菊山宰

恥を魅せ、秒針に背く横顔。そんな無垢な芸術家みたいな文学を書きたい。小説はエブリスタに…

菊山宰

恥を魅せ、秒針に背く横顔。そんな無垢な芸術家みたいな文学を書きたい。小説はエブリスタにて。

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最近の記事

バニラアイスの上で足も尻も沈んだけど。

赤信号は危ない。 音の強弱が激しくないが穏やかすぎないジャズの雰囲気の音楽が、落ち着いた男性の歌声に重なって心地いい。まだ楽曲名もほとんど覚えていない最近知ったばかりのアーティストのプレイリストは、思考を巡らせるのには丁度いい。言葉がすっと脳に入ってきてしまうと思考が簡単に遮られてしまう不器用な頭で、そんな自分がもどかしい時も多々あるけれど、臓器が溶け出してしまうほどうっとり独りに浸ることが好きな自分の感受性の繊細さは愛している。 ブレーキペダルに乗った足と、背もたれに密

    • ドライヤーマイク。

      シャワーヘッドとドライヤーに録音機能が搭載されていたとすれば、アカペラで歌っていた時間はカラオケで歌っている時間を遥かに越えるに違いない。幼い頃から私の歌声を知っている家族よりも、長い付き合いの友人よりも、鏡の横に置いてる歯ブラシと浴室内のシャンプーの方が、私の歌声の魅力を一番知っているのではないかしら。 すれ違う他人の生活を覗き見ることは叶わないので、一人で過ごす姿のだらしなさを想像することは容易ではないけれど、きっとあの素敵なスカートをお召しになっているご婦人も、常に色

      • 砂時計みたいに歌う散文。

        十七時を回った瞬間、タイヤも急くように回っていた。 太陽が私たちの足の下までじりじり落ちていく。この黄金色に感じる寂しさと懐かしさは、きっと一生消えることはないのだと思う。これは、子供時代が楽しかった証なのでしょうから、こちらから頭を下げてでも一生消えないでほしい感覚。 夜が明けたら 浅川マキの歌声が車内の空気を震わせている。こんなに美しい夕暮れ前に、絶妙に溶け合わない歌詞。けれども曲を変えたいと思えないのは、彼女の歌声が私の心にだけ溶けてくれているからだ。 夜が明けた

        • 幽体離脱ができなくてよかった。

          羽根がもう駄目らしい。自分でもわかっているはずなのに、羽ばたかせることをやめない純情さに目が離せないどころか、脳の一部を抉られた気分で見ていた。 虫が苦手な大きな理由は羽根である。外に出ている羽根の模様、羽音、そのどれもに拒絶している。そう、夕方の鐘の音までが楽園だった幼少期にカブトムシがさわれたのもそれが理由だと思う。セミやトンボももちろん近寄りがたいけれど、私の視線を独り占めしたその種類が特に駄目だった。蛾だ。 反射的に走り出してしまうほど苦手なその生き物に、自分の残

        バニラアイスの上で足も尻も沈んだけど。

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        • エッセイ
          41本
        • 14本

        記事

          私は私でしかないのかしら。

          なぜ、私は私でしかないのかしら。 なぜ、私はこの身体から離れられないのかしら。 なぜ、皆は当たり前に疑念を抱かずそれを全うできているのかしら。 菊山宰を置いてしまうと恥ずかしい気がするので、ここは治姫という人間が妄想していることにしよう。 雨が上がったので、どうしようもない嫌悪を抱えながら濡れた道を散歩している。濡れた木を見て立ち止まった治姫が耽ったのである。 雨上がり、木の葉に乗った水滴が人々とし、その一粒が私とする。それぞれ大きさは異なれど空から生まれた水滴であると自

          私は私でしかないのかしら。

          夏を、する。

          カシュッ。CMに採用されそうな気持ちのいい音を予想して、引っ掛けた指が急くように鳴らした音は、カキッ。泡が少量フライング。焦って唇を尖らせ迎えに行く。瞬く間の悲しみは苦味によって一瞬で上書きされる。 「おいっし...」 やっぱり今はCMの撮影中なのではなかろうか。流れる汗も嫌ではないし、むしろビールの美味しさを引き立てる脇役に昇格している。もっと喉を鳴らして、伝う汗を感じたい。美味しい、美味しい。喉が痺れる。 さっきまでの暑さにも感謝しなくては。帰路で浴びる灼熱は地獄を

          夏を、する。

          一輪に静寂と母性

          枝のゆく方に咲くのか 咲く方へ枝が迎えるのか 真理は根だけが知っていて 花瓶と一緒になった夜 内緒話で打ち明ける 嬉しそうに笑いながら 悲しそうに涙を溜めるんだ 「どこで咲いているのが綺麗なのかしら」 頷くこともできない花瓶に 同情している私が一番に涙を溢してはいけない 「お前は今が美しいよ」と 言ってはいけない 何も言わず じっと、じっと、穏やかに 不気味なほどに見つめてごらん 男か 女か などの無意味さを消してくれる 花弁と毛先の間に 無限

          一輪に静寂と母性

          美しい言葉選び、美しい表現。そう言っていただけることが年々多くなってきて嬉しい限りです。自分が思う美しさを美しいと言っていただけるのは、手のひらを表にしてじっと魅せているところへ、読者様が手のひらを重ねてくださったような心地なのです。折り紙の何かにでもなってしまいそうです。

          美しい言葉選び、美しい表現。そう言っていただけることが年々多くなってきて嬉しい限りです。自分が思う美しさを美しいと言っていただけるのは、手のひらを表にしてじっと魅せているところへ、読者様が手のひらを重ねてくださったような心地なのです。折り紙の何かにでもなってしまいそうです。

          否定する恐ろしさがわからない人間がわからない非人間。

          「こんなこと言いたくないんだけど」 「別にディスるわけじゃないんだけど」 これを前置きにする言葉はずるい。そう思うなら言わなければいいと思ってしまう。 これらは水平思考をする前に声に出てしまっていると、私は思うんです。常に自分から湧き出す選択を「〜かもしれない」と自分で打ち切れる人はかなり少ない。と私には見える。感情にコントロールされすぎているとも言えるかもしれない。 あー...みっともない。つい頭の中で漏れてしまう。 「いや、でもさ」 「いや違う」 これが反射的に出

          否定する恐ろしさがわからない人間がわからない非人間。

          雨と情事

          しとしと 降るも 踏むも 波紋も しとしと と 六月の音 七月への寂しさ しと しと しと 中心に在るは 心臓 臍 愛のアレ しっと と と と し 花びらは揺れて 濡れていく 窓の外 無数の粒が空の目 しとしとしとしとしとしと お色な声は愛した者へ 「雨音が閉ざしてくださるわ」 乙女はロマンティックに堕ちる しとん しとん しとん 紫陽花が鏡と化した

          本を戻してパンティを買う。

          青い装丁に小さな題名が施されたその歌集は、本棚の目立たない位置にひっそり佇んでいた。 本のサイズもさほど大きくないその一冊は、周りの画集やら絶景集の色鮮やかさに負けそうになっている、はずなのに、瞳のもっと奥まで届かせようとするその青さは海そのもの。自身の親指の大きさが目立つくらいの書物であるそれは、サイズ感を錯覚させられてしまいそうなほど全てが真っ青でどこまでも鮮明に美しい。 これは書いたい。私の部屋の本棚でも空気を読まずにその青さを放っていてほしい。そう思ったのに、二千

          本を戻してパンティを買う。

          紫を孕む

          意味なく懐かしんでいるわけじゃない 小さい尻と背を見守ってもらった頃に ここを歩いたら夢しかなかったんだ ただ「夢」と残酷に名付けず 好いものには笑顔で 怖いものには膝を曲げる そうしているだけで今日を考えない無垢が光る 自分で見つけたものは 自分しか知らない宝物だと思えた 過去の自分に共感してやりたいのだ 「それは私たちだけの秘密だ」と 意味なく懐かしんでいるわけじゃない 大きく見えたはずの棚とか 小さい仲間だと思ったぬいぐるみとか 赤ちゃんを見

          夜さん聞いて、昼寝したら苦しくて。

          大体十五時から十七時。遅ければ十八時くらいまで気絶したように眠っていることがある。夜寝るのが遅い分、ここで睡眠不足を解消しているのだと言い聞かせているのに、その効果は寝起きの自分には全く届かないようで、寝落ちる寸前の自分への御呪いは無駄になってしまう。 目が覚めると、時間のわからない恐怖と視界の暗さに襲われる。そんなものはスマホを確認すればすぐに現実を掴めるのだけれど、胸を叩く激しいノックは止まらず焦りだけが秒針に継承される。これがトイレなら怒鳴られて終わるか、意味不明な恐

          夜さん聞いて、昼寝したら苦しくて。

          ドラえもん。

          幼い頃に体調を崩すと、午前中にドラえもんの映画をよく見ていたのを思い出す。体温のせいで汗ばみながら薄い毛布に包まっていた私を背に、母は家事を静かにこなしている。こんな時ばかり母の偉大さを知るけれど「いつもありがとう」なんて照れ臭くて言えなかった。 懐かしい記憶をいつでも鮮明に蘇らせてくれるアニメは他にもあるけれど、ドラえもんは外せない。何度も泣かせてもらったし笑わせてもらった。もはや友達くらいの気持ちでいるのは私だけではないのではないか。ドラえもんとのび太、そして自分もそこ

          ドラえもん。

          その手が結える

          人は人で変わるが 人は人を変えられない 人は自ら変わるが 気づきに気づいた自分がいるだけ 要素が目の前にあろうが 変われることは絶対ではない 人は変わるべくして変わる

          その手が結える

          赤い坂道

          この歳になってようやく などと言うけれど 恥ずかしいことはありません 来年、また来年、いいえ 次の季節には また溢すのだから 恥じることは学ぶこと 次こそは とは 明日を生きると決心すること 汚れた靴に笑う もっと汚れてええ とにかく 穏やかに息ができれば 風も微笑む