見出し画像

このままでは未来がない日本の長距離&マラソン競技

2007年から開始した東京マラソン以降、市民ランナーの数は急激な伸びを見せている。

それに応えるようにマラソン大会をはじめとした市民ランナーの向けの大会も急激に増加している。

ここ最近では増えすぎたマラソン大会が参加者のパイを奪い合う結果として、目標とする参加人数に対して未達となり開催中止を余儀なくされる大会も少なからずとも出てきている。

マラソン大会は従来通りの運営を行っても次第に淘汰されることとなるため、主催者はより一層の工夫を求められてくるであろう。ただ、本日の主題はマラソン大会をどうするかについてではないため、この件については後日触れることとしたい。

さて、市民ランナーの数は増加したはいいが、それが陸上競技の人気に直結はしていない。

率直に言えば、日本の陸上競技は他スポーツと比べて四半世紀以上の遅れを取っているといっても過言ではない。

私は辛辣な批判発言を行うが逃げるつもりもなく、コメント欄はオープンにするので是非とも異論・反論ある場合はコメントしていただきたい。
ただ、感情論や個人的経験からの意味のなさない"常識"は問答無用で削除する。暗黙の了解とかそういったのはなぜそうなったのかの経緯を論理的に説明してください。


日本最高峰の大会でもガラガラな観客席

まずこの動画を観て欲しい。

2023年12月に行われた日本選手権 男子10000mの動画だ。
塩尻選手、太田選手、相沢選手の3名が日本記録を出した素晴らしいレース。

注目するべきは観客席の人数を観て欲しい。

仮にも日本一を決める大会なのに観客席がスッカスカだ。
フィールドに降りて観戦してる人を勘案してもとても日本一を決める大会のイベントだとは思えない。

・サッカーやラグビーの代表戦では親善試合ですらこれ以上に観客数は多い。

・Jリーグやプロ野球のペナントリーグの1試合でもこの観客数を超える。

・夏の高校野球や冬の高校サッカー選手権ですら観客は倍以上に入っている。

『そもそも陸上の人口が少ないのではないか』

こうした声もあると思うが、この調査データを見る限りは少ないとは言えない。さすがにランニング人口がそのまま競技志向の人口というのは極端ではあるが、陸上競技を行う人口数としては少なくはない。

私が「陸上競技に未来がない」と考えるのは「陸上競技はあまりに守られ過ぎている」からである。


1.選手を批判する人がいない

陸上界には選手を厳しくも愛のある批判する人がいない。ほぼ皆無だ。

サッカーであればちょっと前はセルジオ越後氏。いまは田中マルクス氏など。
野球であればちょっと前は張本氏や野村克也氏。いまは上原浩治氏やダルビッシュ選手。
ラグビー、バスケ、フィギュア、卓球などでも代表戦がダメだった場合は、なぜダメだったのかをメディアは取り上げている。

ジュニア世代も関係なく批判している。

この記事を書いているのはサッカーアジアカップで日本がイラクに敗戦をした2日後だが、批判の嵐に見舞われている。
GKの鈴木選手に対しては物凄い批判の数だ。

陸上はそれがほぼ皆無である。

先日行われたパリ五輪マラソン代表選考会のMGCでも川内優輝選手の素晴らしい力走が取り上げられ、それ以外の選手達の情けない体たらくに触れるメディアはほとんどなかった。

世界陸上において期待された選手が予選敗退しても叩かれることはない。

これは裏返せば、メディアは陸上競技選手を叩いたところでそこまで数字が伸びないからと判断しているからであろう。「叩いたところで読者がいない=注目するに値しない」と思われているのだ。

SNSなどでも気持ちいいくらい批判的な言葉は陸上選手に対して少ない。

批判と期待は表裏一体である。
期待があるから批判をする。
期待がないから批判もない。

サッカーのアジアカップでの敗戦は「勝って当たり前」と期待しており、それが裏切られたからみな批判をするのだ。陸上競技の場合は「どうせ勝ちはしない」「負けて当たり前」とほとんどの人に思わているのだ。

誹謗中傷や暴言などによる批判はもちろんよくはない。
ただ、批判は時として選手を成長させる。
批判にさられることで、選手は試行錯誤を繰り返し、選手としても人間的にも成長する。

スキージャンプの高梨沙羅選手は五輪で思うような結果が出せずに多くの批判にさらされた。17歳で出場したソチ五輪では、それまで絶好調だったワールドカップの成績とは裏腹に4位に終わってしまった。

17歳の少女が五輪という舞台で地獄のような結果を受け入れないといけないのに、それに加えてメディアは「なぜメダルをとれなかったのか」と連日報じた。

その批判に対してどれほどのプレッシャーがあったのか我々常人には推し量ることができやしない。

それでも彼女はめげずに競技に向き合い、4年後の平昌五輪で銅メダルを獲得した。だが、この五輪でも彼女には勝利の女神は微笑むことはなかった。

スキージャンプ混合団体でスーツ違反により失格となってしまいポイントを加算することができなかったのである。

当然のことながら彼女はまた批判にさらされることになる。彼女を失格にした審判にも批判の目が向けられることになったが、アスリートであれば誰もが目指すであろう五輪という大舞台で二大会連続で叩かれることになったのだ。

それでも、高梨沙羅選手は2024年現在でも選手としてワールドカップで表彰台に絡む活躍を見せている。

高梨沙羅選手は心から尊敬する。

私は何でもかんでも批判しろとは言わない。
ただ、批判がない限りは選手は育たないと思っている。
そして批判に埋もれてしまう選手は所詮トップアスリートとしてはやっていけないとすら思っている。

トップアスリートは批判とは切っても切れないものだ。

批判の有無の関連性は定かではないが(個人的には関係性はあると思っている)、パリ五輪マラソン選考会のMGCにおいて日本男子マラソンの未来に対して愕然とした。

2.トップ選手の競走意識の低さ

パリ五輪男子マラソン選考会であるMGCは2023年10月15日に行われた。

2023年10月上旬は異様な暑さが続いた。
やっと10月らしくなってきた気温に対して、MGC当日は雨だった。
気温の変化に加えての悪天候に対応することは難しかったこともあるのだろう。

そんな中に飛び出したのは御年36歳となる川内優輝選手である。

序盤からの大逃げで「いつまでこの川内選手の逃げが通用するのか」と私は一視聴者として楽しくリアルタイム視聴をしていた。

川内選手の大逃げは35㎞地点でやっと後続グループに吸収されることとなった。
前回MGCの時の設楽選手のように川内選手もこのままズルズルと順位を落としていくのかと思ったが、凄かったのがここから粘りに粘って結果的に川内選手は4位となったことだ。

この川内選手の当日の活躍はさすがに予測できなかったが、「つまらないレースになるのだろうな」というのは前日の記者会見で垣間見ることができた。

MGCでの目標を司会者から問われることとなった出場選手。
*1:22:13辺りから

驚愕したのはほとんどの選手が「2位以内」「内定」「五輪出場」と回答したのである。

MGCに出るのだからそれを目指すことは大前提であるのにも関わらず、何を当たり前の回答をしているのだろうと彼らの競走意識の低さに愕然とした。
なぜ「一位」「優勝」と書く選手がこんなにも少ないのだろうと呆れを通り越して「男子マラソンはまだこんな位置なのか」と悲しくなった。

そのような記者会見の中で川内選手が回答したのは「記憶に残る走りをする。最後まで全力を出し尽くす」だ。

当日の結果はまさにその通りになった。
代表を勝ち取った小山選手、赤崎選手。そして3位になった大迫選手よりも喝采を浴びたのは川内選手だ。

2023年のMGCと聞いて「川内の走り」を思い出さない人は陸上モグリだろう。

それくらい記憶に残る走りを川内選手はしたのだ。

そして川内選手の魂の走りがあるがゆえに、それ以外の選手の不甲斐なさがより際立った。

「2位以内で良い」と考えてる限りは川内選手のまさかの飛び出しに対応できるわけがないし、現実問題できてなかった。そしてその先にある世界と戦えるわけがない。

何よりも川内選手は36歳だ。
長らく日本のマラソン第一人者として牽引してきた。
大迫選手もその一人だ。

この10年で男子マラソンで安定した成績を残せているのはこの2人しかいない。他の選手の成績は浮き沈みが激しく、安定的ではない。

サッカーで言えばいつまで長谷部誠選手に代表を任せるのかといっているようなものだ。一ファンとして川内選手にはまだまだこれからも頑張って欲しいが、MGCという大舞台で川内選手についていけるのが3人しかいなかったという事実は世界の背中はまだまだ遠いとまざまざと見せつける結果となった。

さて、私はこの競争意識の低さを招くの一つとしてペースメーカーという陸上界の悪しき慣習があると思っている。

3.ペースメーカーはいらない。競技を観てる者は何一つとして楽しくない。

マラソンやトラック競技を観ると大体のレースでペースメーカーという役割のランナーがいることに驚く。

オリンピックや世界陸上には派遣基準のタイムがあるので、そのタイムを切るために記録会とかではペースメーカーがいてもいいのかもしれない。

ただ、バチバチの勝負をするべきの日本選手権やMGC出場選考レースなどでペースメーカーがいるのは不思議な感覚となる。

オリンピックや世界陸上ではペースメーカーはいない。つまりはそのレースでは勝負の駆け引きをしないといけない。
だが、大体のレースではペースメーカーに先導されることで、他スポーツでいうところのジャイアントキリング(アップセット)が起きづらくなっている。

駆け引きが強い選手がいるかもしれないのに、ペースメーカーがいるせいで駆け引きできずに埋もれてしまう。

正直、観戦してる側としては全く持って何一つ面白くもない。

スポーツが発展するには競技する側とそれを観る側の両サイドへの配慮が必要だ。ただ、陸上の場合は競技する側に重きを置かれている印象だ。

派遣切りのタイムを目指す大会とそうでない大会をしっかり区別しないといけない。なんでもかんでもペースメーカーが先導するのは選手自体も育つことはないし、陸上競技を観るものを何も魅了することはない。

1万mでペースメーカーが引っ張ってると8000mくらいまでは観ている側としては消化試合でしかない。ペースメーカーについていけるかいけないかの選別なので、約24分はボケーっと観ているだけだ。最初から駆け引きがあれば競争に緊張感が生まれ観客も最初から競技に注視するだろう。

1万mだけではなく、1500mや5000mでもペースメーカーがいる限りは競技場に足を運んで観戦することはない。

トラックにしてもロードにしても、もっと駆け引きを選手に推進してほしい。
ペースメーカーが当たり前となっているようでは世界で戦えるはずがない。

「レースに負けたのはペースメーカーのペースが悪かった」というような発言をしてる選手をたまにSNSなどで見かけるが、そういった選手はアスリートとして競技をするのはやめた方がいい。自分のレースを人任せにするような選手は成長するはずがない。

ペースメーカーを多用することは本来の競走の本質すらも見失う選手を生み出している悪しき慣習なのだ。


以上のようにいまのままでは日本マラソンの未来はない。

「海外の選手とは体格やそもそもの素質が違う」という負け犬根性丸出しの意見もあるだろう。その意見も甘いのだ。球技であろうと肉体を使う競技であろうと、海外選手に太刀打ちできている競技は多々存在する。

その中で陸上競技だけは違うというのはあり得ないし、言い訳でしかない。

陸上競技がどのようにして海外勢と太刀打ちできるようになるかの提案は別の機会に行いたい。

当記事内では批判だけで終わらず、しっかりと提案も行っていく。

読者のみなさんのコメントをお待ちしております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?