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続・デザイン経営で知的財産"権"を。-デザインによる技術優位市場への回帰-

*約7,700文字あり、少々長いです。特許実務の細かい内容も含まれます。
*「05 さいごに」「06 あとがき」が、最も書きたかった内容です。こちらだけでも是非ご覧ください。

<本記事における言葉の定義>
 デザイン:人の気持ちも含め、創造的にあらゆる事象を設計すること。
 デザイン活動:”デザイン” を意識した活動
 デザイン経営:”デザイン” を重視してブランド力向上を目指す経営。
 知財サポート:出願権利化、侵害回避、先行文献調査、契約対応 等
<前提>
 ブランド力向上=万歳。程度の差はあれど、どの業界においても重要視すべき。ブランド力向上 → 需要を喚起 → 経済発展 → Happy といった思想。

01 はじめに

以下記事にて、デザイン経営に対するより良い知財サポートについて私見を述べた。要点は以下のとおりである。

<上記記事の要点>
 (1) 企業知財人材にとって、2種類の知財がある。
 ① 従来通り技術者からの相談によって認識する「見える知財」
 ② デザイン経営の思想に基づきいつの間にか生まれた「見えない知財」
 (2) 「見えない知財」に関する知財サポートを見過ごさないためには、まずは他部門との関係構築が肝要。
 (3) 例えばデザイナーと称する方々からも発明が生まれ、それら特許権は比較的質が高いというデータもある。

そして経済産業省・特許庁による『「デザイン経営」宣言』によれば、デザインへの投資はその4倍の利益をもたらす旨の記載がある。

「デザイン経営」宣⾔』経済産業省・特許庁 
産業競争力とデザインを考える研究会 2018.5.23

各国においてデザインが重要視されている旨がわかるデータである。しかし一方で、実務を行う企業担当者にとっては何処か実感が持てていないのではないだろうか。

そこで本記事では、主に特許権が関わるビジネスを舞台として、
「デザイン活動によるビジネスへの貢献(投資効果)」
という観点から、事例を交えて考察していく。

特許権等の知財権はあくまで「ビジネスツールの1つ」であり、ビジネスを進める上で必須という訳ではない。しかし、他社に対して排他的な効力を有する権利であるため、うまく活用すれば利益創出に寄与する強力なツールとなり得る。例えば顧客への提供価値の肝が技術(発明)である場合には、特許権の取得が重要となる。

先に結論を示す。本記事は「扇風機」を題材とし、

機能的に成熟した市場(=特許権があまり ”効かない” 市場)であっても、例えばデザインの視点が注入されることにより、技術優位の市場(=特許権が ”効く” 市場)へと回帰し得る。

という内容である。つまり、それまで技術以外の要素(ブランド、価格、意匠等)による競争が主であった市場が、特許権者にとって好ましい「技術優位の市場」になるということ。これはデザイン活動によって質の高い特許権が生み出される(前回記事の要点(3))というだけでなく、デザイン活動がビジネスを優位に進める一助となっていると言えるのではないだろうか。

本題に入る前に、まずは「市場の状況(=知財ステージ)に応じて特許権の価値が変わる」という点について説明する。

02 「知財戦略のススメ」知財ステージに応じて特許権の価値が変わる

特許権をビジネスに活かすためには大事な視点なので記載するが、「そんなのはあたり前田のクラッカー」という方は是非スーイスイとスクロールしていただきたい。

”下町ロケット先生” でお馴染みの鮫島先生(弁護士・弁理士)らの著書「知財戦略のススメ コモディティ化する時代に競争優位を築く(2016年, 日経BP)」によれば、市場の要求性能に基づいて定められる「知財ステージⅠ~Ⅲ」によって特許権の価値や取るべき知財戦略が異なることがわかる。

知財ステージ毎におけるプロダクトライフサイクル・知財戦略の対応付け
知財戦略の策定は対象知財のステージ確認から―技術のコモディティ化を遅らせる方法―
日経クロステック 2016.2.16

仮想事例として「鉛筆」を考えると、例えば以下の状況である。

(想定事例)
★提供価値:「鉛筆が転がって机の下に落下することを防止する」★

(1) 知財ステージⅠ:顧客への提供価値を特許権で手厚く保護できる段階
 ①状況:提供価値を実現する技術があまり世の中に存在しない
 ②特許権:「断面が多角形の鉛筆」
 →  四角形、五角形・・様々な形状の鉛筆について保護している。強い。
(2) 知財ステージⅡ:提供価値をステージⅠ程は手厚く保護できない段階
 ①状況:提供価値に資する技術が他にも色々と存在している
 ②特許権:「断面が四角形の鉛筆」
 →  四角形以外の形状の鉛筆について保護できておらず、提供価値を実現するにあたり機能的には代替手段があると思われる状況。この場合に特許権をより ”効かせる” ためには、四角形である必然性が求められる。
(3) 知財ステージⅢ:提供価値をあまり保護できていない段階
 ①状況:提供価値に資する他の技術が多く、特許化できるのは細かい内容
 ②特許権:「断面が四角形であり、かつ凹凸を有する鉛筆」
 →  転がり防止を実現するアイデアではあるが、他社が実施したくなる可能性が薄いと思われる内容。技術的に回避容易であり、特許的には弱い。

「イノベーションの種」によって知財ステージⅢ→Ⅰへと戻ることがある

以下は、これら知財ステージⅠ~Ⅲについてのフローチャートである。既にコモディティ化した市場は「知財ステージⅢ」であり、技術革新を追い求める「高性能化」とは別の「Bタイプ戦略(別付加価値訴求戦略)」を探る必要がある旨が記載されている。

知財ステージ毎の戦略を示すフローチャート
日本企業は特許以外の方法で市場支配に注力し始めた─ビジネスで競合他社に勝つ方法─
日経クロステック 2016.2.25

そして「イノベーションの種」が見つかると、技術優位の「Aタイプ戦略(高性能化戦略)=知財ステージⅠ」へと戻すことが可能とのこと。つまり、再び特許権での障壁構築がビジネス成功の鍵となる、特許権者にとって優位な状況を作り出せるのである。

この「イノベーションの種」によって知財ステージⅢ→Ⅰ(or Ⅱ?)へと回帰したと思われる1つの事例を紹介する。舞台は、製品誕生から100年以上の歴史がある「扇風機」である。

扇風機の誕生(米国:1882年、日本:1894年)

世界で初めて扇風機が製品化されたのは1882年。そして国内においては、芝浦製作所によって1894年に開発された。

扇風機の歴史
左:「Schuyler Wheeler」Wikipedia 
右:「日本初の電気扇風機」東芝未来科学館

現代の扇風機と比べて外観は異なるものの、「電動機によって羽根を回転させて風を生みだす」という機能は同様である。故に、特許権での市場独占(=知財ステージⅠ)を永続させることは困難であり、多くのプレーヤーが切磋琢磨して技術開発を進めてきた。そして軽量化・低電力化・低騒音化 等の様々な要素において改良が施され、今日に至っている。

後発プレーヤーが登場することで性能が同質化(コモディティ化)し、価格や意匠性等で差別化を図る・・・というのは多くの製品において「常」である流れ。上述の「知財戦略のススメ」の表現に従うと、時を経ると市場はいずれ「知財ステージⅢ」に落ち着くということである。

そこに「イノベーションの種」として登場したのが、英ダイソン社による羽根無し扇風機「エアマルチプライアー」である。

グッドデザイン賞 HP より

日本国内では2009年に販売され、高級扇風機として市場を席巻。特許情報等の分析を通じた以下論文からは、グッドデザイン大賞を受賞した同社製品等をきっかけとして、扇風機分野は特許権が ”効く” 技術優位の市場(知財ステージⅠ or Ⅱ)へと変化した旨の示唆が得られる。

デザイナーによって設計された感性価値が高い製品の登場により扇風機分野における市場が活性化され,技術のコモディティ化が緩和されていると示唆されることがわかった。

成熟市場を活性化させる感性価値のデザイン-感性に訴求する時代の知財戦略の検討-
(情報の科学と技術/68 巻 (2018) 5 号)

以下、当該論文のデータを詳しく見ていく。

03 デザインによって技術優位(特許権の価値向上)の市場へ回帰

以下グラフは、扇風機分野(国内)における特許出願件数・意匠登録出願件数、そして市場情報の推移を示すものである。2009年に羽根無し扇風機が上市後、いずれも右肩上がりに推移している(*)。

(*) 特許は出願から18ヶ月後に公開されるため、2015年,2016年の出願はデータ集計時(2017年)において未公開である案件が存在する

特許出願件数だけでなく、登録される割合も上昇

扇風機分野の特許出願件数推移
成熟市場を活性化させる感性価値のデザイン-感性に訴求する時代の知財戦略の検討-
(情報の科学と技術/68 巻 (2018) 5 号)

そして以下は扇風機分野における特許の登録容易性を示すグラフであり、「拒絶」「取下げ」の割合が顕著に下がっている。すなわち、出願された発明のうち特許として登録される割合が上がっている

<補足説明>
特許出願した発明は、特許庁にて発明の「新規性」や「進歩性」等が審査される。それら要件を満たさない場合は「拒絶」となる。そして特許出願された中で、出願人が権利化を望む案件のみが審査される。審査を望まない案件は「取下げ」とみなされる。

扇風機分野における特許情報分析
成熟市場を活性化させる感性価値のデザイン-感性に訴求する時代の知財戦略の検討-
(情報の科学と技術/68 巻 (2018) 5 号)

特許出願された案件の内、権利化される割合が上がった事実は分かった。ではその特許の中身はどうだろうか?より具体的に分析を行った結果が以下グラフ&表である。

特許の質も上昇傾向にある

特許の権利化業務における細かな話なので詳細は割愛するが、「登録クレーム(請求項1)文字数UP率」が低下傾向にある点がポイントである。文字数UP率が低いという点は「所望の内容に比較的近い範囲での権利化に成功している」と推測できる。

扇風機分野における特許情報分析
成熟市場を活性化させる感性価値のデザイン-感性に訴求する時代の知財戦略の検討-
(情報の科学と技術/68 巻 (2018) 5 号)

ここで、扇風機市場が活性化した要因として ①東日本大震災の影響による節電意識向上 ②DCモーターを活用した「GreenFan」バルミューダ社の登場 といった点も考えられる。しかし上記内容や口コミ情報等を総合的に考慮すると、ダイソン社による製品の影響もあって市場が活性化されたと言えるのではないだろうか。羽根無し扇風機に関する多種多様な後発製品の登場もそれを物語っている。

後発の羽根無し扇風機

そして以下グラフは、ダイソン社(D社)とその他会社(P社/S社)における特許出願の被引用分野を示すものである。ダイソン社の扇風機に関する技術(発明)は、車両用空調装置やガラス成形ノズル等、他の技術分野とも関連があることがわかる。

被引用分析
成熟市場を活性化させる感性価値のデザイン-感性に訴求する時代の知財戦略の検討-
(情報の科学と技術/68 巻 (2018) 5 号)

これはハンドドライヤーの開発中に羽根無し扇風機を思いついたというエピソードとも整合性があり、技術をデザインの観点から ”翻訳” することによって新たな用途が生まれることが示唆される。

ハンドドライヤーは、強力な風を作りだし、手の水分を飛ばします。その開発中に、あるエンジニアが、高速の空気が流れる時にその周りの空気も一緒に巻き込まれるという現象に気付いたのです。この現象をうまく利用してファンを作れるのではないかと考えたのが、そもそものきっかけになっています。

インタビュー ダイソンのトップエンジニアに聞く「air multiplier」の魅力
~デザインは結果であって目標ではない
』(家電Watch, 2010.7.6)

以上の事例分析から、「特許権活用という観点において、デザイン活動がビジネスを優位に進める一助となることがある」と言えよう。デザインは、コモディティ化した市場においても、特許権を活用したビジネスモデルへと回帰させる力を持っているのである。

なお、意匠法第1条(法目的)に関する逐条解説においても以下記載があることを付言しておく。

優れた意匠が同時に技術的に優れている場合もあり、技術の進歩ひいては産業の発達が意匠そのものによって直接に実現される場合がある。

工業所有権法(産業財産権法)逐条解説[第21版]意匠法 第1条

そして記事の都合上「特許権」に特化して記載したが、デザイン経営×知財権の文脈においては、製品等の外観を保護する「意匠権」も関わることは言うまでもない。技術(発明)を保護する特許権と組み合わせ、意匠権にて顧客の「視覚体験」を保護することも重要であろう。

04 まとめ

「デザイン活動によるビジネスへの貢献(投資効果)」
(1) 特許権が ”効く” 技術優位の市場へ戻すことが出来る
 ① 質が高い特許権の取得
 ② 成熟市場を活性化させ、技術優位の市場を創出(知財ステージⅢ→Ⅰ)
 ③ ①、②を通じ、特許権による障壁を有効活用したビジネスを展開
(2) デザインによって技術を ”翻訳” することで、新たな用途が発掘される
 ① ダイソン社特許出願案件は他分野から多く引用されている

05 さいごに:よいデザインと知財権

最後に、デザイン経営×知財権 を考えるにあたって重要な視点を述べる。

よいデザインと知財権の関係
よいデザインと知財権の関係性

デザインの一般的な評価指標として「新規性」は必須ではない。デザインは、「新規性」に加え、例えば「情緒性・意味性」「社会性」などをふまえて総合的に評価される。(参考:「感性価値に着目したデザイン評価システム構築に関する研究」九州大学 博士論文 2008年)

一方、特許権・意匠権を取るためには「新規性」が必須である。

知財権を重視したデザイン経営に取り組む場合には、この違いを認識してデザイン活動&それに伴う知財サポートを行うのがよいだろう。自社 ”らしさ” が体現されたもの、心地よいもの、感動を与えるもの、、それら「よいデザイン」がまずは優先されるべきであり、知財権保護はその次の検討事項だからである。

信用広告機能としての知財権

そしてデザイン経営を通じた価値創出にあたり、「意味性」「ストーリー性」といったキーワードもある。価値提供の手段として有望視されるこれらの概念は、直接的に知財権で保護することは出来ない。

でも、真似されないものが一つだけあって、それは機能でもないし、意匠デザインでもない。いわゆる意味性、ストーリー性なんです。ストーリーは真似できない。

優れたアイデアは、特許では守れない」日経クロステック 2015.11.25

しかし、例えば代々受け継がれてきた高度な技術を有する企業であれば、特許権が関わる。製品等の外観にオリジナル性があれば、意匠権も関わる。長く商いを続けていれば社名・製品名・ロゴ等に対して顧客の信用が蓄積されており、それは商標権が関わる。

つまり歴史的視点からストーリーを語る場合には、その補助道具として知財権を語り得るのである。これは、明治時代に福沢諭吉氏や高橋是清氏らの活躍によって日本に導入された各種知的財産制度に対する人々の「信用」を活用する行為とも言える。独占排他機能ではなく「信用広告機能」としての知財権の活用である。

ストーリーを構成する補助道具としての知財権
ストーリーを構成する補助道具としての知財権

知財を生み出すのは、デザイナー/クリエーター、技術者、研究者。
知財権を生み出すのは、法律的観点から知財を丁寧に紡ぎあげる知財人材。

独占排他機能か、信用広告機能か・・・どの様な「意味」を知財権に持たせられるか。

知財人材の腕の見せ所である。

信用広告機能の例
信用広告機能の例(2021.11 購入&撮影)
参考:「おいしいのこだわり」明治HP

06 あとがき

冒頭に記載のとおり

デザイン=人の気持ちも含め、創造的にあらゆる事象を設計すること。

と定義すれば「デザイン」が重要なのは当然であり、紹介した特許情報の分析結果も自明と思われます。そう考えると「デザインに注力すべき」というのも「1+1=2」くらいの当たり前過ぎる文字列です。しかしその外来語の定義に惑わされて、あれこれと翻弄されているのが現状ではないかと思料します。

勿論、学問として議論する場合や他者とのコミュニケーションを図る際には言葉の定義が重要です。しかし、諸行無常の社会における価値提供という観点においては、そこまで深く気にしなくてもよいのではないでしょうか。現代において、人の気持ちや社会課題も含めたあらゆる事象が「デザイン」の対象であるというだけです。

これまでのデザインと、これからのデザイン
「デザインとは何か」--ソニーデザインコンサルティング福原氏が挙げた4つのキーワード
(CNET Japan 2021.3.25)より

故に、より良いビジネス&それに伴う知財サポートを進めるためには、「デザイン」「デザイナー」といった表現に惑わされず、その取り組みが市場や社会への価値提供の手段として有効そうか否かを判断するといった視点が大事なのかと考えます。

そして経営学者である森永先生の著書に記載のとおり、イノベーションを「経済的な付加価値を創出すること(=価値づくり)」と捉えるならば、それはまさしく「デザイン」であるとも考えられます。故に「デザイン」は、資本主義において経済発展を目指すにあたり、関心を持たずにはいられない4文字ではないでしょうか。

イノベーションを「経済的な付加価値を創出すること(=価値づくり)」と定義したい。世間でよくいわれるように、イノベーションとは技術革新のことではない。・・・イノベーションを「価値づくり」と捉えると,デザインやデザイナーにも出番が出てくる。まず,デザインそのものがイノベーションになり得る。

「経営学者が書いたデザインマネジメントの教科書」P123より 同文舘出版, 2016年

(参考文献)
知財戦略のススメ コモディティ化する時代に競争優位を築く | 日経BP, 2016年
成熟市場を活性化させる感性価値のデザイン-感性に訴求する時代の知財戦略の検討-」| 情報の科学と技術/68 巻 (2018) 5 号
成熟市場におけるデザインドリブンイノベーションー高級扇風機にみる家電ベンチャー企業2社の比較事例研究ー | 日本ベンチャー学会誌, 2018 年 31 巻 p. 47-61
経営学者が書いたデザインマネジメントの教科書 | 同文舘出版, 2016年
デザインがイノベーションを伝える--デザインの力を活かす新しい経営戦略の模索 | 有斐閣, 2014年

以上
Uchida | 知財ライター
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