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【SS】 希望 #シロクマ文芸部

 始まりは、目を開けて目覚めた時だった。ゆっくりと体を起こす。僕の目の中にはグリッドが見えるようになり、目の前で起きている全ての現象を瞬時にデジタル化して体全体の筋肉に指示を出すことができるようになっていた。高いところにある小さな窓の外で小鳥が飛んでいる様子がはっきりとわかる。同時にスローモーションのように周りの動きを確認することもできるようになっていた。

 明らかに目が覚める前の自分とは異なっている。一体、僕の身に何が起きたのだろうか。記憶は一切蘇ってこない。しかし、何かが起きたことは確かだった。壁の向こう側で僕のことについて話をしている声が聞こえる。聴力も以前とは比べ物にならないくらいよくなっているようだ。それに嗅覚も。

 あたりを見回すと真っ白い壁と天井があるだけの部屋だということを僕の脳は認識していた。出入り口は一箇所。なんとなく天井がものすごく高いように感じるし、出入り口の扉もそびえたっているように大きく感じる。一体ここはどこなのだろうか。

 しばらく待っていると複数の足音が聞こえてきた。誰かがこの部屋に入ってくるようだ。僕は少し後退りをして身構えた。敵だったら飛びかかってそのまま外に脱出しようと考えたからだ。

ガチャ

 ドアが開いて何人か入ってきた。敵意は全く感じない。目の中のセンサーも危険だとは認識していない。それどころか非常に安心できる相手だと認識しているようだ。僕は身体中の警戒態勢を解いた。

「ジョン、目が覚めたのね。良かった。あなたは家を飛び出した途端に車に跳ねられちゃったのよ。ねぇ、あなた、ジョンが元通りになっているわ」

「本当だ。良かったなぁ。一時はどうなるかと思ったけど、この病院にお願いして良かったなぁ」

 どうやら僕は車に跳ねられてここに運び込まれたらしい。それにしては病院らしくない施設だなぁ。それにこの変な感覚は一体なんなんだ。僕のことをジョンと呼んでいる人たちは僕の両親なんだろうか。全く記憶が蘇ってこない。

「ジョンくんは、体の状態はほぼ元の状態と変わりありません。いや、元の体以上に動けるようになっていると思います。手足の骨は治療が不可能だったので超合金に交換し、人工筋肉で動くようにしてあります。一番変わったのは、壊滅的なダメージを受けた脳です。完全に脳死状態だったので、最新のAI脳に交換しました。周りの状況を感知するために目鼻耳には特殊なセンサーも埋め込んであります。外から見る分には以前と変化は感じられないかもしれませんが、これからはジョンくんがお二人のことを守ってくれるボディガードとしても働いてくれると思います。あと、注意事項ですが一週間に一度充電してあげることを忘れないでください」

「先生、ありがとうございます。これでまたジョンと一緒の生活に戻れます」

「あ、一つ言い忘れました。ジョンくんに埋め込んだAI脳は人間に使うシリーズと同じものを使っていますので、もしかしたらジョンくんは犬であるという認識がまだないかもしれません。一週間もすれば学習するとは思いますが」

「わかりました。ではもう家に連れて帰ってもいいのでしょうか」

「はい。手続きを済ませれば問題ありません」

「ジョン、良かったなぁ。家に帰れるぞ」

 なんと言うことだ。僕は犬だったのか。だから天井が高く感じたんだ。僕は無意識のうちに尻尾を激しく振っていた。



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先週のSS


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