「やらずに後悔」はのちにガンになるよ
「やらずに後悔するよりもやって後悔したほうがいい」というような言葉は、人生の選択に迷った際によく聞かれる言葉だ。
私もそれなりに生きてきたので、”やりたかったができなかったこと”が一つや二つはある。
経済的理由等、状況が許さずにどうしてもできなかったパターンもあれば、反する外部の人間からの圧力に負けてしまったパターンもある。
特にそれが後者の場合、自分の中に納得できないしこりのようなものが確実に残る。
最終的に選択したのは自分だ。私は”やらない”を選んだ。
だけども、本当の感情を殺して、自分を説得して結論付けた”やらない”は、納得した(はずの)心の奥底に不満を残す。
自分の思考がねじれ始める。一つの嘘が新たな嘘を生み出すように、一度できてしまった捻じれは、バランスをとるために新たな捻じれを生み出す。
何重にも複雑に捻じれた思考は、自分でももはや把握できない。
それでも、時間が解決してくれるかもしれない、という希望があった。
そのしこりが霧散していくことを期待して生きてみた。10年ほど。
消えない。
お腹の中に圧倒的な重量をもって存在し続けるのだ。
それは「やらずに後悔」という言葉では表現できない。そんな生易しいもんじゃない。
その後の人生を蝕む腫瘍を抱えている感覚。
後悔のない人生などない。
誰もが何かしら後悔しながら生きている。
それでも「やらずに後悔」した人生は、精神的な意味で挽回不可能だ。
もしも、目の前に迷っている人がいたなら、私は確信をもって伝えたい。
「本当の意味で生きたいなら、”やる”以外の選択肢はないよ」と。
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