一家の顛末 4

山林と隣町の土地家屋を夫が相続すると決まってしまった後、さすがに私もしばらくは夫の様子を見つつ土地のことはできるだけ考えないように過ごした。

もしかしたら、夫に何か考えがあるかもしれない。そう考えて1週間、2週間と待った。
夫はいつもと変りなく、何の報告もなく、変わった様子も見られない。



その間もじわじわと擁壁はその寿命を消化しているのだ。
もうすぐ梅雨入りだ。梅雨になればこのあたりは尋常じゃないぐらいの大量の雨が降り注ぎ、毎年土砂崩れのニュースが出てくる。

私は沈黙に耐えきれず夫に「相続した山林と隣町の土地家屋はどうするの?」と聞いた。
夫は「えっ?」と読んでいた小説から視線をあげ、驚いたような顔を私に見せた。そして「どうって・・・?うーん・・・」とだけ言い固まってしまった。

そこで私は悟ってしまった。
夫は本当に何も考えていないのだ。と。
考えなんかなかったのだ。



私はとてつもない絶望感に駆られながら「土地の管理はどうするの?」「毎年の固定資産税はどうするの?」「擁壁のリスクにどう対応するの?」と矢継ぎ早に土地所有者の夫に聞いてみたが夫は何も答えず、突然顔つきが変わって問い詰めてくる自分の妻を目の前に気まずそうに黙り込んで萎縮してしまったのだ。


私が説明した各土地のリスクを全く聞いていなかったのだ。


こうなってしまえば夫は本当に動かない、いや、動けないのは知っている。
育った環境がそうさせたのだ。選択を与えられてこなかった。

いきなりどうにかしろと言われても本当に無理だろう。
時間の無駄ですらある。


だから、夫には山林と隣町の土地家屋を手元に置いておきたいか、土地に思い入れはあるのかを入念に確認して「手放しても構わない」という夫の言葉を信じて私が土地の処分を手配することにした。




翌日改めて、義父が残していた重要書類を引っ張り出した。
各土地の登記権利証と古い遺産分割協議書、義父が書き残したエンディングノート、固定資産税の納税通知書、不動産店のチラシ、市役所からの境界確定立ち合い要請の通知、土地家屋調査士からの境界確定への協力願い。以上だった。

まずは基本であろう、土地の登記権利証を見てみる。
土地の登記は甲区と呼ばれる所有者や土地の種類を記録する部分と、乙区と呼ばれる土地に設定された地上権や抵当権を記録する部分に分かれている。

山林も隣町の土地も、乙区には何の記述もなく抵当権は設定されていないようである。
抵当権とは借金の担保に土地を差し出したときに登記されるもので、これが設定されていると借金を滞納したときに裁判を起こされ土地が没収されたりする。
何はともあれ、借金はついていない綺麗な土地ということになる。まあ、借金のつきようもない負動産ではあるのだが。

さて甲区。ここには登記制度開始以降の代々の所有者が書かれているはずだが・・・義父の名前しかなかった。
そして登記原因には所有権保存登記と書いてあった。


おやおや?と思いつつ、古い遺産分割協議書に手を伸ばし薄い和紙をめくる。
夫一家の、えらく古風な名前の女性を被相続人とする遺産分割協議書だった。

内容からするに、義父はこの女性から山林と隣町の土地を相続したらしい。
遺産分割協議書に記された日付が所有権保存登記がされた日と同じなので間違いないだろう。
本文の後に関係した相続人全員の署名捺印と印鑑証明書が添付されている。
義父の叔母や夫の話でちらりと聞いたことのある従妹の名前がチラチラと見える。
その後に、この協議書で登場する相続人がこれで全員であることを証明する被相続人と義父、各相続人の戸籍謄本が添付されていた。

古い戸籍謄本で、かなり「達筆」に手書きしてあるので判読が難しいが、どうやら表紙に書かれている被相続人は夫の曾祖母になるらしい。

しかしその息子―夫の祖父は実子ではなく養子だと書かれていた。元々は違う苗字の家から養子に入ったようであるが、協議書に挟まっていた簡単なメモ書きによると、実母は曾祖母の娘だったのでつまり・・・・・・被相続人の女性は、実は夫の高祖母であり、子供が娘しかおらず一家の名前が途絶えることを危惧した高祖母が自身の娘の息子を一家の長男として養子に迎え、養子が3歳になる前に亡くなった。その養子は土地の相続登記をせず、かなりの時を経て養子の息子である義父が相続人として土地の登記をしたことになる。

そういうことだから、甲区にいきなり義父の名前で所有権保存登記が行われたのであった。


うーんなるほどなるほど、ファミリーヒストリーという番組ほどではないが、少し面白い話である。
とりあえず山林と隣町の土地は一家で代々所有してきた土地だということがわかった。

そういえば夫の本籍地も隣町の土地と同じ場所だった。先祖代々の土地ってやつだ。
しかしこの土地のことは義父から直接聞いたことはなく、夫からも「幼かったころに義父に連れられて一度だけ行った気がする」という情報しか出てこなかった。

もしかしたら、義父のエンディングノートに何か書いてあるかもしれない。


義父のエンディングノートは普通の大学ノートに、義父の力強く大きな文字でかなり詳細に書き込んであった。
家の修繕や町内会のこと、病院や年金関連のこと、金融資産のことなど契約や義務について多岐にわたることが要領よく分かりやすいように書いてある。

このノートを見ると義父は持病はあったものの、それでもなお優秀で几帳面だったことがよくわかる。
お目当てのページは、実家の修繕についてのページの後にあった。

それによるとやはり隣町の土地は高祖母から相続したということが書いてあり、土地の草むしりに年間約14万円を費やしていたようだ。義父があの土地を相続登記したのは平成10年頃になるので、固定資産税とは別に400万円以上は支払っていることになろうか。義父もあの土地にはそれなりに責任を持っていたらしい。

もしくは、雑草について近隣から苦情でも入っていたのだろうか?
とにかく古臭くてタテもヨコも無節操に繋がり理論よりも感情が優先される、しがらみだらけの土地柄なのだ。
若い人間はどんどん出ていくし、新しい住民が居ついてくれない!と行政も住民も叫ぶがそんなの当たり前だろう。

話はずれたが、土地について書いてあるのは草むしり費用のことだけであった。
ノートの下のほうには「この土地は大きいのでうまく使えばひと財産になります。」とだけ書いてあった。

既にこの土地は「ひと財産」を草むしりで使い果たしているというのに!思わず鼻から笑いが出る。
つまりは義父もこの土地を持て余して困っていたのだ。もうこのノートからは何も得られまい。


次に見たのは、市役所から送られてきた固定資産税の納税通知書だった。
これは先日ざっと目を通して確認している。
実家の土地家屋と山林、隣町の土地の固定資産税の額が書いてある。
そしてもう一枚、隣町の家屋は見知らぬ名前の男性名義で義父あてに送られてきており、義父が毎年支払いをしていたようだ。

この男性は誰だろう?夫に聞いてみたが全く知らないという。
そしてその男性こそが、隣町の土地にある家屋の家主らしいことが納税通知書から読み取れた。


ちょっと疲れてきたが、次の紙を手に取る。
地元の小さな不動産店の広告だ。
しかも、夫が所有する隣町の土地を売り出している。

ええっ?ちょっと待ってくれ、これは聞いていないぞ!と思ったが日付はずいぶん前だった。
インターネットで不動産店のサイトを開き、取り扱い物件の一覧を見てみたが隣町の土地は出ていなかった。
義父が隣町の土地を売りに出したが途中で販売を取り下げたようだ。

何があったのだろうか?気になったので不動産店に電話をした。


電話に出た愛想のいい高齢女性に要件を伝え、当時の担当者を呼び出してもらう。
担当者は既に高齢で引退していたが、同じ建物に住んでいるということですぐに話ができた。

まずは義父が亡くなったことと、お世話になった挨拶。そして広告に出ていた隣町の土地の件について、どのようないきさつがあったかを聞いた。

その担当者によると、確かに義父が来店して隣町の土地の相談を受けて売却を担当したということだった。
しかし数か月様子を見てみたものの反応は芳しくなく、しかも土地の上に建っている建物の所有権を義父が持っていないということが判明したので販売を取り下げたということだった。


義父はあの土地をどうにかしようとして不動産店に相談し、土地の販売にこぎつけてはいたらしい。
しかし、隣町の土地に建つ家屋の所有権を持っていないばかりに販売継続を断られたのだ。

不動産店もよく調べずに義父の話を鵜吞みにして販売開始してしまったのだろう。何とも杜撰であるが・・・・・・しかしこの話ではっきりした。
隣町の土地に建つ家屋は、他人の家だ。

知らない人間の家が自分の土地に建っている―こんな不気味な響きはなかなかないだろう。
私は1,000万円近くの値がつけられた売地の広告を忌々しく感じ、クシャクシャと丸めてゴミ箱に投げ入れた。


残りの2枚は、どちらも日付が相当古く既に終わった話ではあるが、隣町の土地と市道の敷地の境界確定したいので協力を仰ぐ市役所発行の手紙と、山林の隣地が土地の境界確定をしたいというので協力を仰ぐ地元の土地家屋調査士からの手紙だった。

境界確定というのは、隣接する土地同士の境目を土地の所有者同士が実際に立ち会いながら確認して、それをもとに土地家屋調査士という有資格者が「境界標」という目印を土地に打ち込み、その場所のGPS座標を土地の登記情報に登録する作業だ。

この境界確定をしておくと土地のサイズや維持管理のことで揉めにくくなるということで土地を売却する前に行われることが多い。
今回の相続に直接の関係はないだろう。



とりあえず山林と隣町の土地は一家代々の土地で相続したことと、隣町の土地に建つ家屋は他人の家であること、そしてその家の固定資産税を義父が払い続けてきたことが判明した。

今に崩れそうな山林と擁壁、それだけでもつらいのに高額な固定資産税や草むしり費用、更には他人の家がくっついていたとなるともううんざりだ。しかも他人の家は空き家だった。その人がどこにいるのか、生きているのかさえ何もわからない。

ただ土地を処分するだけでは済まなそうな気配に私の胃も頭もどんよりしていた。




6月、もう梅雨入りを匂わせる湿っぽい雨の日に私たちは隣町の土地家屋へタクシーで向かっていた。
もしかしたら隣町の土地家屋の周辺に夫の親戚が住んでいるかもしれない―先祖代々の土地の周辺には親戚が複数住んでいるのがこの土地のスタンダードだ。そう思ったので、そのあたりの住民名をゼンリン地図と「住所でポン!」を使って一覧を作り夫に見せたところ下の名前だけ覚えのある人がいた。

その人物を、夫祖母が残していた分厚い電話帳の中からから探し出し電話をかけてアポイントを取ったのだ。


実家からの道中、私は窓の外をぼんやり眺めていた。
山を切り開いて開発したこの辺りは起伏が激しく、見渡す限り一面が傾斜地だ。車道の両脇は雨に濡れて色が濃いグレー変わった擁壁が続いている。
擁壁の上には新旧和洋様々な家があり、中には車窓から見上げても家が確認できないほどに高い擁壁がある。

山を越えると、相変わらず道の両側は擁壁に囲まれてはいるものの、空き家や空き地が目立ち始め「売地」と大きく書かれた看板が目につき始める。
看板はどれも古く、手入れもされておらず、手書きされていたのであろう連絡先は雨風ににじみ判読できなくなっている。
中にはベコベコに折られて擁壁にぽっかり空いた低い堀車庫の奥底に捨てられているものもある。

どこも売るに売れないのだ。
たとえ夫が所有する隣町の土地家屋より擁壁が低く家が立派であっても。
看板の様子から、それぞれの土地の所有者たちは諦めてすらいるのだろうと分かる。
まるで私たちの行く末を見せつけられているようで本当に気が滅入る。



やがて目的地へたどり着き、道路わきに止めさせたタクシーを降りる。
市道から狭い坂を上って1つめが夫所有の土地。その隣、2つ目の土地の家がお目当ての家だった。

敷地いっぱいに立派な家が建っている。
見知らぬ苗字が書かれた表札の下にある呼び鈴を押すと、相当高齢にもかかわらず背筋の伸びた女性が出て「よく来てくれたね!」と夫にハグをしそうな勢いで迎えてくれた。
案内されるままに応接間に座らせられ、待っていると杖をついた高齢男性が先ほどの高齢女性に支えられて部屋に入ってきた。

この高齢男性こそが、近隣住民のリストの中で夫が覚えのあると指さした名前の持ち主だった。
男性は、義父とも親交があったらしく隣町の土地家屋について話を聞きたいと電話で伝えたところ快く了解してくれた。


「義父くんにそっくりだなあ~」
「ほんと、若いころの義父ちゃんみたいねぇ」
高齢夫婦は夫を見て昔を懐かしむように口々に言った。
確かに、実家にあった古いアルバムの中で澄まし顔をする若い義父と夫はとてもよく似ている。


夫が義父の死を報告して、高齢夫婦と話をしていく。
雑談も交えつつ話を進めると、この高齢男性は夫祖父が養子入りする前の家の子どもであり、夫祖父の実の兄弟であることがわかった。

義父の血縁上の叔父さんということになる。
夫家とは苗字こそ違うものの、血縁のあるこの男性は夫祖父の代わりにH家の長男になった方であった。


和やかな雰囲気で義父や夫祖母の昔話を聞かされる傍ら、応接間の窓から見える夫所有の土地とその上に建つ不気味な空き家をちらと見る。
雨が激しくなってきたようだ。


雑談も終わりに近づいたころ、私は鞄から書類と鍵束を出した。
「電話でお話しした隣の土地ですが、今回夫が義父から相続をすることになりまして、私たちもこの土地の詳細が分からずどう扱っていいものか悩んでおります。何かご存じないでしょうか?」

高齢男性は書類と鍵束をちらと見て「ああ、あの家は私の父が住んでいたよ。ずいぶん前に亡くなって、その後は姉が一人で住んでいたんだがその姉も施設に入ることになったからずっと空き家なんだ。あとで妻が案内するから、家の中を見てみるか?」


私は持ってきた固定資産税の納税通知書を見た。
見知らぬ男性名義の空き家の通知書。苗字は何だっただろうか―
H家・・・確かに、その苗字だった。

夫が所有する隣町の土地に建つ家屋の持ち主は「全くの他人」ではなく夫の血縁上の曽祖父の家であり、その曽祖父は故人だった。家の鍵はその息子である高齢男性が持っている。


そこまで理解して私は失礼を承知で聞いた。
「曽祖父が亡くなった後、相続登記はされなかったのですか?話し合いなどは誰ともされなかったのですか?」
私は非常に困惑した顔をしていたのだろう、場の雰囲気が変わった。

「いや、何もしなかったよ」そう言って高齢男性はぎこちない表情を作り、付け足した。
「だって、難しいことは分からないから・・・」


男性の表情が明確に語っている。「自分の父親の家であっても相続するつもりはないし、面倒なことは一切したくない―」
それ以上は私も踏み込めなかった。言葉すら出ず、呆然と黙り込んでしまった。


その後は実家から持ってきた鍵束のなかに家屋の鍵がないか確認してもらい、玄関と勝手口の鍵を1本ずつ見つけた。
高齢男性とは別れ、男性の妻に案内されて夫所有の土地に建つ空き家の中へ入った。

「最近まで毎週家の中の掃除はしてたんだけどね、今は腰が痛くて掃除できてなかったのよ、」
そう言いながら招き入れられた空き家は白っぽい幼虫の死骸が大量に散らばっており天井には薄い茶色のシミが全体的に広がっていた。床はふわふわと頼りない踏み心地で家の骨組みの柱上を探して歩かないと踏み抜いてしまいそうだった。雨なので家の中は暗い。

「雨漏りもひどかったから、何年か前に屋根を直したのよ。雨戸も何が入ってくるか分からないから全部閉めてあるの。」
たしかに外は激しい雨が降っているが今のところ雨漏りはしていないようだ。
家の中心、キッチンまで進み家の中を見渡す。
内装は古い。そしてあばら家のような簡素さ。3匹のこぶたのオオカミが吹けば飛んで行ってしまいそうな、頼りない家だ。
建築現場にあるプレハブ小屋のほうがまだしっかりしていると感じた。
ブレーカーに陶器製のヒューズがあった。本当に「飛ぶ」やつだ。そんなもの初めて見たので少し驚いた。


一通り家の中を見させてもらった。
屋根を打つ雨音が響き、雨戸を締め切った暗い家は空き家というより廃墟に近い。
トイレに置いてある安っぽい造花の鮮やかな色が場違いに見える。


家の間取り図を作成したかったのでスマホで画像を数枚とって持ってきたメジャーで畳のサイズを測り、フリーハンドで簡単な見取り図をその場で作成する。
その間に色々なことを聞く。

この家の所有者である曽祖父は娘のひとりと一緒に生活していたこと。
曽祖父が亡くなってからしばらくして娘も施設に入ってそこで亡くなったこと。
娘が亡くなった後に義父が高齢女性に依頼してこの家に残された家財を処分したこと。
それ以降は高齢女性が定期的に掃除をしたこと。
数年前から雨漏りが激しくなってしまったので屋根を補修したこと。


この高齢女性も、自分の夫実家の隣に連れてこられてしまったために大変な苦労をしたに違いない。

見取り図を作成し終わり連れだって外へ出る。
倉庫が目についたので聞いてみた。
「この倉庫ね、今はうちのものが入ってるのよ。冬に使う灯油とかね。」
中を見せてもらった。

園芸用品と木材、雨漏りを修理した時のものだろうか?瓦が端に寄せてあり、灯油のポリタンクも複数置いてあった。
倉庫はどう考えても建てて数年ぐらい、真新しかったのでH家が作ったものだろうか?しかし明らかに夫の所有する敷地内に存在している。


私は念のため確認をした。
「もし夫がこの土地を売ることになったら、この倉庫は空にしてもらえますか?」
「その時は連絡貰えれば息子にお願いして倉庫の中のものを引き上げるから大丈夫よ。」



雨は少し落ち着いていたので帰りは途中まで歩くことにした。
両側を擁壁に囲まれた市道は雨の土曜日ということもあり交通量はかなり少なくなっていた。

まるでこの世には山の斜面と擁壁と私たちしかないのかと錯覚するほど人気がなく静かだった。
所々擁壁にぽっかりと空いた低いほら穴―堀車庫というのだが―からイノシシが出てこないか心配になったが、堀車庫の中はそんなものが隠れる場所などなく、隅には紙くずが捨てられていた。

しばらく歩くと市道わきに山林が現れた。
夫が相続した山林。
ここを見ておきたかったのだ。



神社裏の禁足地のような場所でありフェンスで完全に囲まれているため、敷地に入ることはできなかったが下を通る市道から斜面が見渡せるので確認する。

鬱蒼と茂る竹の隙間を注意深く見る。
ストリートビューで見た通り、どうやら本当に不法投棄などはされていないようだ。



帰宅したら私はさっそく家の見取り図を作った。
航空写真とスマホの写真、畳のサイズから誰が見ても家の間取りがより正確に分かる図面を作っておきたかったのだ。
細い線を紙に引きながら、今日のことを思い出す。

別れ際、高齢女性と敷地の出口へ向かっているときに「この家を売るの?とても古いし、売れるかしらね・・・」と聞かれたので私は「今は古い住宅をリフォームして住む人もいますからね・・・」と言葉を濁した。

家の前で立ち止まる。
「そういえばこの家、外壁がすごく綺麗ですね。」
思いついた言葉を適当に口から出す。
「ああ、外壁ね、風が強い日なんかは土埃がつくから野菜に水をあげるついでにホースで水をかけて流しているのよ。でもだいぶん雑草が茂ってきてるのよねえ、売るなら雑草取りしなくちゃいけないんじゃない?」

雑草取り!
雑草取りにいったい幾らかかるのか、義父が雑草取りに総額幾らかけてきたのかこの女性は知りもしないだろう!
雑草取りに年間14万円だ!
14万円を稼ぐのが今の時代どれだけ大変か分かっているのだろうか!
私は理不尽でわがままな客たちに「誠意」という金銭欲しさの殺害予告すら受けながら、社員には仕事を無理やり押し付けられ、毎日終電まで残業して、本社には残業時間を少なく修正され、親には仕事を辞めるなら私が親に支払っている家賃を倍額に増やすと脅されて仕事を辞めることもできず、郊外の実家から通勤に2時間もかけて常に限界の状態で働き、やっと振り込まれた給与は14万に届かないことが多かったというのに!

しらばっくれて相続登記すらしない無責任な高齢男性、勝手に敷地に建てられ危険物を置かれた倉庫、敷地で勝手に育てられる野菜、自分たちに都合よく土地を利用しておきながら、私たちには雑草取りはしないのかだって?もうたくさんだ!

一気に怒りと、半ば八つ当たりのような怨嗟が顔に出てしまった。
私の顔を見てビクッと表情を強ばらせた高齢女性は挨拶もそこそこに逃げるように自宅に帰ってしまった。

この高齢女性は過去からの流れで土地を使っていただけだろうし、家で誰も亡くなっておらず事故物件としての告知事項が付かなかったのはこの女性が曽祖父の娘の介護をしていたからだし、家の荷物の処分や雨漏りの修理を手配したのもこの女性だろうに、怖い顔を見せてしまいかわいそうなことをしてしまった・・・思わずため息が出る。



その日は一日中、強弱をつけながら雨が降り続けた。2~3日は雨が続くらしい。
既に実家へ引っ越してきていた私たちは2階で寝起きしている。

冷たい雨の中で見知らぬ道を歩いて今日は疲れた・・・しばらく続く雨で先日までの夏日は気配を潜め、底冷えする実家で冷えた足をさすりながら布団に入った。

木造戸建ては雨の音が良く聞こえる。
雨はいっこうに止む気配がない。
やがて眠りに落ちても雨の音は夢の中にまで追いかけてくるようだった。



擁壁の分厚いコンクリートが砕けて大量の土砂に混ざり市道を塞いでいる
積みあがった土砂の隙間からは潰れた車が一部見えており、周囲にはブルーシートと救命隊が群がっている

土砂の隅には傷ついてうずくまる人、倒れている人、土砂に埋もれた車をいてもたってもいられないという様子で見つめる人、遠巻きに見守る近所の住民、それを押しとどめる消防署と警察の職員

回る赤色灯、投光ランプの強い光に浮かぶ激しい雨、市道に崩れ落ちた家、まだまだ崩れ落ちる気配を見せる土砂

葬儀でたくさんの人に囲まれて土下座する光景、頭を革靴でグリグリと踏まれても微動だにできない
新聞の見出し、傍聴人でひしめく法廷、陪審員、席に座る夫、判決を読み上げる裁判長の口元

困窮する日々、指輪すら売り骨のようにやせ細った凍える指でわずかばかりの食事をつまむ

夫と並んで天井から釣り下がる二つの縄の輪を見る
縄を首にかけて、椅子を蹴る



ガクン!という衝撃とともに私の体は痙攣し、驚きでうめき声をあげながら目を覚ました。
私の足もとで寝ていた猫も痙攣の衝撃で飛び起きて私を見ている。
雨はまだ降り続いている。昨日よりも激しい雨。最悪だ。


真っ青な顔でリビングに行くと夫はいつも通りネトフリで映画を見ていた。
夫は朝型で、私は夜型なのだ。
いつもと変わらない地続きの日々。
そこに突然飛び込んできた相続。

あの山林や土地の崖が崩れたらどうなるか、どう責任を問われるのかを私はよく知っている。どんなにあがいてもその責任を免れないことも。
そんなこと、知らずにいられたらどんなに幸せだったか。
クライマックスを迎え、希望に満ちた映画の光景が映るモニターを尻目に昼食の準備に取り掛かった。


雨が止んだ翌週、私のスマホに1件の着信。
画面には古くから見知った人物の名前が表示されている。
パソコンで調べ物をしていた私はすぐに通話ボタンを押す。


「久しぶり、元気だった?」
声の主は古くからの友人だ。

私は先日見た夢で精神的に傷つきひどく打ちひしがれていたので「そこそこね」と答えるのが精いっぱいだった。
私の様子がおかしいと気づいた友人に問い詰められ、私は白状するように今までのいきさつを話した。

友人は静かに話を聞きながら、時折疑問を挟んできた。
「相続放棄はしないの?」
「相続放棄をしても次の所有者が見つかるまで相続人が土地の管理をしなくてはならないし、崖崩れが起こったら管理している私たちが責任を問われるのは変わらないよ」

「夫さんの兄弟は?」
「夫兄弟にあの土地を押し付けても、夫兄弟は病気だしいつどうなってしまうかわからない。夫兄弟が先に亡くなればあの土地は結局夫に来るよ。それに夫兄弟も土地のリスクや管理なんて知らないみたいだし、夫兄弟が所有している間に崖が崩れて事故の実績がある土地として夫に回ってきたら本当に今以上にどうにもならない。」


友人はうーんと唸りながら、そういえばという風に話し出した。
「情報が出たばかりなんだけど、国が新しい土地の制度を作るって聞いたことあるよ!確か・・・土地国庫帰属ナントカ・・・ってやつ?相続したいらない土地を国に返せる制度だって聞いたよ。」

願ってもみない話である。本当だろうか?
友人に礼を言って通話を切り、パソコンでその制度について調べてみる。


その制度は、相続土地国庫帰属制度といって相続で持て余した土地を国が引き取りますという何とも希望に満ち溢れた文字が並ぶものだった。

しかし発表されていた概要を見ると高額な手数料を払って法務局に審査してもらう必要があり、抵当権がある土地や、崖や家がある土地、道路につながっていない囲繞地、管理が難しい土地などは審査で落とされてしまい国は引き取ってくれないらしい。

つまり現物も登記も上から下までまっさら綺麗そのもので余計なしがらみがなく、管理も容易なら大金を払えば審査をしたうえで渋々国が受け入れるということだった。
そんな綺麗な土地なら欲しい人がいるから普通に売ったほうがいいし、普通に売れるだろう。

負動産が問題になってきている昨今、高まる不安を宥めすかすための中身のないパフォーマンスだろう。
本当に相続で困っている人が持て余している土地は確実に審査に落ちるものじゃないか。

ハァーという大きなため息とともにメモを取っていたペンを投げ出し、私はうなだれた。

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