貰えるが、イジり役にはセンスが求められる。
そしてセンスがあったとしても、その何割かはイジられキャラのポイントとなってしまう。

センスという名のパンチが豪快な分だけ、喰らった相手の倒れ方に迫力が生まれる。観客の視線が分散され、場合によってはやられた側に注目が集まる。

これがイジられキャラによるセンスの搾取である。

また、時として「イジり」は「イジメ」になってしまう可能性がある。
これが「ジメっとした変な空気になってしまっている場面」の一つだ。

「イジり」と「イジメ」は紙一重

とはよく聞く話だが、ここの差はイジられキャラの受け取り方の問題である。
イジり役にはコントロール出来ない。

いくらセンスのあるパンチでも、顔面に喰らって泣いてしまったらイジめだ。
昨今、セクハラやパワハラが大きな問題となっているから、ハイリスクである。

「イジり」と「イジメ」の境界線
「コミュニケーション」と「セクハラ」の境界線
これらを決めるのはイジられキャラだ。

つまり裏での主導権はイジられキャラが握っている。

イジられキャラは不労所得で悠々と生活してるとしたら、イジり役は低所得で重労働をしているようなもの。

人間の生まれ持った本能である「人の上に立ちたい」とか「強者になりたい」という欲求を満たしたいだけなら、イジり役はコスパが悪い。

逆にイジられキャラはブルーオーシャンである。
自ら望んでイジられキャラになりたい人はごく少数。
世の中にはイジり役になりたい人で溢れている。

イジられキャラとの「信頼関係」&「思いやり」

イジり役にはセンスを求められるが、それと同じくらいイジられキャラとの「信頼関係」と「思いやり」が必要である。

お笑い芸人同士のイジり、イジられが面白いのは
「センス」「信頼関係」「思いやり」
この3つの掛け算なのだと思う。

芸人の真似事でやっている素人イジりは大概「信頼関係」と「思いやり」の部分が無視されている。

たとえセンスがあったとしても、「信頼関係」と「思いやり」が無ければイジめと思われても仕方が無い。

この理屈を理解していない素人イジりのせいでイジられキャラはたまにしんどい思いをしている。

『お笑い番組はイジメに加担している』という人もいるが、イジメを生んでいるのは最低限の道徳を教えていない親の問題。
『お笑い番組は教育に悪い!』と言って、子供に見せないことを「教育の一環」と履き違えてる親は「モンスターペアレント」の予備軍である。

人間にとって、「信頼関係の構築」や「相手への思いやり」がハードウェアだとすると、「センス」はソフトウェア。

ソフトは付加価値であり、根本のハードをまずどうするかが先である。
アプリが優秀でも、デバイスがヘボかったら使い物にならない。

イジられて傷つく

イジられて傷つく人は、ただメンタルが弱いのではなく、そのイジりが「本質を突かれている」ような気がするから。

しかし、傷つく必要は無い。

そもそも、傷つけたり、思いやりのないイジりをしてくる人は「自分に自信が無い人」。
そして、なぜイジってくるのかというと、ポジショントークへの踏み台にしたいだけなのだ。

踏み台が無いと疑似的にも自らが望むポジションへ飛ぶことが出来ない。

しかし、ポジショントークの踏み台に本質が乗ってることなんてない。

本質を見抜けるのは信頼関係が築けてて、思いやりがある友達だけである。
そして信頼できる友達は傷つけるイジりなどしない。
傷つくことがあったとしたら、それはお互いのちょっとしたズレだろう。
テキトーに話し合って解決だ。

ネガティブを歓迎する

イジられキャラに必要なのは「愛嬌」と「受け身の取り方」
「愛嬌」はとりあえずニコニコしとけば良い。

大事なのは「受け身の取り方」

イジりとは、
コンプレックスだったり、失敗だったり、ネガティブ寄りなコミュニケーションである。

その際イジられキャラとして必要なのは「自分のネガティブを受け入れる」こと。まずは自分の中でネガティブを充分に咀嚼し尽くすこと。

「イジられたく無いこと」
「イジられて笑われても良いこと」
この二つを予め分けておけば、無駄に傷つくことも減るはず。
そして、ここぞのタイミングで豪快に受け身を取れるだろう。

弱者の生存戦略

イジられキャラはどっちかというと弱者だ。
弱者だからこそ、強者であるイジり役のセンスを搾取している。

個として強い人間を目指すか、弱者として生き残る手段を考えるか。

人類誕生の歴史まで遡ってみると、個として強かったネアンデルタール人が滅び、個として弱かったホモサピエンスが生き残った。

なぜホモサピエンスが生き残ったか。
それは個として弱かったが故に必然と互助が生まれ、コミュニティーを育んだからである。

弱者は助けを求める能力がある。
親の助けが無いと生きてけない赤ちゃんのように、助けが必要な時に堂々と泣け叫べるのも才能だ。
仕事で失敗しても、そのキャラだけで笑って許して貰えたりもする。

弱者は友達を思いやれる能力がある。
誰かの思いやりの無さに傷付いた経験があるからだ。

もしイジられることに悩んでいるのなら
プライドの高いイジり役の成り損ないよりは、賢い生き方だ。
これを心の中で唱えよう。気休め程度にはなる。

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