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【SS】 春の器 #シロクマ文芸部

 桜色の食器が太陽の光を浴びて、可愛らしく輝いている。決して強く主張することのない控えめな色は逆に存在感を引き出しているかのようだ。同じ形の他色の器と並べられても、どこか上品さを纏った控えめな色合いが一線を画している。

 そんな桜色の器が世の中に出てくる数年前、ある陶芸家の夫婦が陶器の世界にも新しい風を吹かせたいとアイデアを話し合っていた。

「ねぇ、春に合う可愛い食器を作りたいと思わない」

「えっ、春に合う食器?」

「そう、みんな洋服は季節ごとに着替えるでしょう。それと同じように食器の世界にも季節があってもいいと思わない」

「なるほど。それは面白いね。時々ちょっとおしゃれなレストランだと季節にあったお皿とか出すところはあるけど、それを自宅の食卓でも実現するってわけだな」

「そう、毎日の食卓で季節の食材を使った料理を季節にあった器に入れていただくの。想像しただけでワクワクするわ」

「うんうん、なかなかいいアイデアだね。で、まずはやっぱり春かな」

「そうね。暖かい柔らかな日差しを浴びて綺麗な花が咲き乱れる恋と幸せの季節、春よね。春といえば、やっぱり桜よね」

「桜色の食器かぁ。ピンクや白の食器なら山のように出回っているけど桜色は確かにないなぁ」

「でしょう。挑戦してみない。私たちで」

 こうして、桜色の可愛い食器作りへの挑戦が始まった。もちろん磁器の器だ。陶石と呼ばれる石を細かく砕いたものから作られる焼き物だ。粘土から作る陶器と違い薄い器も作ることができる。伊万里焼や有田焼なども磁器だ。土よりも桜色がのせやすそうだし清楚なイメージにあっている。だが、焼き物である以上、色合いは焼きあがらないとわからない。二人は何度も何度も、納得のいくまで色の調合を繰り返した。そして、長い歳月をかけて、やっと思い通りの淡い桜色の陶器が完成した。

 早速二人は、出来立ての桜色の器を食卓に並べ、食事をしてみた。桜色の大皿には摘み立ての春野菜の天ぷら、桜色の小皿にはデザートの桜餅、桜色のお碗には桜ごはん、全てが春を彩っている。箸置きは蝶の形をした陶器を使った。

 美味しい季節の料理は季節にあった器でいただけばより美味しく感じるようだ。二人は言葉少なに微笑みながら、春の食卓を楽しんだ。女性の頬は夕陽を浴びているせいか、桜色に染まっているようにも見える。

 河原沿いには桜並木があり、今まさに咲き始めようとしているようだ。この二人の新しい桜色の器も桜が咲く頃には販売されるようになるのだろう。今までにはない新作の色の器として。

 所狭しと陶器が並べられている。ここは陶器で有名な長崎県波佐見町。陶器と言えば純和風で高級なイメージもあるが、波佐見焼きは普段使いを中心に色々な陶器が創られているところだ。昔は有田焼として世の中に出荷されていた時代もあったようだが、今では波佐見焼としてブランドも確立し有田焼の影に隠れることのない存在になっている。店の奥では桜色の器を創った二人が、今度は夏色の器についてアイデアを話し始めていた。


あとがき

波佐見焼には実際に桜色の陶器があり販売されていますが、今回のストーリーはフィクションであり、実在する桜色の陶器とは一切関係ありません。


下記企画への応募作品です。

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