デザイン経営で知的財産”権”を。‐見える知財と見えない知財‐
\「知財系 もっともっと Advent Calendar 2021」12/7 向け記事です/
*続編も書きました→「続・デザイン経営で知的財産"権"を。-デザインによる技術優位市場への回帰-」(2021.12.22 追記)
こんにちは。特許図面好きの Uchida です。
2020年に企業を退職し、フリーランスとして「Toreru Media」や「知財図鑑(コラム:特許図面図鑑)」、そしてTwitter等にて知的財産(以下、知財)に関する情報を発信しています。
本アドベント記事のテーマは「デザイン経営 × 知的財産"権"」について。企業知財部時代に感じていた課題意識が発酵され、久々に掘り起こしてみました。
なお、以下図のとおり産業によって知的財産権(以下、知財権)の位置づけは様々ですが、本記事においては特段の産業を想定したものではありません。川上の化学材料であれ川下の最終製品であれ、関連する内容かと考えています。
何かのご参考になりましたら幸いです。(お忙しい方は、最後の「まとめ」だけでも!)
01 2018年『「デザイン経営」宣言』発動 by 特許庁
2018年に特許庁より『「デザイン経営」宣言』がなされ、「デザイン」の視点を重視した経営が推進される流れに。そして当該宣言によってクリエイティブ業界は盛り上がったものの、知財業界はどうか?
知財関係者である自分は、新たな価値を生み出す方々(発明者/創作者/マーケター...etc)に寄り添って知財サポートをする立場であるが(あったが)、自分事として「デザイン経営」を受け止めていたか?
それはおそらく「NO」。
これまでデザイナーさんと協働する機会に恵まれ、所謂「デザイン思考」にも2013年頃から身近に体験してきた。(参考:自己紹介記事リンク)
それ故に「デザイン経営」も少し知った気になっていた。が、知財権との関わりについては、そこまで深く考えていなかったのである。
以下、「デザイン経営×知財権」について少し考えてみた。
02 知財と知財権
「知財権」とは、営業秘密や製造ノウハウ等も含めた「知財」の一部が特許法等の各種法律にしたがって保護される権利である。排他的権利であるため、自社が保有することで他社にとっては事業上の障壁となり得る。故に、知財権は自社の独自性を保護することにつながり、”らしさ” といったブランド力向上にも寄与する。つまり、知財権の取得はデザイン経営に資する…!
・・と、教科書的には理解が出来る。しかし、実務上でそんなに上手くいくものだろうか?知財部における目先の業務内容から知財権を生み出していけば、デザイン経営に資するのか?そしてどうすれば、経営陣や投資家に対してアピールできるレベルの「自信あふれる知財活動」を遂行できるのだろうか?
電機メーカー&化学メーカーにおける知財部の業務を思い出しつつ、検討していく。また、昨日12/6の Kenji Suzuki さん記事 が大変勉強になるので、数点引用させていただく。
03 見える知財と見えない知財
① 忙しい風味
大量の案件&それに紐付く各種会議に追われ、どうしても受け身の姿勢で「見える知財(*)」の対処に注力せざるを得なかった。そして特許の権利化業務は知的好奇心を大いにそそるものであり、「提供価値を権利保護する&侵害リスク低減」といった知財サポートの趣旨を見失ってしまう側面があった。その結果、以下「残酷その2」に直面する。
(*) 技術部門からの相談によって認識する新規技術や、契約相談等
② 価値創出の場&方法がよく分からない
VUCAの時代は、機能を追い求めれば良い時代ではない産業もある。つまり「顕在ニーズに対して技術改良を進めれば儲かる=技術者からの提案を待って特許出願&権利化を行えばよい」が通用しないことがある。
③ クリエイティブ界の盛況
その場合、感性/情緒といった軸も頼りに市場開拓していく必要があり、技術者やマーケターは、デザイナー/クリエーターと協働するケースが多い。例えば、顧客の行動観察や、リーンスタートアップ、デザイン思考・・等の思想に基づく活動を通じて潜在ニーズを探っていくというもの。そしてミラノデザインウィーク等の展示会におけるインスタレーションを通じて自社技術を感性面から訴求するケースも見受けられる。(参考:『Nittoの新しい光制御技術「RAYCREA」ミラノデザインウィーク2021に初出展』日東電工株式会社)
他、川上の化学メーカーが、自社技術を活用しつつクリエイティブ性を身にまとってエンドユーザーへ直接アプローチする例もある。(参考:三菱ケミカルによるアパレルブランド「age3026」、三井化学による ”感性からカガクを考えるオープンラボラトリー活動”「MOLp(モル)」等)
④ あるとき気付く、新規性の喪失
③の活動はスピード感が大事であり、知財部への相談が遅れがち、漏れがち、となる。そもそも知財が関わるとは思われず、知財部へ相談しようという気にすらならない場合もある。結果「見えない知財(**)」について権利を取り逃す等、「デザイン経営」の思想に沿った内容の知財サポートが手薄になってしまうケースがあった。自ら探索しないと、保護すべき知財が見つからない場合もあるということである。
(**) 知財人材が関与しない場所で生まれ、知らない間に世に出ていく知財
⑤ 知らぬ間に 価値創出が なされてる
故に、③を通じて新たな視点から価値創出が図られたとしても、それを保護する知財権が乏しい状況に。そして通常の知財サポートが施されていない分、他社権利侵害や契約観点のリスクも高いものと思われる。
・・と考えてみると、単に「③にもっと積極的に絡んで知財サポートを行えばよいではないか」との結論に。しかし「①忙しい風味」の問題が立ちはだかる。しかも最近は「IPランドスケープ」なるものを新たに求められる場合もある企業知財人材。
そこで、このヤキモキした状況を改善するには、
顧客への提供価値が生まれる場所/情報に接するべく、他部門とのコミュニケーションを密にする
に尽きると思われる。(勤務時代は特に意識していなかったが、おそらく・・)
それも「①忙しい風味」の問題が・・・となるかもしれないが、まずは他部門の知り合いと雑談する回数を増やすなり、仲の良い同期にちょっかいを出すなり、なんなら用もなく他部門のフロアをお散歩するだけでもよいのではないか。企業知財においては社内の他部門がある意味「お客様」であり、定期的に顔を出しにいくのは自然な行為である。
その点、GMS社髙橋氏の記事が参考になるかもしれない。(『知財活動を社員に「わがこと化」してもらうための組織づくり』MONOist, 2021.10.7)
そして多少距離を縮められたら「見えない知財」が「見える知財」へと変わっていき、自然と「①忙しい風味」の中に組み込まれていく。そうすれば既に「見える知財」なので、他業務との兼ね合いで優先順位を付けつつ対応することも出来るだろう。その中から「提供価値に役立っている知財」の権利化を積極的に検討すればよい。
そのときにおそらく「デザイン活動という、慣れない対象に対して俺様がギアを上げて対応する必要があるのか?」といった思いが生じる。
以下レポート内容は、その疑念を払拭する一助となるのではないだろうか。
04 デザイナーは発明をもデザインする(デザイン経営×特許権)
デザイナーが発明者に含まれた特許は、他の特許と比べて質(***)が高い傾向にあるというレポートである。侵害発見の容易性や製品実施率が高い等の理由によるものと推測される。
(***) 被引用回数や包袋閲覧回数等、他社への影響力等によって算出される指標
冒頭に記載のとおり、
デザイン=人の気持ちも含め、創造的にあらゆる事象を設計すること
との昨今の定義に沿って考えれば、デザイン活動から特許が生まれるのは自然である。そしてそれら特許は質が高い傾向にあるのであれば、デザイン活動に対して積極的に知財サポートを行う理由付けにもなるのではないだろうか。他、2016年に似た内容の学会発表もある。(「An alternative resource for technology innovation: Do industrial designers create superior invention?」2016 Portland International Conference on Management of Engineering and Technology (PICMET), 4-8 Sept. 2016)
当然、デザイン活動によって生まれる価値は産業分野によって様々であるし、そのアウトプットは、技術的に新規ではない場合もある。しかし仮に権利にならなくとも、「権利にならない&他社権利についても心配無用」をその場で判断してメンバーの検討タスクをすぐに減らすだけでも、必要な知財サポートであろう。
最後は、デザイン経営と意匠権との関わりについて。
05 機能を回避、情緒はどうか?(デザイン経営×意匠権)
意匠権は物品等の外観を保護するものであり、どうしても「権利範囲が限定的であり、特許権と比べると活用しにくいもの」という印象を受けがち。(若手時代、弁理士の先輩方からもそう教育を受けてきた)
しかし「ブランド」の観点から考えると、意匠権は強力なツールとなり得るのである。以下記事にある「iPhone のホームボタン」の例が分かりやすい。
「〇型」ボタンについての意匠権がある場合、他社は「⊡型」等のボタンを設計すれば、権利侵害を回避できる。しかしそれは「機能的回避(代替手段によって同等の機能的価値を創出すること)」であって、情緒的には劣っているのではないか?というもの。ブランドの「象徴」であったり「らしさ」が表れている外観を意匠権として保護すれば、情緒的価値の保護、ひいてはデザイン経営を通じて構築するブランドの保護にも寄与し得るのである。
そして昨今においては新たに建築物や内装の意匠についても保護対象となった。これら意匠権の活用も目が離せない。
06 ブランド体験の窓口(デザイン経営×商標権)
ブランド体験の窓口となる「商標」を保護する重要性については言うまでもないので、割愛する。ブランド体験を通じて信用が蓄積する「商標」の保護は、あらゆる産業において重要であろう。
07 まとめ
「デザイン経営」をきっかけに色々と御託を並べたが、とにかく企業知財人材としては
顧客への提供価値が生まれる場所/情報に接するべく、他部門とのコミュニケーションを密にする
を念頭に置くのが大事であり、
色々なアプローチで価値創出が行われる社会において、利益創出・ブランド力向上・産業発達・創造意欲促進・・等について総合的に考えた上でよりよい知財サポートを行うのが企業知財におけるプロ
なのかと思う。あくまで「知財権はビジネスツールの一つ」であるので、事業推進との兼ね合いで「知財権取得をちょっと軽視する知財のプロ」が求められる場合もあるかもしれない。(とはいえ、商標権は必須とは思う)
そしてタイトルにもある「デザイン経営×知的財産”権”」について。
これはデザインを意識した活動を通じて良い権利が取れそうであれば注力すればよいし、そうでもなければ目利きをして最低限の知財サポートを行えばよいーーただそれだけのことである。
(続編)2021.12.22 追記
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・・と、色々書いてみました。産業によって知財の扱い方や知財権の位置づけが様々なので、「なにいってだこいつ」と感じた内容もあるかもしれません。もしご意見やご指摘などありましたら、何かいただければ幸いです!
複雑な社会で疲れてしまいがちな世の中ですが、「知財」というものは老後まで考えたいテーマであり、様々な観点から日々勉強していきたい所存です。
\↓こちら↓は「知財系 Advent Calendar 2021」12/7 記事です/
以上
Uchida | 知財ライター
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記事をご覧いただき有難うございました!