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【短編】赤いワンピースの少女 〜 ジェシー

2020/3/5 改訂 (大幅に見直しをかけました)


 いつの日からか神様は、人間の心の清らかさに疑問を抱き始めた。なぜ戦争を繰り返すのか、なぜ自分のことしか考えないのか、なぜ人間という単位での将来ではなく近しいもの同士のみの将来しか考えないのか、なぜ隣人と会話もしなくなってしまったのか、そんなことを神様は幾度となく人間自身に問いかけ続けてきた。神様は人間をこの世に送り出してから、人間自身の成長と全員の心の中に存在する良心や思いやりを信じていたのだ。その為、新しく生まれる人間に他人の前世の記憶を埋め込んだり、不運なことで亡くなってしまった人には、しばらくの間、人間界の浄化活動に協力してもらったりと神様なりに人間界をより良くしようと何百年にも渡り、世界中の国で人間にメッセージすることを続けていた。それも決して諦めることなく続けられてきた。

 ある日突然どこからやってきたのか、燃えるような赤いワンピースに白いソックス、そして白いスニーカーを履いている長い髪の少女が現れた。奇妙なことに少女の両手はちゃんとあるにもかかわらず人には見えていなかった。少女は人から名前を尋ねられると、ジェシーと名乗っていた。少女の右手はあまりにも神々しく光っていて見えず、左手は漆黒の闇のように暗すぎて見えない。そんな少女はどこか寂しそうな表情をして長い髪を風になびかせながら歩いていた。時折、風で乱れた長い髪を両手でかきあげているが、肘から先は見えない。長い髪が風に逆らって一人でにかきあげられているようだった。すれ違う人々はまるで幽霊でも見るように気味が悪いような表情をしながら少女を避けて歩いていた。しかし、長い髪の少女はそんなことは全く気にせず、静かにうつむき加減に歩き続けていた。まるで何かを懸命に探しているかのようだった。

 都会では、人の見えない場所でいろんなことが毎日のように起こっている。脅しやひき逃げ、詐欺に盗難、悪いことばかりではなく、冷たい川に飛び込んでの人命救助、強盗を勇敢に追いかけて捕まえる人、捨てられた犬や猫を助けている人など、悪と善が混じり合っているのが現代社会の特徴でもある。ニュースなどで人助けの報道を見ると人は心地よい気分になり、強盗などの報道を聞くと怒りが込み上げる。最近では、児童虐待や老人ホームでの入所者に対する虐待などは見ている人はかわいそうに思うと同時にぶつけようのない怒りを感じているのだ。

 少女は、毎日違う場所に現れるので、知っている人はほとんどいなかったが、だんだんとインターネット上で話題となり、その存在が知られるようになっていた。長い髪で赤いワンピースを着て白いソックスと白いスニーカー、そして極め付けは、「両手が見えない」ということだった。すでに都市伝説が囁かれ始めていたのである。しかも「両手が見えない少女が現れるのをみたら、災いから逃げられるらしい」という都市伝説だった。そう、現れる時はいつも同じ格好だったのだ。そして現れる場所は、何かしらの事件が起こっている場所だった。事件の大きさは関係ないようだった。

 少女は、今日渋谷に現れたようだった。渋谷と言っても、駅前や道玄坂の通りのように賑やかな場所には現れない。人の少ない路地などにふらっと現れるのである。少女が現れた場所の道端に倒れている男性がいた。どうやら、スナックに入って法外な請求をされ、支払いを拒否したため痛めつけられたようだ。いわゆる違法な方法で荒稼ぎしている店に入ってしまったようだ。こんな店が営業できていることがそもそもの問題なのだが、知らずに入る客は後を絶たない。まるで蜘蛛の巣に気づかないで捕らえられてしまう蝶のように、されるがままになるしかない状態だった。このままだと命を落としかねない状況のように見えた。かなりひどく殴られていて血まみれになって倒れていたのだ。少女は抑揚のない静かな声でその男性に問いかけた。

「どうして、ひとりで飲みに行ったの」

 男性は、虚な目をして、目の前にいる少女が現実ではないのだろうと思いながら、少しずつ語りはじめた。

「僕には、愛する妻と子供がいたんだ。でもね。その二人は交通事故に遭って死んでしまったんだよ。先月の話だよ。それから、僕は何のために生きているんだろうと思ってさ。時々アルコールの力を借りているのさ。今日は、店を間違ったみたいだけどね。ふっ、おかしいだろぅ。本当は一緒に交通事故に遭って死んでしまった方が良かったんじゃないかって時々思ってるんだよ」

 少女は、その男性の苦しみの原因を理解した。そして、静かに言った。

「あなたの苦しみそのものは私にはわからない。でも家族の元に静かに送ってあげることはできるわ」といって、見えない左手を男の方に差し出した。

「さぁ、私の手をとって。それだけで、あなたの愛する奥様とお子様と同じところに行けるわ」

 男は、突然のことに驚いた。「なんだこの子は。おかしな子だな、しかも、両手が見えないぞ。危ないやつかな。俺はただ憂さ晴らしをしているだけなんだよ。頑張って、いやでも生きていかなければ死んだ妻や子供たちの供養ができなくなるじゃないか。忘れずにしてやれるのは僕しかいないのに。死にたいけど、死ねないんだよ」男は、口に出さずに、酔った頭でそう考えた。少女はまるで男の言葉を悟ったように話した。

「分かりました。それでしたら、私はあなたに左手を差し伸べることはしません。私を受け入れてくれる人にしか、左手を差し伸べる意味はありませんから」

 そういうと、少女は右手で男の頭をそっと触り、くるっと後ろを向いて歩き出した。そして、しばらくするとその姿は霞んで消え去っていった。

 男性は、酔っていながらも、自分の目の前で起きた不思議な現象に驚いた。「あの少女は俺の心が読めたのか」そう思うと、一気に酔いが覚めた。近くの公園に行き、水道の水を頭から浴びて、酔いを覚ました。そして思った。

「さっきの少女は、両手が見えなかった。しかも片方は眩しくて、片方は暗すぎて見えなかった、でも、そんなことは本当にあるのか。なんかおかしい。彼女は、何を言いたかったのだろう。僕を妻のところに送ってくれるつもりだったのだろうか。不思議な少女だったなぁ。もっとしっかりと生きていかないといけないな。あれ、あれだけ殴られて死ぬほど痛かったのに今は血も出ていないし痛みも消えてしまっている。一体何が起きたんだ」

 男性は無謀に飲み歩いたことを反省し、この後は一人で飲みに行くことはなくなり、妻子の墓参りと実家への報告を欠かさなくなった。男は、渋谷であった少女に感謝するようになった。「あの時、少女に出会わなければ今の僕はなかったかもしれないなぁ」結果的に少女に救われたのである。

 その後、この男の前に少女が現れることに二度となかった、しかし、この時から男は自分の立場を理解し、死んだ妻と子供に恥ずかしくない生き方をしていこうと決めたようだった。その時から、男は夜の街に繰り出すことは無くなった。一人の男の人生が変わった瞬間だった。

 数か月後、赤道に近い国で、内紛が起きていた。老若男女の多くが犠牲になるような宗教的な紛争だった。市街地に多くのロケット弾が打ち込まれ、家々は壊れ、多くの人々が尊い命をたくさん落としていた。その場所に少女は現れていた。そして、息絶えようとしている人々の手を、人からは見えない右手でそっとさすりながら歩いた。そうすると、不思議なことに、さすられた人々が目を覚まし始めたのだ。しかも、傷まで癒えていた。周りの人々は歓喜の声を上げた。少女が歩いて通った後には傷ついて苦しむものはいなくなっていた。ただ、すでに亡くなってしまった人々はどうしようもなかった。それでも、人々は喜びを声に出していた。

「神様、ありがとうございます」

 少女は、神様ではなかった。死ななくていい人たちを少しだけ救うことができたことに満足して、そっとその場から消えていった。しかし、被害に遭った人たちからすれば、神様以外のなにものでもなかった。諦めざるを得なかった人たちが、元気になったのだから。少女がそっと助けた人の一人にナニーダという人がいた。ナニーダという人は、大きな土地を持った地主で、その土地で働いている人が大勢いた。ナニーダは働いている人たちにとても良くしてくれ、まるで家族のように親身になってくれるような存在だった。しかし、そのことをいいように思わない内紛を扇動した人も若干存在していた。ナニーダの土地をなんとかして奪って金儲けに使いたいと考えている人たちだった。ロケット弾を打ち込むことに賛同した人たちだった。

「なんだ、地主のナニーダは死ななかったのか。じぁあ、何とかして始末しなければならないな」

「やっちまうなら、今がチャンスだぞ。みんなパニックになってるから」

「今回の攻撃でてっきり死んだものだと思ってたけど、しぶといな。すぐにでも消した方が得策だな」

 こんな会話がどこからともなく聞こえてきた。少女は激怒した。「自分達と同じ人間が困っているときなのに、自分達の利益のことしか考えないなんて生きている価値はないわ。このままだとせっかく助けた善良なナニーダさんはこの人たちに殺されてしまうわ。その前になんとかしておかないと」と少女は考え、ナニーダさんを邪魔者扱いしている人たちの前に予告なく順番に現れた。そして何も言うこともなく、左手でそっと握手をしてまわった。中には手を差し出さない人もいたが、その時は相手の体を見えない左手でさっと触っていった。そのとき少女は、「今度生まれ変わったら、もっと正しい人生を歩んでください」と囁いていた。不思議なことに、すぐそばには大勢の人がいたにもかかわらず、少女を止めるものは誰一人としていなかった。少女に左手で握手された人間は、翌日、みんな灰になり風に乗って消え去ってしまった。あるものは自宅で、あるものは愛人宅で灰になったが、一陣の風が吹き込んで跡形もなく消え去っていた。しかし、少女の関与を疑うものは誰もいなかった。それどころか、悪い奴らが街から突然いなくなったことで、「これでやっと平和が訪れるに違いない」という声が沸き起こっていた。少女は風に乗って飛んでくる街の人の声を聞いて、自分の判断は正しかったと自分に言い聞かせていた。きっと神様も左手を使ったことを褒めてくれるだろうと思った。

 いつしか、少女の噂は地球規模で広がっていた。右手で触れると命がつながれ、左手で触れられると命が絶たれるという噂だった。そして、その噂は実際に起こっていたのだ。各国で悪事を働いている人たちは、護衛を雇って身の安全を守ろうとしたし、命の炎が消えようとしている人たちは、なんとか助かりたいと一生懸命祈っていた。しかし、少女が全ての場所に現れて対応することも困難だった。そもそも少女の意志も尊重しなければならないし神様のメッセージを受けたものは他にもいるはずだった。

 この少女は辛い経験をして亡くなった子だった。幼い時に両親は離婚し、母親に妹と共に引き取られたが、しばらくして母親は再婚した。最初は仲睦まじく生活をしていたのだが、しばらくしてから義理の父親にひどい虐待を受け始めそれが原因で亡くなった子だった。その時に一緒に虐待を受けていた妹までも亡くなっていたのだった。その原因になったのが、父親がマフィアから借りたお金だったようだ。思うように返済ができなくなり、厳しい取り立てに対し、義理の父親は娘たちに八つ当たりをし始めその行為が続いた結果、あまりにもひどい殴る蹴るという虐待となり、娘たちは亡くなくなってしまったのである。そして義理の父親はマフィアに殺されてしまい、一人残された母親は生きる望みを失い自殺したのだった。

 少女は死んだ後、天国に行けてやっと静かに過ごせると思っていた。しかし、神様に「もう少し現世で人間というものを見てきなさい。そして、お前の判断で魂を救ってあげなさい」と言われ、亡くなっていたにも拘わらず人間界に降りてきたのだった。その時に、少女は神様から二つの力を授かっていた。一つは命を救う力、もう一つは命を奪う力だった。ただ、神様が与えてくれた力だったため、人間の目に触れないように見えなくなっていた。それが少女の両手だったのだ。

 神様は少女を現世に戻す際に一つだけ条件をつけていた。「命を救う力を多く使うこと、そうでなくなった時、お前の力は無くなる」と言い渡していた。しかし、少女はどうしても自分が許せないと思った人たちには容赦無く左手を差し出し、その命を奪いとり続けていた。どうして左手の力ばかり使ってはいけないのかということに対し、疑問すら持っていなかったのである。少女は自分自身の心の決めるがままに行動していたに過ぎなかった。

 日本のテレビでは、悪質な詐欺事件とひき逃げ事件のニュースが流れ始めていた。各テレビ局は、こんな極悪非道な人間は見たことがないとまで言い放っていた。詐欺事件はお年寄りの生活資金をも騙し取ってしまい、騙し取られたお年寄りは生活費もなくなり通常の生活ができなくなって、中には自殺してしまう人も出てしまっていたし、ひき逃げ事件はどうやらひどい飲酒運転をして小さな子供たちを次々に跳ね続けて逃走してしまったという事件であった。どちらの事件も犯人が明確にわかっているのに見つからないし捕まらなかった。各所に指名手配され顔写真も公開されているのに、まるでこの世から消えてしまったかのようで、警察もお手上げ状態だというニュースだった。人々は見つかなない恐怖に怯えていた。そのとき少女は、神様が人間に求めていたことを少し理解できたような気がしていた。「私は悪い人はいなくなった方がみんなのためだと信じていたけど、そうじゃないのね」とひき逃げの現場に来て自分の行為を少し反省していた。ひき逃げ現場から中継されているテレビの片隅には集まった人の中に赤いワンピースの少女が映っていた。その時の少女の両手は、はっきりとテレビに映っていた。

 このテレビ放送に移っていたのを最後に、少女を見たという人は現れていない。時間の経過と共にこの少女の存在も人々の記憶から次第に消えていった。悪質な事件や紛争は、今もなお、おさまる気配すらみせてはいない。それどころか段々と増えているようにすら感じられる。神様が人間の中に必ずあると信じている良心や思いやり以上に、人間の心の中で怒りの心の方が大きくなり支配し始めているのかもしれない。神様はこの少女の力が無くならないことを期待していた。多くの命を救ってほしかったのだ。悪いことをしている人間の命を絶ってしまうことを神様はの望んではいなかったのだ。悪いことをした人間は人間社会の中でその罪を償うようにしてほしいと思っていたのだ。しかし、少女はどうしても許せないことをした人間たちの命を絶ち続けた。そのことによって悲しみを味わう人も存在するということまでは考えなかったのである。悪い人がいなくなることこそみんなのためになると信じていたのだ。「自分達を虐待していた義父みたいな存在が最初からいなければ、妹も自分も死んでしまうことはなかったのだから」という思いが少女の判断の基本にはあった。神様は、この少女を天国に送ると共に、「今回も失敗だった」と反省をし、人間に対するメッセージを継続し続けている。いつの日か、答えてくれる人間が現れる日まで神様はメッセージし続けるのだろう。

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