アップデート(短編小説19)
誠がふとiPadの端末を見ると、画面上に「iOSが今夜アップデートされる予定です」と書かれていた。
それはつまり、同じ端末だとしても、画面表示や機能が一方的に改善されることを意味していた。それは日々、いろいろなプラットフォームで、さりげなく繰り返されていることで、例えば、SNSの機能や管理画面も、度々デザインが変更されるように、誠たち人間は、意外と、「自分のもの」と思っているものを、自分以外の人にコントロールされている。
そういった意味で、自分のもの、などこの世には一つも存在していないのだが、脳が都合よく色んなものを「これは自分のもの」と判断しているのを、誠の意識は観察しながら苦笑していた。そんな勘違いからきっと、戦争も起こっているのだろう。自分の領土、自分の国、自分の、自分の、自分の。頭の中が自分のことでいっぱいいっぱいの誠もまた、戦争をしているのとなんら変わらないのだと思う。
それはさておき、今夜もまた、アップデートされるらしい端末をぼーっと見ていると、チャラン♪と音が鳴る。どうやらラインの通知がきたようだ。
誠が中身を確認すると、「今、話せる?」と友人の卓也から連絡だ。誠はすぐにOKのスタンプを押し、卓也に電話をかける。まもなく卓也が電話に出た。
「おー、誠、お疲れさん。急に悪いな。で、早速本題なんだけど、今月あたりからどうやら遺伝子レベルでの情報アップデートが大幅に行われそうなんだよ。体調とか崩す人多くなりそうだから、医療スタッフ、多めに雇っておいた方がいいぞ」
そう話す友人の卓也は、何がどうなってるのかは知らないが、たまにこうして、これから起こりうる未来のことを少しだけ早めに教えてくれる。特に、病気、災害、事件事故など、多くの人に影響が出そうな情報は、こうして前もって医療機関の関係者である誠に伝えてくれる。
卓也の勘でしかないらしいその情報の正確性は、誠にはなぜか、よくわからないことがほとんどだ。それでも、忠告通りにしておくと、いずれは、なんだか知らないけど助かった、と感じている自分がいるのも否めない事実があるので、毎回一応、話を聞く。
水面下で何かが起きているらしいのに、なかなかそれに気づけない。
それはまるでiPadの端末のiOSの変化があっても、そんなに気にならないのと同じなのかもしれない。目には確かに、ああ、ここが変わったんだな、という情報が入ってるのに、意識的にどう変わったのかという変化に気づけていない、そんな感覚。
今、卓也が教えてくれたのは、遺伝子の話。ということは自分の身体の中の情報が、まるでiPadのように勝手にアップデートされるのか。それを感じられる卓也は卓也で、大変ではないのだろうか。
「大変ではないけど、どうなるんだろう?ってワクワクはするな」
電話口からそう卓也が言う。誠は自分の心が読まれているかのようでギョッとする。
「全ては繋がっている。そう心から思ってたら情報は流れ込んでくるんだ。自分1人であれこれ思考してるものじゃなくて、みんなと共有できる情報。」
ーでもまだ、世界は自分“だけ”のことに忙しすぎるよー
誠は、電話口でそう話す卓也の声を、黙って聴く。 最早、自分は何も言わなくてもいいような気がしていた。そして、どこにいようが勝手にアップデートされるiPadの端末をみながら、どうやら本当に自分たちは、何か一つに繋がっているらしいことを感じざるを得なかった。
おしまい
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