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12月3日 奇術の日 【SS】消える強盗

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 奇術の日

公益社団法人・日本奇術協会が1990年(平成2年)に制定。

日付は奇術(手品・マジック)を披露する時の掛け声「ワン(1)ツー(2)スリー(3)」と読む語呂合わせから。

この日を記念して、奇術家(=マジシャン)や愛好家同士の親睦を目的とした懇親会が開催されるほか、一般の人々にも「奇術の日」に親しんでもらえるよう、2008年(平成20年)から公演活動を行っている。


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【SS】消える強盗

 最近、日本各地で不思議な事件が起きて話題になっている。主に都市部のビルとビルの間の道沿いにある時計店やジュエリーショップ、そしてプラダやエルメスなどのブランドショップを狙った強盗が頻発しているのだ。それ自体は以前からあった事件ではあるが、テレビで話題になった闇バイトの数人で強引に押し入る場当たり的な強盗とは大きく違っていた。

 どうやら複数人での犯行のようなのだが、実行犯はたったの一人。しかも、時間をかけずに破壊もしない静かな強盗だった。しかも、逃走用の車やバイクを利用することもない。必ずといってもいいほど、強盗後に追いかけられるのだが、何しろ足が速い。まるで陸上選手顔負けの速さだ。恐らくは以前、足の速さを使うようなスポーツをしていたのかもしれない。後を追ったことのある店員や警備員は美しいフォームの走りだったと口を揃えて証言しているくらいだった。被害を心配したジュエリーショップでは、店員への再教育を実施していた。

「みなさん、もし強盗が入ってきたとしても決して慌てないでください。ショーケースのガラスは防弾ガラスに交換してありますので、ハンマーでも割れることはまずありません。落ち着いた対応をするように心がけましょう。強盗かもしれないと思った瞬間には、予備警報ボタンを押してください。このボタンを押すと音はなりません。スタッフが装着しているイヤフォンに無線で小さな音が流れるようになっています。その音はみなさんよくご存知の映画『007危機一発』のテーマ曲です。私が選曲しました」

「すみません、店長」

「はい。どうしましたか」

「その、なんとかセブンの映画って知らないんですけど」

「え、ロシアより愛を込めてですよ。知らないわけないでしょう。ねぇ皆さん」

 誰も店長の誘導には同意せず、みんな知らないようだった。流石の店長もバツが悪くなり、咳払いをして言い訳をしながら、曲を流した。

「えー、どうやら皆さんは洋画があまり好きではなかったようですね。では、とりあえず曲を流してみましょう」

 曲が流れると、スタッフたちは、まんざら変な曲でもなかったという安心感で笑顔になった。

「この曲が皆さんのイヤフォンから流れたら、驚かずに各自配置につくようにしてください。非常ボタンに近い人は、すぐに押せる位置に移動し、入り口に近い人は自動ドアのスイッチをすぐに切れるようにスタンバイ、そしてカウンターの中にいる人は、イミテーションのジュエリーを差し出す準備、私は強盗と対峙して時間稼ぎの役をします。ただし、相手が凶器をもっている場合は、無理をしないようにしましょう。強盗に屈したくはありませんが、みなさんの命が最優先ですから。よろしいですか」

 このあとは、予行演習を含めて日々訓練を繰り返していた。スタッフにも行動パターンが刷り込まれ、無意識のうちに動けるようになっていた。とある冬の夕方、すでに夕日が沈もうとしている薄暮時。西に沈む太陽の光が通りを照らしその眩しさで周りが確認しづらい時間帯だ。西に向かう車はサンバイザーを使い、東に向かう車はルームミラーやバックミラーに映る太陽から目を逸らしながら運転している。歩いている人も俯き加減で歩いている。そんな時間帯に、一人の紳士がこのジュエリーショップに入ってきた。スーツ姿で少し白髪混じりのミドルエイジに見える。

「いらっしゃいませ、お客様。今日はどのようなジュエリーをお探しですか」

「ああ、実はね。新しいレストランをオープンするんだが、シンボルになるようなジュエリーと光を散りばめるためのジュエリーを探しているんだよ。他の店でだいぶ購入はしたんだが、ピンクダイヤ、ルビー、ブラックオパール、それに黒真珠とトルマリンなどを追加で購入したくて来たんだよ。できるだけ大きいものを探しているんだ。この店にあるかな。予算は、二億程度で」

「お客様、しばらくお待ちください」

「あ、それでね。光の具合を太陽の光で確認したいので、日が沈む前にあの入り口のそばの窓際で確認させてもらいたいんだよ。いいかな」

「かしこまりました。通常は奥の部屋でお見せするのですが、ご要望なので窓際でご用意いたします」

「ありがとう」

 五分ほどすると、黒いベルベットのジュエリートレイに綺麗に並べられたダイヤやルビーなどをスタッフが持ってきた。

「こちらではいかがでしょうか。残念ですがブラックオパールはご提供できるような大きさのものがございません。代わりにボルダーオパールをお持ちしました。近年、需要が高まり価値も上がっている石でございます」

 その紳士は一つひとつ丁寧に太陽の光にかざしながら、全てのジュエリーを確認し終えると、静かにトレーに戻し言った。

「なかなかいい石ばかりだとは思いますが、私の求めるものとは少し違うようです。大きさや光具合が思っていたものとは違いますね。残念ですが、今回は失礼することにします。では」

「お目に適うものが準備できず、申し訳ございませんでした」

 スタッフはこの紳士を深いお辞儀と共に見送った。そして、紳士は夕日の中に消えて行った。後ろから店長が悲鳴に似た声をあげている。

「これは、全部イミテーションにすり替えられているぞー。今の男は強盗だー」

 店長は、慌てて通りに飛び出し、眩しい夕日の中で男の姿を目で追った。颯爽と歩いている姿を確認した途端、店長に気づいたその男は綺麗なフォームで駆け出した。凄まじく速い。あっという間にビルの角を左に曲がってしまった。店長も、負けてはいられないとダッシュしてビルの角まで辿り着き、左に曲がった。そこは裏道ではあるが、店舗などの入り口がない細い路地である。しかし、男の姿は忽然と消えていた。店長は、地団駄を踏んで悔しがっている。

 七階建てのビルの屋上から静かに店長の行動をニヤリと笑いながら確認している男がいた。まさしく、先ほどの紳士の男だった。その男の隣には、ロープを巻き上げるためのウィンチを片付けている屈強な男がいた。消える強盗が現れた数ヶ月後には、必ず孤児院への寄付が行われていたようだが、消える強盗との関係は証明されてはいない。この後も消える強盗の噂は広がり、都市伝説となっていった。


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