Any

登場人物全員おかしい話が好み。 ミステリー、ホラーも好むが本はあまり読めない。

Any

登場人物全員おかしい話が好み。 ミステリー、ホラーも好むが本はあまり読めない。

最近の記事

一家の顛末 8

「奥様~!」 そう言いながら急ぎ足で寄ってきてニコニコと優しく話しかけてくれるのは、実家の売却を依頼した不動産店の担当者だ。 彼のことは好きだ。最初から好印象だった。 夫の後から話し合いの場に出て行った私を見るなり、わざわざ席を立って歩み寄り、名刺を差し出してくれた。小さなことをうやむやにしないしっかりした人なんだろう。 まめに連絡をくれて、話し合いもこちらの話を聞きつつ妥協できる範囲での提案をそつなく出してくれる。 まさに完璧だ。悪くない。 普通の、市場価値のある不動産

    • 一家の顛末 7

      2歩進んで1歩下がる。 こんな残酷な1歩があるだろうか。 曽祖父が勝手に敷地に建てて、曽祖父の死後には相続登記もされずに捨て置かれた空き家。 使える時は散々使って、利用価値がなくなったらそのままポイだ。 擁壁は劣化して、法律はどんどん変わって、時を経るごとに土地の処分が難しくなってしまうというのに。 義父が土地の所有権保存登記した平成11年にはまだ需要があって、欲しいと声がかかっていた土地だと聞いたのに。 その時はまだ「売れる土地」だったのに、空き家の登記もまだ相続人の

      • 一家の顛末 6

        山林を処分できて少し落ち着いたころ。 あとは隣町の土地家屋を何とかすればいいだけだと少し前向きになった私は午前中に家事をすべて終えて義父の遺したCDコレクションを買取査定へ出すべく箱詰めしていた。 160サイズの箱にどんどん詰めていく。 10箱以上にはなりそうだ。 単純作業は苦にならないので、黙々と作業をしていく。 スマホが鳴った。 見覚えのない番号。 出てみると、隣町の土地家屋の件で見積もりを依頼した造成会社のうちの1件だった。 確かここは、見積もり依頼のメールを送

        • 一家の顛末 5

          湿っぽい6月を耐えきって、7月に入った頃。 この地域は毎年7月半ばから8月上旬まで、梅雨前線の最後の抵抗とばかりに大量の雨が降る。 ニュースで見る降水量の表示は濃い紫すら超えて真っ黒になり、ひっきりなしにけたたましい警報がスマホから鳴り響く。 窓から眺める市街地は雨に霞んで視界から消えてしまう。 そんな時期が迫りくるのを感じながら雨の日は擁壁が崩れる悪夢を見て、晴れの日は窓から見える山の向こう側にある隣町の土地家屋方面を苦り切った気持ちで眺めながら過ごしていた。 実家の

        一家の顛末 8

          一家の顛末 4

          山林と隣町の土地家屋を夫が相続すると決まってしまった後、さすがに私もしばらくは夫の様子を見つつ土地のことはできるだけ考えないように過ごした。 もしかしたら、夫に何か考えがあるかもしれない。そう考えて1週間、2週間と待った。 夫はいつもと変りなく、何の報告もなく、変わった様子も見られない。 その間もじわじわと擁壁はその寿命を消化しているのだ。 もうすぐ梅雨入りだ。梅雨になればこのあたりは尋常じゃないぐらいの大量の雨が降り注ぎ、毎年土砂崩れのニュースが出てくる。 私は沈黙に

          一家の顛末 4

          一家の顛末 3

          相続というのは特に遺言が無い限りは法定相続と言って、亡くなった当の本人―被相続人という―の配偶者に半分、残りの半分は子どもたちで均等に分ける。 被相続人に配偶者がおらず兄弟・尊属もいない場合は子どもだけで分ける。そういう民法の規定がある。 義父も特に遺言を残しておらず、義父の妻も母親も既に亡くなっていたので民法の規定通り夫と夫の兄弟2人で遺産を分けることになる。 遺産を分割する話し合いをして両者の意見をすり合わせることを「遺産分割協議」といい、夫と夫兄弟は3か月以内に遺産

          一家の顛末 3

          一家の顛末 2

          うららかな春。 街には桜があふれ風は心地よく、長い冬を我慢してきた皆がピクニックシートを持ち寄って色とりどりのランチボックスをつついているのを尻目に私たちは夫の実家へ向かった。 結局、実家に残った大量の義父のモノを処分することに決めたのだ。 遠方に住む夫の兄弟も処分には同意してくれたのでインターネットで見つけた遺品整理業者2社の見積もりに立ち会うために実家を訪れた。 見積もり自体はスムーズに終わり、金額も想定内だったので説明が明確で印象が良いほうの業者に依頼をした。 夫

          一家の顛末 2

          一家の顛末 1

          負動産という言葉を知っているだろうか。 腐動産という漢字でも表されることがあるが、文字通り「売りたくても売れない、かといって有効に使えもしない、しかも持っているだけでお金がかかる困った所有地」のことである。 不動産とは、かつて資産であった。どんなに田舎でも売れる。価値が上がり続ける。金と同じく持っているだけで老後も安泰。そういう時代があった。 バブル崩壊とともにそういう時代は終わりを迎え、不動産神話は崩壊した。 ゴミでも高値で売れる時代が終わり、市場は正気を取り戻したのだ。

          一家の顛末 1