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大西書評堂#2 「夏の読書」と「大理石」

バーナッド・マラマッド「夏の読書」(本城誠二訳)

・あらすじ
 ジョージは十六のときについ退学してしまう。そして就職活動をするが、「高校は退学しました」と話すたびちぢこまる思いをする。その夏は多くの人が職にあぶれ、ジョージも職につけない。そして、二十になろうとしているいままで、ずっと無職でいる。母は死んでいて、老いた親父、そして二十三の姉ソフィーが働いている。裕福でない家だ。二人は朝早くに家を出る。ジョージは掃除をしたり、ぼんやり野球中継に耳を傾けたりしている。ソフィーが勤務先のカフェから持ち帰る雑誌、大衆紙に目を通すこともある。また、夜の散歩に出かけることもある。
 ソフィーはジョージに問う。「私がいない間は何をしているの?」と。ジョージは本を読んでいる、とうそをつく。「大衆紙とかじゃないまともな本を?」と姉は訊ねる。「少しね」とうそをつく。
 夏になり、夜の散歩をしているとき、靴修理屋の二階に住む隣人のカタンザラさんに会う。ジョージはひきこもりがちだが、子どものときよくしてもらったことから、彼のことは好いていた。「昼間に何をしているのか?」そうカタンザラさんは訊ねる。ジョージは仕事を探していると言い、図書館選書の百冊を読んでいるとうそをつく。彼は目を見開いてジョージを見つめる。「若い歳でそれほど本を読むのは素晴らしいことだ」と言う。
 それから、周りが少しずつ変わり始める。夜の散歩で出歩くと、近隣の人から尊敬がにじんだ眼差しを向けられていると感じる。ジョージはしばしば人に認められないことでいらいらしていた。が、そのことで上機嫌になる。そして、父と姉もそのことを知っている。姉はジョージに特別のお金をくれるようになる。
 そのような噂を広めたのはカタンザラさんに違いなかった。カタンザラさん――彼はジョージたちよりも貧乏そうに見える――は夜になると店屋のライトを頼りに『ニューヨーク・タイムズ』を読んでいる。ジョージは遠くからそんな彼を見つめる。
 本を手に取ったが、しかしやはりいやになってやめてしまう。しばらくすると姉に実は読んでいないことがばれてしまう。特別のお金もなくなる。ジョージは落ち込み、自分のことがいやになる。カタンザラさんと会うのも、気まずくていやになる。しかしうっかりすれ違ってしまう。彼は酔っていて、はじめ行き過ぎたが、すぐ呼び止められてしまう。「どんな本を読んだか?」と訊かれる。ジョージは個人的なことだし、言いたくないと話す。「君の読書に乾杯したい。選書のうちでどの本を読んだんだ?」とカタンザラさんは訊く。ジョージは答えられず、うつむいて、くやしい思いになる。「おれみたいになるなよ」彼はそっとそう呟く。いつのまにかカタンザラさんは消えている。ジョージは傷心の思いで家に帰る。
 しかし、日が過ぎてもやはりジョージは静かな、それでいて一目置かれた存在として近隣の人から認められている。ジョージは百冊の選書をすべて読みきったのだ、と広く知られている。その噂を流したのは間違いなく、店屋の明かりで新聞を読む、あのカタンザラさんだった。
 夏が終わり、秋が窓口をひらいたころ、ジョージは図書館に出向いていく。本棚から百冊を選んで席にかけ、その最初の一ページを読み始める。

・感想
 まさに短編、という作品。このように優れた短編を読み終わるたび、「おれもこんな作品書きたい」と、一人の部屋でだだをこねている。
 特筆すべき点はカタンザラさんの描写だろう。貧しさ、どうしようもなさ、というものが丁寧に描写を積み重ねることで暗に示されている。僕もこのような描写をしたい。
 また、ジョージに自分を重ねる読者も多いだろう。本読みとはやはり積読ぬきにはやっていけないのだ。また、読むと宣言して、しかし読んでいないという行為ぬきにはやっていけないのだ。あの自分に対するもどかしさを、「夏の読書」はじつに克明に描き出している。

・積読
 ガール・フレンドから『豊饒の海』を読んでくれ、と言われてもうすぐ一年になろうとしている。まずい。僕は真剣にそう思う。早く読まなくては、と。
 うん。早く読まないといけない。『百年の孤独』も読まないといけない。チェーホフも、フローベールも…… 

バリー・ユアグロー「大理石」(柴田元幸訳)

・あらすじ
 ある夜、裏の湖へ犬が逃げ出してしまう。一同は犬を連れて帰るが、頭を抱え込んでしまう。ごつごつとした、大理石になっていたのだ。彼女はそれを見て、興奮している。私も行ってくると言う。男は彼女を止める。しかし、彼女は興奮している。気付かないわ、と言う。「みんな犬のことで頭がいっぱいだもの」と。男は無理に止めようとする。それでも彼女は行ってしまう。門を開き、夜の小径を抜け、池を囲む闇のほうへと歩いていく。男は窓辺に立ち、彼女を見やっているが、たまらなくなり目をそむける。隣の部屋からはがたん、ごとんと音が聞こえる。犬を動かしては位置を決めかねている彼らの音だ。

・感想
 バリー・ユアグローは掌編小説を書く。彼の著書『セックスの哀しみ』ではじつに九十本もの掌編がひとまとめになっている。すべての作品が僕の趣味と合う、というわけではないのだが、なかなかおもしろい作品も多い。今回の「大理石」自体は『セックスの哀しみ』に入っているわけではないのだが、なかなか上手くつくられた作品のひとつだろう。彼女の奇妙な情熱もそうだが、最後に差し込まれる音のワンシーンはとりわけ効果的に響いている。ほんの一滴だけ、というふうな長さなのに、じつに深々としたバリー・ユアグローの味わいがそこにはある。

・音楽
 彼の作品に似合う音楽といえばドノヴァンだろう。「サンシャイン・スーパーマン」なんかほんとそうだろう。
 ハービー・ハンコックの「ウォーター・メロンマン」なんかも似合うかもしれない。実際、そのような奇妙さをもつ作家なのだ。バリー・ユアグローとは。

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