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親会社の利益を1000%伸ばして独立するまで。そして今【oneの歴史②】

今回は株式会社oneの創業者・代表取締役の荒木さんにoneの歴史について聞きに行きました。

家賃1万円の事務所からスタートして、クライアントでもあった会社の100%子会社になり、紆余曲折の後独立して神楽坂のオフィスに移り、現在大変革を迎えているone。

そんなoneの歴史を築いてきた荒木さんに熱く語っていただきました。今回は「oneの歴史」の第2回です。

インタビューされる側:創業者・代表取締役 荒木克彦
インタビューする側:新卒社員 小笠原朋子

前回の投稿とあらすじ

家賃1万円の事務所からスタートして、とある調査会社の100%子会社になったone。そこから色々あってoneの代表だった荒木さんが親会社の経営を見ることになったのですが、経営を見始めてから1年で1000%利益を伸ばしたのだそうです。具体的に何をしたのか気になったので聞いてみました。

――親会社の経営に携わり、大きく利益改善したそうですが、具体的に何をしたんですか?

荒木:営業部長的な立場で、収益性の改善に取り組みました。これは前回の記事で「自分にとって畑違いだからリサーチ会社の経営には不安があった」と言っておきながら、やっぱりPR畑からジョインした私ならではのことだったかな~と笑。

簡単に言うと、リサーチ事業にプロモーションの発想を足して売り方を変え、単価もリピート率も上げたってことです。

親会社の事業構造とビジネスモデルを理解していないので、何が問題なのかが最初は分からなくて。

それでエクセルの数字管理表と案件ごとの利益率とかをずーっと見て、なんだろうな、どうしたらいいだろうと考えたり、普段の営業活動に同席させてもらったり、企画書とか提案書とかも全部見たりして、

で、私がもともと持っていたプロモーションの知見を加えて提案をすることで、もっともっと満足度の高い納品ができるし、めちゃくちゃアップセル・クロスセルができる!!って確信しました

まずそれまでの売り方に関して、お客様から「こういうことを調査してほしいです」ってご相談をいただいた時に、背景や目的のヒアリングや提案なしに、「分かりました!」って、まんま言われたとおーーりに調べて、それだけを納品して終わり、になっていたことが、もう改善の余地ありありだなと。

例えば「自社の認知度を調べてください」って言われたら、「はい!御社の認知度は5%でした!以上です!」みたいな。ここまで極端ではないですけどね笑。

いやいや、認知度調べたら、それが市場において高いのか低いのか、低いならどうやって上げていこうかってことが重要なはずでしょ、って。

当時の私のキャリアからすると、調査の目的って、PRや広告などプロモーション寄りの目線から考えるのが自然な発想でした。

あと、いち経営者として考えて、企業がなぜ調査を実施したいと思うのか?それが商品開発であれ、認知度調査であれ、結局は売上・利益を上げるために調べるわけです。じゃあ、売上・利益を上げるために何が必要か?知ってもらい、買ってもらうための「プロモーション」が必要になる。

プロモーションというのはターゲットに向けて「伝える」活動で、その手段は広告やPRになるわけですが、それまでの親会社では「伝える」の部分を理解せずに調査の営業をやっていたから「認知ですね、分かりました。5%です、以上です」ということになってしまっていた。

お客様の商品・サービスが売れるためのプロモーションを見据えた提案をすることで、より満足度の高いものを提供できるなということが、すごく見えたんです。

それで全部の提案書を見させてもらって、プロモーションに活かせるような調査項目を全部付け足していきました。

調査はサンプル数と設問数で費用が変わるので、サンプル数は500人と想定していたのを「1000人規模でやったほうがメディア掲載確度が上がりますよ」、設問数は10問と予定していたところを「あとあとプロモーションに使える設問を増やして15問に」、というかたちで単価を上げていきました。

ここにおいては、お客様はもちろん、社内のメンバーにも「費用は上がるけどその分意味のあるデータになるんだ」ということをメッセージしていきました。

これからはお客様の経営戦略・営業戦略に活用できる情報を提供するパートナーになるんだと。そうやっていくことで、お客様からリピートをいただき、またご依頼いただく頻度も上がりました。

まとめると、提案をパワーアップしてお客様単価を上げ、リピート率を上げる、この仕組みによって、1000%の利益を1年間で持って行きました。

――荒木さん、でも提案資料へのプラスワンを荒木さんがやるとしても、営業担当の人が理解して、実践に移すレベルになるまですごく時間がかかりそうだなと思ったんですが、そのあたりはどうなっていたんですか?

荒木:そのあたりは結構スムーズでした。たしかに「なぜこの設問を入れておくとプロモーションに活きるのか」という意味合いを腹落ちさせることには時間がかかります。

だけど、聞くべき設問って5個~10個である程度決まっているんですよ。例えば認知経路、情報収集経路、信頼する情報源、誰のおすすめなら買いたいと思うか、興味を持つキーワードなど、そんなに広くないです。

なので、調査の担当メンバーが案件に応じて設問項目をチョイスして提案できるようになるのはそれほど難しいことではなかったです。

ただ、出てきた結果を活用してどういうプロモーションをしたらいいかという施策提案まではできないので、それはもともとプロモーション領域の子会社のoneが受けて、2社で一緒にプロジェクトとしてやっていくという感じでしたね。

――それで業績を伸ばしていたわけですけど、親会社の経営から降りて、oneを買い戻して再スタートすることになるんですよね。それはなんでですか?

荒木:業績が改善したタイミングで、他の経営陣と方針が違って、じゃあ私は退きますね、って感じです。

経営に参画した初年度は取締役COOとして1年やらせていただいて、翌期は共同で代表取締役を務めました。

その2年間で、社員数は40名から150名に拡大、営業利益がマイナス4000万~5000万だったのをプラスの1.2億くらいまで持って行ったわけです。

そしたら他の経営陣が、よしここから上場だ~!という話になって。私は、いやその前に社員に還元だろうと。旗を振ったのは経営陣だけど、ここまで走ったのは従業員なので、まずはその頑張りを評価して、利益を還元すべきだと言ったんです。 

そこで意見が割れて、代表を降りさせてもらうことにしました。「ここまで復活しているので、私が代表を降りても上場できるでしょう」と。そんなに引き止められなかったです笑。

親会社の人たちとは揉めてはいないので、それは誤解しないでね笑。今でも仲良いですし、お仕事も頂いています。意見が違っただけですね。そして当時の親会社は、その後上場を果たしましたよ。

独立するにあたっては、経営陣とも相談して、親会社とone、どっちで働きたいかは従業員の意思に任せようということになりました。

2年間のうちに、私が一緒に働こうと言って入社してくれた方もいたので、その点はすみません、その上で皆さんが選んでくださいということは全体会議で話しましたね。

そして私は親会社の代表を降りて、oneの代表取締役に戻り、同時に親会社のエグゼクティブアドバイザーという役職について、代表業務を引き継ぎつつ、日々の業務の中で色々サポートしていました。

1年半くらい経って一段落ついたところで、oneを買い戻して再スタートしました。

その時、oneで一緒にやりたいという社員が10~20名、あとは親会社の社員で自分で事業をやってみたいと言っていた人と新たに会社を創っていたんです。

そのあたりのメンバーと、2018年の3月に渋谷から神楽坂に移動してきて、現在に至る…という感じですね。

――神楽坂に来てからのことも色々お聞きしたいのですが、まずはなんで神楽坂を選んだんですか?

荒木:えーと、赤裸々に言うと、予算があるので笑、「坪単価〇万円で」と指定して不動産屋さんに物件をピックアップしてもらったんです。

そしたら渋谷・恵比寿・九段下・神楽坂が候補に出てきたんです。で、社員みんなで投票して決めました。都合が合う人はできるだけ内見にも行ってね。

当時みんな渋谷のオフィスに通勤しやすい場所に住んでいたからやっぱり渋谷・恵比寿あたりがいいのかな~なんて思っていたんですが、意外にも神楽坂と九段下が人気だったんです。

で、決選投票をしたら8:2くらいで神楽坂になりました。ちなみに私もみんなと同じ重さの、普通の一票でしたよ笑。それでここに決まったんです。

――それで神楽坂に移ってきて、親会社から離れて苦労した部分などあると思うんですけど、そのあたりをお聞きしたいです。

荒木:まず、代表を降りた時点であったのは、普通は150人規模の会社の代表が、業績が伸びているタイミングで降りるってないじゃないですか。だから、何かやらかしたんじゃないかと思われて、あらぬ噂がちらほらと立ち笑。いやそうじゃないですよーと説明するのがめちゃくちゃ面倒くさかったですね笑。

もう一つは、改めてoneを創っていく中で、自由にというか、自分で考えて動く組織にしたくて、働き方はフルフレックス、リモートワークOK、会社の月次決算も開示したりとか、色んなことをフリーに、オープンにしていきました

これらのことは社員の刺激になるはずだし、すぐにパッと成果がつながるというイメージだったんですけど、そうはならなかったですね~笑。

フルフレックスになりみんな働く時間がバラバラで会議一つ設定できないとか、細かい色んな問題が出てきました。

それはみんなで話して、自由な中にもルールというか共通認識を合わせて、一つずつ解決していきましたが、地味に大変でした笑。

あと情報開示については、当時他の社長に話すと、そんな情報を社員に与えたらロクなことにならないぞ、やめた方がいい、というのがほとんどの意見だったんですね。

でも私は絶対いい方向になると思って、月次決算書にある売上、利益、販管費とか一個一個の項目を、社内会議の中で社員と一緒に見て説明していました。

そうするとね、やっぱりありましたよ笑。ここにコストを使っているからボーナスが払えないんじゃないかとか。この予算はいかないんじゃないかとか。給料について疑問が出たりとか。なんだろう、プチ土一揆?笑

――おお……。

荒木:まさに今いるこの会議室で、ですよ。私は月次決算を伝えていて、ちょっと業績悪かったんですね。

で、「今期はボーナスは払えません」って言ったら、「ちょっといいすか?なんかクールにカッコいい感じでやってますけど、経営の責任はどうやって取るんですか?」って言われたりして。ヒェ~、ですよ笑。

一瞬、あ、他の社長たちが言っていたのはこれか…と思いましたけど、彼が言ってくれたことは事実なので、うん、こういうこともあるよな、と笑。

そんな風に、ヒリヒリする出来事もありながら、私はより一生懸命に経営をやっていく、社員たちも会社から信頼してもらって自由を得た分、個々の役割を全力でやる!ということを少しずつ理解していったのかなと、そんな感じでした。

――なかなかうまくいかなかった時代がありつつ、今の状況に対する印象はどうですか?

荒木:100点満点だとしたら、65点くらいじゃないですか?65点くらいですけど、諦めなかったのがよかったなと思っています。結局、他にサンプルがないんですよ。

こういうことをやっている会社が他にないので、成功例も失敗例もない。信じてやっていくしかないっていう。自分の精神衛生上よくない時期もあったかなとは思いますけど、信じる、大丈夫、いける、と思ってずっと改善してきたのが今の姿、という感じですね。

――なるほど。続けて今のことをお聞きするんですが、今はoneにとってどういう時期ですか?

荒木:今は結構大きな変革期だと思います。2022年の4月からは、oneにとっての第二ステージだと思っています。

これはW代表にしたこともそうですし、初の新卒メンバーが入社したこともそうですし、oneとして初めてBtoCのジェラート事業にトライし、その指揮を社員に任せるのもそう、全てのグループ会社を合併して、株式会社oneに統合するという動きもそうです。

色々同時に進めていてめちゃくちゃカオスですけど、1個だけやってもカオスになるんですよ。だから一気にやってしまおうというか笑。

1個やった時のカオス度が6カオスくらいだとしたら、5個やると8カオスくらいになるんです。結構面白い法則でしょう?だから一気にやる。

一時期カオスにはなるけど、1年、2年という単位で見ると最大公約数のボタンを押していますよ。

この1年半、コロナ禍で苦しい期間に、私たちは受注を追い掛けず、採用や社内の仕組み・体制の方向性を決めるなど、内側を固めることに取り組んできました。

経営者としては痺れる決断でしたけど、現在は、この準備が来期以降どうなるかに注視しているのと、今後のoneのために“脱「荒木商店」”ということで、私は現場から離れているので、それもなかなか痺れる場面だと思います。

でも、ワクワクしかないですよ!!第二ステージ、oneがどうなっていくのか楽しみです。小笠原さんたち、新卒1期生の活躍もね!よろしく!笑


創業から今に至るまでのoneの歴史を荒木さんに語っていただきました。今がoneにとって大きな変革期だというのは、一人の新卒社員としても感じているところです。しかし、色々なことが目まぐるしく変わっていく中で、oneが変わらず大事にしているもの(ビジョン・ミッション・バリュー)があります。次回は引き続き荒木さんにoneのビジョン・ミッション・バリューについてお聞きします。お楽しみに!

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