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【SS】海風と太陽

 みなさんよくご存知の北風と太陽のお話は、冬の時期にコートを羽織っている人からどちらがコートを脱がせることができるかを競うお話でしたね。

 しかし、全く違う風と太陽の競争も存在するのです。

 ここは、海のそばにそびえ立つマンションの一室。暑くなってきた夏です。今日も朝から一生懸命家事に勤しむ若い奥様がいました。夫を会社に送り出した後、食事の後片付け、洗濯、掃除をこなさなければなりません。なんだか主婦の毎日も大変そうです。今日はとってもいい天気なので、洗濯物をベランダに干そうとしているようです。

 ベランダは東向きなので朝のうちに洗濯物を干せば太陽があたります。なので毎日洗濯機を早くから回し始めるようです。でも、お日様に当ててゴワゴワになるタオルは使い心地が悪いので、タオルだけは乾燥機で毎日乾かしているみたいです。干す前にパタパタするとだいぶふっくらするはずですが、やっぱり乾燥機で乾かした方に軍配が上がるようです。なので、ベランダには洗濯した衣類が並ぶことになるのです。Tシャツ、ジーパン、ブラウス、薄い生地のワンピース、パジャマ、下着などががベランダで干されます。ベランダと言ってもリビングに面していないベランダなので急なお客様がきても気になりません。ちょっと便利な作りです。その代わりエアコンの室外機もあるので、とっても暑くなるベランダなのです。

 さぁ、今日も回していた洗濯機が終了の合図を出しています。タオル以外をバスケットの中に取り出して、ベランダに持っていきます。タオルはそのまま洗濯機乾燥のステップに突入です。ベランダに出ると思ったより今日は風が強いようです。風と太陽で早く乾くかもしれないと期待を込めて洗濯物用ハンガーに洗濯した服をかけて物干し竿に丁寧にかけていきます。適度な間隔をあけて干すことで太陽もよく当たるし風もよく通るようになるはずです。若い奥様は、Da-iCEのシトラスを聴きながら洗濯物を干しています。とても気持ちよさそうです。

 普段は見えないベランダなので、洗濯物を干したら夕方までそのまま放置し、家事が一段落した時に取り込んで一気に畳んで片付けをすることになります。なので、洗濯物を干して乾燥機が止まるまでの間に、部屋の掃除をやってしまいます。掃除機の出番です。ロボット掃除機もあるのですが、あまり利用しません。障害物が多いせいもあり、結局端っこは掃除機が必要になるようです。その後、モップで一通りフローリングの床を拭きあげたらやっと一休み。しばしの休憩です。ちょっとお菓子をつまんで冷たい麦茶とともにいただきながら、リビングのソファに腰を下ろし、テレビのスイッチを入れます。若いのでまだまだ「どっこいしょ」とは言いません。今日見ているのはYouTubeの料理番組のようです。仕事から帰ってくるご主人のために何か作ろうと考えているのかもしれませんね。いや、どうもそうではないようです。独り言が出ていました。

「わー、きれいな部屋にきれいな陶器、そしてきれいな料理。私にもこんな料理を誰か作ってくれないかなぁ」

 その頃、ベランダでは、海風と太陽が何やら言い争いを始めています。リビングで休憩に入った若い奥様はYouTubeに夢中になっていて何も聞こえていません。一体どうしたのでしょうか? 太陽が海風に向かって何か言ったようです。

「おい、海風君。最近強い風を吹かせすぎじゃないか」
「え、そんなことはないさ。風はいつもこのくらい強くないとダメさ、ふんっ」
「ベランダの洗濯物は僕がしっかり乾かしてあげるから、君は関係ないところで吹きまくっていればいいんじゃないのかい」
「はっ、風の僕だって洗濯物を乾かしているんだぜ。自分の手柄みたいに言わないでくれよ。太陽君は、自分に都合が悪くなると雲の後ろに隠れる癖に」

 にわかに雲が風に運ばれてきて太陽の光を妨げ始めました。

「ほーら、いった通りじゃないか。はっはっはっ」
「海風君、君が強い風を吹かせているから雲君が僕の前に来てしまうんじゃないか。少しは遠慮しろよ」
「へっへー、そんなこと知らないね。僕は僕のやりたいようにやるだけさ」

 やがて、遮っていた雲も流されて再び太陽が顔を出してベランダの洗濯物に暖かい日差しを届け始めました。太陽の日差しを浴びて洗濯物もとても気持ちが良さそうです。洗濯物がぼそっと愚痴をいっています。

「いやー、太陽君の暖かさは気持ちがいいね。繊維の中まで光消毒されているように気持ちがいいよ。それにしても、時折ビュービュー吹く海風君はどっかに行ってくれないかな。海風は潮風だからせっかく洗ったのにベタベタになったら僕たちを着てくれなくなっちゃうよ」

 海風は洗濯物の愚痴を聞き逃しませんでした。

「ほーお、そうかい。じゃあ、もっと強く吹いてやろう」

 そういうと海風は旋風を伴って、ビューッビューッと吹き荒れました。太陽は呆れ顔で見ています。ベランダで気持ちよく干されていた洗濯物はたまったものではありません。ハンガーにぶら下がっていることに耐えられず、ハンガーから滑り落ちてベランダの床に何枚か落ちてしまいました。でもまだ若い奥様は気が付きません。落ちてしまった洗濯物は、汚れてしまったのでまた洗濯機に逆戻りだなとガッカリしています。

 その頃洗濯機の中で回っていたタオルの乾燥が終わり、若い奥様は乾燥したタオルを洗濯機から取り出して、自分のベッドの上に無造作にほうり投げ、一枚ずつ丁寧に畳んでいきました。ホテルのタオルと同じたたみ方をしているようです。三つ折りにしたタオルは収納に便利なのでしょうか。乾燥したタオルを一通りたたみ終わり洗面所の棚にいつものように綺麗にしまって、ベランダの様子を見に窓に近づいていきました。

「あーっ、洗濯物が落ちてるー。せっかく洗ったのにまた洗わないとダメじゃない。全くこのひどい海風のせいね。もう風が吹いている日はベランダに干すのはやめるわ」

 そう言って洗濯物を取り込んだ後、ベランダの床に落ちたものをため息をつきながらもう一度洗濯機に放り込みました。そして、反省もしていました。

「やはり風が強い日はベランダに干せないわね。今回のことで懲りちゃったわ」

 それを聞いていた海風は、ちょっとやりすぎたかなと少し反省していました。それをみた優しい太陽は海風を慰めるように言いました。

「なんでも、やりすぎると迷惑になっちゃうんだよ。海風君は時々気持ちのいい風で住んでいる人たちを気持ちよくさせてあげることができるんだから、これから気をつければいいよ」
「うん、ちょっと調子に乗っちゃった。しばらくは僕がいると洗濯物を干してくれないんだろうな。洗濯物がゆらゆらするのを見るのが好きだったからちょっと調子に乗っちゃっただけなんだよ」
「若い奥様が一番嫌がる二度手間になることをしてしまったから、当分は海風君がいる時は干さないだろうね。その間は代わりに僕がちゃんとベランダの洗濯物を乾かすから心配しないで」
「はぁー、しばらく違うところで遊んでこよう。そうだ、ビーチで遊べはみんな喜んでくれそうだから、あっちに行ってくるよ。後よろしくね〜太陽君」
「全く現金なやつだな、海風君は」

 こうしてベランダでの戦いは太陽君に軍配が上がりました。北風と太陽は冬のお話でしたが、海風と太陽は夏のお話です。でも、やっぱり太陽君のどっしりとした対応に軍配が上がりました。というか、競争心を持っていないその行動は常に相手のことを考えてあげているようですね。結局、包み込んでくれる暖かさをもっているかということが重要なんですね。これは人間界でも同じようです。あなたも太陽君のような人になってくださいね。

おわり


 我が家のある場所はとても風が強い日が多いのです。それも海風です。ベランダでも台風のように感じる時は晴れていても洗濯物を室内干しに切り替えるほどです。その時に浮かんだストーリーをショートショートにしてみました。



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