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『成瀬は天下を取りにいく』読書感想文

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」。幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』特設サイト


ずっと気になっていた作品を、やっと読むことができた。

本作は、ざっくり言うと、自由奔放・猪突猛進で、天衣無縫な「成瀬」という特徴的なキャラクターを中心に、彼女を1番近くで見守る親友の島崎を含めた、様々な人の心の機微が描かれる連作短編だった。

感想としては、シンプルにめちゃくちゃ良かった。
青春の煌めきが全部詰まってた。

成瀬は、現実にいたら、かなり近寄りがたい存在だと思う。実際、物語の中でも「変な子」として遠ざけられているシーンが度々登場する。

でも本を読んだ感想として、彼女の中身は、ただ誰よりも純粋で、真っ直ぐすぎるだけなんだと思った。興味があるから髪を坊主にして、やってみたいから漫才をする。そういう単純な衝動に、嘘をつかずに生きてるだけ。

でも、大人になると見栄とか周りの目とかが気になって、自分に正直に生きることが難しくなる。だからこそ、成瀬の振る舞いは圧倒的に眩しくて、目を逸らしたくなる。自分にはできなかった生き方を、有無を言わさぬ実力でものにしていく様は、ある種暴力的ですらある。自分と比べた瞬間に火傷してしまう。だから、その他の大勢の凡人からしたら「変な子」とラベリングして、遠ざけてしまう存在なんだと思った。

ただ、そんな成瀬を「近くで見たい」と、親交を深めていく「島崎」がいてくれたおかげで、そして、冒頭2章分の語りを務めてくれたおかげで、我々読者も成瀬に親しみを持ちながら読み進めることができた。

この本を読んで私は、島崎も成瀬と同じくらい、いや、島崎の方が特殊だとすら思った。

何故なら、前述の通り、人は眩しすぎる存在が身近にいると、目を瞑りたくなる。そんなわけないと茶化したり、邪魔したくなる。なのに彼女は、ただ成瀬を応援するために、足しもせず引きもせず、隣に存在し続ける。それがどんだけ難しいか。人間関係の瑣末ないざこざで、勝った負けたの浅はかな感情抱いてしまう、私のような凡人には良く分かる。

2人の関係性が成立するのは、きっと彼女も「成瀬を近くで見ていたい」という単純な行動原理で動いてるからなんだろうな、と思った。

成瀬に、行く末を見届けたいと思わせるカリスマ性があることは分かる。
だが、彼女と一緒のペースで並走することはとんでもなく難しいことだと思う。

まず、「変な子」と受け取られやすい成瀬と仲良くすることは、彼女を快く思わない人間を敵に回すことと同義である。しかし、島崎には虐められたような描写もなく、小学でも中学でも高校でも周りの人間と一定以上のコミュニケーションを取れているように描かれていた。

更に、コミュニティに対してだけじゃなく「対成瀬」の接し方も本当にうまいと思った。島崎が本音を素直にぶつけるからこそ、成瀬も彼女のことを大切に思うんだろうな、と何度も思わされた。

「他人のアドバイス聞き入れて髪を切ったのにはがっかりした」
「成瀬と漫才できて楽しかった」
「成瀬とコンビを辞めるつもりなんかない」

「変な子」として遠ざけられがちな彼女を特別扱いせず、こんなにもストレートに思いをぶつけてくれる友達は、島崎以外にいなかったんじゃないだろうか。
だから、自分の衝動だけで行動してる彼女が、唯一意見を気にしている存在のように感じ、その関係性が凄く羨ましく思えた。

多分島崎は、空気を読む天才なんだと思う。計算にしろ、天然にしろ。

更に言えば、腰巾着のようにただ成瀬の後ろをついて回るだけのキャラクターだったら、彼女の隣には立てないと思う。何故なら、成瀬は彼女の才能に阿るだけのつまらない人間に興味がないと思うし、自分の意思がない人間は、どこかで成瀬の眩しさに火傷してしまうから。

島崎は、高校の進学先を成瀬と変えたり、大学進学で東京行きを決めたり、漫才をやりたいと告げたり、常に自分の意思で生きている。フワフワしているようで、自分の芯がしっかりある。

だから、成瀬と一緒にいるのも彼女の意思なのだ。物語の最後に、成瀬はやっとその事実に気づくが、島崎の芯の強さが、彼女の伝説を支えているのだと思った。

純粋に、こんな友達が欲しいと思った。

成瀬も天才なら、島崎も天才だと思った。
天才の隣にいて、天才を孤独にしない天才。


そんな純粋な天才2人が出会って、仲を深めていく時間経過は、とても美しくて、羨ましくて、ワクワクした。

本書では、特に何か事件が起こるわけじゃない。
そこがいい。

地元のデパートがなくなることを悲しんで、文化祭で漫才をして、デートして、誰かと気まずくなったのを解消して、地元のお祭りに出て。そういう、ちっちゃな奇跡で溢れてる日常が、本当に素敵だった。

続編も出ているそうなので、ぜひ買って読みたいと思った。

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