婚活アプリをはじめよう

            

 初恋の話をしよう。2009年、私は恋に落ちた。


 中学二年だった私が、ロクでもない生活を送っていたことは「All is well」で読んでくれたものとする。暗くなるまで遊ぶ日々、何をするわけでもない学校生活、悪さを誘発する尾崎豊。その頃には、特技だったはずのピアノすらまともに弾くことができない、取り柄のない男。そんなどうしようもない私にも、一つだけ趣味があった。それが映画だ。中学二年から三年の二年間で見た映画はおそらく七百本以上、毎朝四時台に起きて映画一本を観る生活を続けていた。ちなみに「All is well」も映画のタイトルから引用している。
そんなある朝、キャスリーンという女性に心を奪われた。キャスリーンは「You've got mail」という映画で、メグ・ライアンが演じる女性。


以下ストーリー要約。
 キャスリーン(メグ・ライアン)はニューヨークの片隅で、老舗の小さな絵本専門店を経営している。彼女には同棲している恋人がいるものの、ハンドルネーム「shopgirl」としてインターネットで知り合った「NY152」とのメールのやり取りに夢中。ある日、彼女の店の側にカフェを併設した値引商法の大型書店が開店。どんどん客は奪われ売上は落ち続ける。このままでは彼女の店は潰されてしまう。しかしこの大型書店の経営者ジョー(トム・ハンクス)こそが「NY152」だった。キャスリーンとジョーは実生活では、顔を合わせれば商売敵として喧嘩ばかり。しかし家に帰れば「Shopgirl」と「NY152」として、その日にあった事をメールで報告したり、お互いを励まし合う間柄に。メールを通じて、二人はますます惹かれ合っていく。(以下省略)


 悪戦苦闘する姿とその励ましを誰かに求めてしまう姿、そしてショートカットのメグライアンの可愛さに心奪われた。思い返すと、キャスリーンの強さと弱さ(表と裏)に惹かれたのだと思う。経営者として奮闘しているが、思い悩むことがたくさんあり心の内を誰かに明かしたい。頭で動いている経営者キャスリーン(表)と心に従う女性キャスリーン(裏)の姿にドキッとしたのだと思う。私は強そうで弱い、SっぽくてM、そしてショートカットが好きだ(知らんがな)。人に表裏があるのは当たり前のことで、表向きの姿で出会うから、本当の姿(裏)までの道のりは長く、殻を一つ一つ壊していく過程を要する。でももしかすると、明かされないはずの姿(裏)で出会った二人は、普通に出会うよりも近い距離で出会っていたのかもしれない。

 映画が公開された九十年代は家に帰ってパソコンを起動してメールをチェックしていたが、現代においてインターネットは都にポータブルで、裏の人格を持ち歩いているともいえる。さらにこれらは複雑で、もしかするとインスタグラムの顔とツイッターの顔を別で持っている人なんかがいてもおかしくない。コロナウイルスのおかげで加速度的にディジタル化した社会において、誰もがいくつかのアカウントを持ち、それぞれの面をもつ。どれもどこか余所行きで真意が見えにくい。ともすれば虚像を乱立しているだけのようにも伺えるが、真意を明かせる他人を探しているようにも感じられる。もしかすると繕ってきた旧友よりも、ふと裸一貫で出会った他人のほうが失うものなどなく、素直になれるのかもしれない(私は飲み屋でその日に出会ったおじさんやおばさんと結構素直にまじめな話をする)。


 現在、私のユーチューブの広告はメンズ脱毛クリームのものより婚活アプリのものが多くなってきた。この婚活アプリというもの、実は自分が素直になれる相手を与えてくれるものなのではないか。構図としては、キャスリーンとジョーと同じで、表向きではない姿同士で出会っているため、無駄な工程を省き素直な状態で出会えるのかもしれない。私は女性を目の前にしても、相手の真意など読み取れない。見えているのは、身も心も化粧で塗り固められた、取り繕った姿で、同じことが自分にも言える。しかしこの婚活アプリは既に白旗を上げ、目的を同じくした者同士によって展開される。詳しくはわからないが、きっと連絡を取り合って互いにある程度篩にかけていくのだと思う(認識を誤っていたら申し訳ない)。出会ったとき既に真意、既に外殻を突破していて、そこから取捨選択できるのだとすれば甚だ有能な限りだ。



 とはいえ、アプリの話になってからは「かもしれない」ばかりである。

婚活アプリに月額課金する経済力すら持っていない私は、まだスタートラインにすら立てていないのか。

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