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ずっとずっと(短編小説29)

ニコニコと笑いながら、ガチャガチャとお茶碗を洗う息子を眺めながら、母親の愛美は何がそんなに楽しいんだろう?と思っていた。

愛美は毎日、洗濯や掃除、料理にこの茶碗洗いにと日々のルーティンに追われているので、いつもと変わらないこの単純作業は、苦痛とも感じかねないもの。だから、息子がこんなにも楽しそうにお茶碗を洗う様子が新鮮だった。

「ママー、何考えてるのー?」

気づけばこちらをチラチラと伺っている息子がいる。あんなにも茶碗洗いに夢中なようでいて、母親のことはしっかりとみている。

「ん、なんでもないよ。お茶碗洗い、楽しい?」

「うん!楽しいよ!こうやってお茶碗を洗うとね、ぽちゃぽちゃっていったり、かちゃかちゃっていったり、お茶碗たちがオーケストラ開いてるみたいじゃない?」

お茶碗を色んな角度から洗いながら、息子は「音」も楽しんでいたようだ。

「オーケストラかあ。そうだねえ。でも、そんなにたくさんの音する?」

「うん!するよ。だって、僕の心の音も混じっているもん。僕の心の音も、とくん、とくん、っていってるんだよ」

愛美は途端に、息を呑む。

「あ、ほら。ママもいま、息をスゥって吸って、止めたでしょ。その音もちゃんとオーケストラだからね!」

ふんふふん♪ふんふふん♪
今度は鼻歌もオーケストラに加えながら、息子はお茶碗を洗い出す。

愛美が何もいえずにいる間に、息子はお茶碗洗いを終える。

「終わったよ!」

そう言ってこちらを再度、息子に伺われて、愛美はハッとする。

「あ、うん。ありがとう、偉かったね!」

「うん!お茶碗たちもみんな、演奏上手にできて、えらかった!ママも、ぼくも、みーんなも、いつだって上手に鳴ってて、今だって、ずうっと、鳴ってるね。だから、これからも、これまでも、ずっとずっと、えらいね!」

何やら誇らしげにそれを言い終えた息子は、お立ち台からぴょんっと飛び降りてリビングの方へ駆けていく。

ーずっとずっと、えらいー

息子のその言葉は、日々の家事に少し疲れていた愛美の心を、優しく包み込んでいた。

おしまい

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