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すべての大人は運動会のお弁当を食べることができない

「くっそぉ、2着か!」

100メートル走、本番。
僕はヨッちゃんに勝つことができなかった。

「来年こそ、負けんでな!」
「おぉ、楽しみやん」

団席に戻ると、午前の部・最後の競技、6年生の組体操が始まろうとしていた。

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100メートル走を終えた安堵感により、腹が減ってきた。

さらに、ヨッちゃんの、

「お前のカーチャン、来とるな」

という報告によって僕は弁当のことで頭がいっぱいだった。



お母さんは毎年運動会に来てくれている。
ただ、実際に来ていることがわかると、嬉しさが増す。

ましてや、運動会の弁当はいつもスペシャルなのだ。

去年は、おかずの種類が20を超えていたもんな・・・・・・。

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だが、僕は心配事があった。

昨日、お母さんの帰りが遅かったことだ。
会社でトラブルがあったらしい。

電話で「遅くなるから、先に寝ていなさい」と言われたけれど、はたして弁当の準備はできているのだろうか?

お母さんの帰りが遅くなることはたまにあるけど、運動会と重なることは今までなかった。

『次は、6年生の組体操です。組体操で【風・林・火・山】を表現します』

 
放送委員のアナウンスによって、6年生の組体操が始まる。
 

でも、フーリンカザンとかいうよくわからないものはどうでもよくて、弁当のことで頭がいっぱいだった。


※※※※※※※※※※※※


組体操を終え、戻ってきた6年生たちに拍手を送った。

『午後の部は1時からです。それでは、各自でお昼ご飯にしてください』


アナウンスが終わると同時に、僕たちは親の元へ散っていった。

待ち合わせに約束していた場所を、お母さんが確保できたかは限らない。
だから、その姿を見つけてホッとする。

重箱はすでにレジャーシートの中央で僕を待っていた。

 
2段セットの重箱。
段数は少ないが、大きさは僕の顔の2倍はある。

「お腹減ったやらぁ。まずは食べよう」

午前の競技をアレコレ話すより、目の前の弁当に飛びつきたい。
それに、食べながら会話した方が楽しい。

フタを外すのは僕の役目だった。
上段のフタを取ると、いなり寿司が整然と並んでいた。






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(ほほぅ・・・・・・主食は1種類だけと来たか・・・・・・)
 
重箱の下段には、いなりに合うおかずが安置されているのだろう。
 
ウインナーか?
玉子焼きか?
それとも、照り焼きハンバーグ??

 
僕はスター軍団に思いを馳せた。

想像力を働かせて上段を持ち上げる。
すると、下段には無数のカラアゲが乱立していた。



(えっ?)



カラアゲのみ。

付け合わせのキャベツさえ、ない。




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主食は一品。
おかずも一品。

おかずがいっぱいの、いつもの弁当とは違った。

「野菜がなくて、ごめんなぁ。昨日、バタバタしとったから」

お母さんめ~~~~!







ありがとうございます・・・・・・・・・・

不満など、まったくない。
いなり寿司とカラアゲは大好きだから。

 
これは100メートル走と同じなのだ。
”ハードル”や”借り物”といった余計なものはない。


シンプルなのが実にいい。

「いただきますっ」



いなりずしを箸でつまむ。
箸先にほどよい重さを感じた。

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一口かじると、断面から煮汁がジワァとあふれ出てきた。
重さを感じたのは、揚げに煮汁が染み込んでいたからだろう。

 
甘辛い揚げをおかずにして、主食の酢飯を口中調味する。

酢飯はやや硬めに炊いてあり、噛み応えがある。
酢がそれほどきつくないので、揚げの甘味が口いっぱいに広がった。

この甘めの油揚げが後を引く旨さで、カラアゲを放置して2個目に手を出してしまった。
今度は一口で食べる。

「ゆっくり食べるんやよ」

 
咀嚼しながらカラアゲの集団を見る。

大きさは、一口大に揃えられており、おおむね同じサイズだった。

形は、みんな違っている。
すべて同じ形で無個性なチキンナゲットとは、対照的だ。


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やや長細くなっているもの、皮が多めについているものなど、様々だった。

一つ一つに個性がある。
同じカラアゲなのに「どれから食べようかな」という選ぶ楽しみがあるのだ。


僕は中央にある、大きな皮を有するカラアゲ・・・・・・・・・・・・を選んだ。

前歯で皮の部分をはさみ、箸は固定したまま顔を動かす。
皮の部分がめりめりっと剥がれる。
カリカリとした衣とブヨブヨしている皮の食感の対比がたまらない。


続けて残った本体を丸ごと口に放り込む。
ひと噛みすると、鶏の肉汁が溢れ出し、生姜とにんにくの快香が鼻先をかすめた。


(やわらけぇなぁ)



上の歯と下の歯で圧をかけていくと、始めは適度に押し返してくるが、すぐに限界を超えて断裂してしまう。


 
鶏肉自体に醤油やショウガなどの下味がつけられているため、ご飯がほしくなる。
カラアゲが口の中に残っている状態でいなりずしを追加する。

甘じょっぱいいなりずしは、白いご飯とは違う意味でカラアゲと相性バツグンだった。

甘い→辛い→甘い→辛い・・・・・・の繰り返しには中毒性がある。
それと似たようなものだろうか。
僕はカラアゲといなり寿司を交互に食べ続けた。

 
「お茶も飲まなあかんよ」

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お母さんが僕の水筒に麦茶を補給・・してくれた。
午前の部だけで、水筒のお茶はいつもカラになる。
だから、昼休みの補給は毎年恒例なのだ。

 
麦茶を飲むと、ちょっと油っぽくなっていた口の中がクリーンになった。

いなりずし。カラアゲ。麦茶。
この3点があれば、足りないものは何もなかった。

 

「お母さんは食べないの?めっちゃおいしいのに!」
「そうやそうや、食べようかな」

 お母さんは、いなり寿司を箸で切り、口に運んだ。

「うん、おいしいわぁ。でも・・・・・・」
「でも?」

 お茶を一口飲み、お母さんは続けた。


「子どものころの運動会の弁当は、格別やからなぁ」
「え?なに?」

「大人になって食べても、本当の意味・・・・・で『運動会のお弁当』とは、言わんなぁ

何を言っているんだ?
大人になると、弁当の味が変わるっていうのか?

運動会ってお祭りみたいで特別な日だし、
弁当はいつも豪華だし、
何より外で食べるのは、最高だ。


「まっ、大人になればわかるわ」

出た出た。
その言葉は聞き飽きたぜぃ、お母さん。 

途中でのぞきに来たヨッちゃんにカラアゲをあげた。
「うめぇうめぇ、マジでうめぇ」と言って、3つも食べた。


なんだ、やはり運動会のお弁当は最高じゃないか。



お母さんの意味不明な言葉は気にせず、僕はひときわ大きなカラアゲに手を伸ばした。

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