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ランニングと暑さ対策【その4】無理をしない運動のメカニズム:行動性体温調節とは?

みなさんおはようございます。
ONE TOKYOスタッフのまゆゆです!

今回の理事長noteは
「ランニングと暑さ対策その4」です。
これまでの総まとめとなっておりますので
ぜひ過去の記事と合わせてご覧ください♪

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みなさんおはようございます、
東京マラソン財団理事長の伊藤静夫です。

「ランニングと暑さ対策」について、
重篤な熱射病にならないためには、
決して無理をしないことが重要であると述べてきました。
このシリーズのまとめとして、
最後に「無理をしない」運動のメカニズムについて、
改めて考えてみます。

行動によって行う体温調節

体温調節と言えば、発汗などを思い浮かべますが、
行動によっても体温調節は行われています。
これを、行動性体温調節と言います。
暑いときには日陰に移動してひたすらじっとする。
ほとんどの動物はもっぱら
この行動性体温調節によって暑さをしのいでいます。
むろん、我々人間も他の動物以上に
多彩な行動性体温調節を行っています。
暑くなれば薄着になり、
日差しを避け、果てはエアコンをつけて涼みます。
実は、ヒトが暑さの中で運動をするときにこそ、
この行動性体温調節の機能が遺憾なく発揮されるのです。

今回は「無理をしない」ための
行動性体温調節のメカニズムを考えてみます。

暑さの中で無理しない体温調節=行動性体温調節

まず、実験結果の一例(図1)をご覧下さい。
自転車選手(8人)が、
自転車エルゴメータで40kmのタイムトライアルを
実験的に行ったときのパワー出力の時間経過です。
実験室の温度を20℃の涼しい環境と、
35℃の暑熱環境に設定し、両条件を比較しています。

この実験で重要なのは、
被験者が自らペースを選択する
「セルフペース」で自転車をこいでいることです。
被験者には、5kmごとの通過距離以外
ラップタイムやパワー出力など他の情報は
一切知らされません。自分の感覚だけが頼りです。
その結果、暑熱環境では、涼しい環境に比べ、
トライアル中のパワー出力は次第に低下し、
タイム自体も悪くなりました。
当たり前ですね。
暑いとき、パフォーマンスが低下するのは、
当然の結果と言えます。
しかし、見方を変えて、
これを行動性体温調節の結果と捉えるとどうでしょうか。
パフォーマンスを低下させることは、
運動強度(パワー出力)を下げ、産熱を抑え、
オーバーヒートを抑える行動と解釈できます。
つまり、「無理をしない」行動を選択することで、
体温調節を行っているのです。
熱射病のリスク回避にもつながる、
極めて合理的な体温調節行動と言ってもいいでしょう。
ここでキーポイントになるのが
「セルフペース」という運動条件です。
被験者自身がペースを選択する「セルフペース」だからこそ、
この行動性体温調節ができるのです。

図1 涼しい室温と暑い室温において、転車エルゴメータによる40kmのタイムトライアル時のパワー出力の時間経過です。実験室の温度を20℃のと、35℃の暑熱環境に設定し、両条件を比較しています。(Périard JD, et al. (2011) Exp Physiol. 96 : 134-44より引用)

セルフペースによる行動性体温調節

図1の実験では、被験者は、トライアル中、
ペースが速いか遅いかはわかりません。
時間とともにペースが落ちてきたかな、
という漠然とした感覚はあるでしょう。
では、暑いから、手を抜いているのでしょうか?
否、この実験の他の測定値からは、
そのような徴候は見られません。
涼しい条件に比べ、暑い条件では2倍以上の水分を補給し、
2倍近い汗をかいて放熱促進に努めています。
心拍数、体温も、より高くなっています。
疲労度の測定結果からも、
被験者はより「暑く」、より「きつく」感じながらも頑張っています。
それでも、暑い条件でパフォーマンスが低下しているのはなぜか?
それは、セルフペースだからです。
被験者の意識は、何とか頑張ろうとします。
一方、意識の及ばない、無意識下の中枢機能も
ペースコントロールを担っています。
ただし、この中枢制御機構は、
ひたすら自分の体の安全確保に専念します。
暑熱下で体温が上昇し、熱射病の危険性が高まれば、
いくら意識が頑張ろうとしても、
それを上回る強いブレーキをかけます。
その結果、ペースが低下するのだと理解できます。

行動性体温調節によって発熱を抑える

私たちの日常の身体活動やスポーツ活動では、
多くが「セルフペース」で行われています。
日々のトレーニング、あるいはレースも、
基本的には「セルフペース」です。
一方、その対極の運動形態が、
「固定負荷」運動です。典型的には、
実験室でのトレッドミル走や固定負荷による
自転車エルゴメータ運動があります。
日々のトレーニングでは、一定速度で走るペース走などが
「固定負荷」に近くなります。
レースでも、目標ラップを厳格に守って走っている状態は、
「固定負荷」走になるでしょう。
固定負荷運動もセルフペース運動も、
運動負荷がそれほど高くなければ、
両者にさしたる差はありません。
しかし、暑熱下で高強度の運動を長時間
続けるような条件になると、両者の差は歴然としてきます。
図2は、はやり実験室での自転車エルゴメータ運動を
限界まで行ったものです。
室温が40℃という過酷な暑熱環境です。
一方の条件は、「固定負荷」で運動強度を強制したもの、
もう一方は、その同じ運動量を「セルフペース」で
実施したものです。
この実験でも、被験者にはラップタイムなどの情報は知らされません。
セルフペースでは、無意識のうちに運動強度を弱め、
その結果、タイムトライアルのパフォーマンスは
低下することになります(固定;20分、セルフ;23分)。
しかしこの行動によって、
明らかに深部体温の上昇を低く抑えていることがわかります。
暑いときに一定量の運動をしなければならないとき、
セルフペース運動であれば、
無意識下で運動強度を下げる行動をおこし、
発熱量を低下させ、
オーバーヒートを防いでいると考えられるのです。
すでに述べたとおり、
自分で運動強度を調整できるセルフペースだからこそ、
こうした行動性体温調節が可能になるのです。

図2 暑熱下(40℃)での転車エルゴメータによるタイムトライアル時の平均パワー出力と深部体温上昇度について、固定負荷とセルフペースの比較。セルフペースでは行動性体温調節によって運動強度(産熱量)を下げるという行動によって、深部体温の上昇を防いでいる(Schlader ZJ, et al. (2011) Eur J Appl Physiol. 111 : 757-66より引用)

暑いとき、固定負荷運動=無理な運動はなじまない
「セルフペース」運動が、「無理をしない」運動であるのに対し、
「固定負荷」運動は、言わば、
強制的な運動、「無理な運動」にあたります。
私たちは、無理をすることと無理をしないこととの葛藤、
ならびに両者のバランスの上で
運動強度をコントロールしています。
ところが、暑熱下で無理な運動が強行されると、
このバランスが崩れます。
私たちに備わった安全弁である行動性体温調節が
十分に機能できなくなり、
オーバーヒート、そして熱射病のリスクを
助長することにつながるのです。
本シリーズでは
「暑いとき無理な運動は事故のもと」と述べてきました。
「無理な運動」は、人類に備わった安全装置である
行動性体温調節機能を損なうことを意味します。
それが、直ちに熱射病を引き起こすことにはならないでしょう。
しかしそのとき、風邪、発熱、下痢、睡眠不足などの
体調不良が重なれば、
熱射病のリスクは急激に高まります。
したがって、暑いときの身体活動では、
セルフペースがとても重要です。
近年、暑熱環境下の労働現場においても、
セルフペースによる労働が注目されています。
セルフペースによる労働が熱射病予防に効果的であることが、
多くの研究によって証明されてきたからです(Ioannou LG, et al. Int. J. Environ. Res. Public Health 2021, 18, 6303)。
我が国においても、中央労働災害防止協会は、
暑熱労働においてセルフペースによる作業を推奨しています(https://www.jisha.or.jp/research/report/201503_02.html)。

暑いときのスポーツ活動の大切さ
「暑いとき、無理な運動は事故のもと」
それなら、夏のトレーニングやスポーツ活動はいっそ中止しては、
といった極論も出そうです。
しかし、「無理をしない」ことと
「止めてしまう」ことは全く違います。
暑さに負けず、いっぱい汗をかき、
懸命に頑張って運動できることは、
人類の優れた特性です。
他方、オーバーヒートを回避するため、
パフォーマンスを下げることができるのも、
それに劣らず重要な特性です。
この絶妙なバランスによって成り立つ行動性体温調節機能は、
一朝一夕に身につくものではなく、
長い学習期間を必要とします。
とくに、体温調節機能が未熟な発育期の青少年にとって、
この二つのバランスを学習することは何より重要です。
子どもは、夏の暑さのもと、
セルフペース運動でこのバランスを学習します。
暑いとき、だらだらとやる気が無いように見える行動も、
言わば学習の一過程に他なりません。
これを、指導者が強制負荷、
無理な運動へと強引に導けば、
せっかくの行動性体温調節の学習をさまたげてしまいます。
子どものスポーツ指導に当たって、
無理な運動は厳に慎まなければならない所以です。

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最後までご覧いただきありがとうございました。
暑さ対策についての過去の記事も読みたい!という方は
ぜひ下記よりご覧ください♪

次回の投稿は10月7日(金)11:00!
「東京レガシーハーフマラソンコース紹介」です!
お楽しみに♪


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