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【SS】 歴史検証 #シロクマ文芸部

 変わる時空の色は、まるでグラデーションのようだ。これまで何度となく時空間を往来したが、毎回異なる色に遭遇するのは不思議な感覚だった。どうやら、色の要素に時間も関係しているのではないだろうかと、一色青(イッシキセイ)は時空船の中で一人物思いに耽っていた。時空船とは時空間を移動できるタイムマシンであると同時に、異空間への移動の機能も備わっている船だ。

 セイの仕事は「歴史の検証」である。文献に書かれている歴史が正しいかどうか、その時代まで遡って実際に確認してくることが役割だった。時代を遡った時、その時代の人々と直接会ったり会話することは許されていない。歴史が変わるからだ。セイは時空を超えて確認をしなければならない過去の時空に戻った瞬間に、現実界と隣接する異空間に移動し、観察を継続するのだ。現実界の人間や動物は「なんとなく視線を感じる」という状態にはなるが、時空船を見られる事はない。

 当たり前のことではあるが、確認した事実を発注元に報告する義務をセイは負っていた。セイは組織の人間ではない。一人で請け負って仕事をしている調査員だった。時空間を移動する仕事は少なからず身体にダメージを与えることになるため、報酬が高いのだが志願者がほとんどいない仕事だった。セイの身体は理由はわからないのだがダメージを受けない体だった。そのことをセイ自身が知っていたこともあり、志願したのだった。最も、人と接する仕事より百倍楽しいだろうと人嫌いのセイは思っていたのも事実である。

 これまでセイに依頼された仕事は、十年間で千件を超えるくらいの歴史の検証があった。しかし、不思議なことに文献と異なる歴史は報告されていないのだ。歴史は勝者が作るものと遠い過去から伝えられてはいるが、文献通りという報告が全てだったのだ。

 セイはいつも心の中で思っていた。

「今更、文献を書き換えて一体何になるんだ。何百年も伝えられているのならそのままでいいじゃないか。一部の人間の満足のために歴史を紐解いても未来は変えられないよ」

 セイは今「本能寺の変」の瞬間に向かって時空船を操っている。心の中では、かっこいい死に様であってくれと願ってはいるが、これまで自分が見てきた歴史はことごとく本で読んだ内容とは違っているということを知っていたので、それほど期待はしていなかった。

 1582年6月21日の夕暮れの本能寺に時空船は姿を一瞬だけ表し、隣接する異空間に移動した。異空間からセイはモニターを通して検証作業を開始していた。もちろん録画も実行している。いよいよ、明智光秀の軍が本能寺に到着し奇襲をかけ始めた。その様子を見守っていたセイは、織田信長の振る舞いを見ていて「このワンマンな武将と友達になったら僕の人生は変わるかもしれない」とふと思ってしまった。そう思っていた瞬間、本能寺に火が放たれた。明智光秀の軍が怒涛の如く流れ込んでいる。織田信長は、奥の部屋へと移動しているが、逃げ場所はない。隠し部屋も秘密の通路も存在しない。

 セイは契約違反を犯した。小型の転送装置を織田信長のところに送り、織田信長だけを時空船の中に転送してしまったのだ。一番驚いたのは信長本人だった。しかし、天性の鋭い勘を持っている信長は、自分の身に尋常ではないことが起きたことを一瞬で把握した。

「お主、何者ぞ。光秀の手下ではないようだな。それに今まで見たこともないようなこの光と景色、一体わしをどうしようというのじゃ」

「織田信長様。他意はございません。あなた様をお救いするにはこうするしかなかったのです」

「何、わしを救ったと申すか」

「はい、まずはこの椅子におかけください。全てをお見せしましょう」

 セイは信長を椅子に座らせた。椅子は長い時間移動の際に使う仮死状態を維持する装置だった。座った瞬間に麻酔が打たれ、信長は仮死状態になった。動けなくなった信長の脳に直接信号が送り込まれ、映像や歴史を学習させられた。そして信長本人は本能寺で亡くなったのだということも記憶として残された。その間に、セイは信長の髪をバッサリと切ってしまい、ヒゲも剃ってしまった。信長が眼を覚ます数時間の間、セイは録画された映像をチェックし不必要な箇所の削除と加工を実施した。

「よし、これで今回も文献通りの歴史が証明できるな」

 仮死状態で必要最小限の学習もすんだ信長が眼を覚ました。タイマーが切れたのだ。信長はゆっくりと話し始めた。言葉まで変化していた。

「セイ。まずは、ありがとう」

「いえ、いいんです。あなたとならうまくやっていけると思ったので」

「これから、この信長はお前と生死を共にすることになるんだな。天下をとることはできなくなったけど、それ以上に面白そうだ。なにしろ、この世の全ての過去を覗けるのだから。これからは夫婦として仲良くやっていけそうだ」

「はい、よろしくお願いします」

 そう、実は、セイは信長に一目惚れしてしまった女性だったのだ。仕事を通して、歴史の中に心がときめく相手を探し続けていたのかもしれない。


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