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夕暮れの華

 平島の車内にて。

「都内でも、俺が今住んでいるとことか、大上さんのとこも比較的、良い所よー。
まあ、チンピラとか、うろちょろしているせいか知らんけど。でも、この腕で歩いても、そんなに変な目で見られないし。
俺も結構、転々としてたからさー。刺青だけで、すんごい嫌がる所もあったから。本当にありがたいわー。」

 ムワッと煙草の匂いがしみついた車内。平島は、上機嫌で運転する間、アロマ先生ができたの、これからいろんな香りや匂いが分かるから楽しみだの、ベラベラと話している。
 私は、そんな話は上の空で、本当にこんな男と約束して良かったのか、、、今更ながら後悔し、ボーッと窓から流れる景色を眺める。

「んでも、1番すごいのは、やっぱ大上さんだよー。普通だったら、こんな刺青まみれの男、見たら即逃げるし。傷だらけの身体見ても、ゲロとか吐かないし。しかも、ためらずに銃持つし、、、。本当に、ヤクザや極道の奴らと変わらんぐらい、肝座ってるわー。」

 確かに、まともな人なら、この男から逃げて、二度と関わり持たないように用心するのが普通だ。

 そもそも、この男と出会ってから私も、本当にまともではない。
刺青男に怒鳴ったり、惨い傷見ても吐かなかったり、挙げ句の果ては、銃まで持つなんて。今考えると、私も、平島と変わらないくらい、イカれてる。

「病院で働いてるから、傷とか平気なんだろうけど、、、刺青とか、銃とか慣れてんの?彼氏がヤクザとか?」

「違う‼︎そんな人と付き合ったこともないし。」

おもむろにら男性関係のことを言われて、無性に腹が立って言い返した。
そもそも、もう長いこと、男と付き合ったことないし、そんな男はこっちから、ご免だ。

「子どもの時から、テレビで、任侠ものや戦争もののドラマや映画、よく見ていたの。父が、そういうの好きだったから。私も一緒によく見てて。だから、刺青とか、銃とか、ドスとか、流血とか、酷い怪我見ても、抵抗がないのかも、、、、。」

「へぇ〜。」

「あっ、でも、勘違いしないでね。ウチの父は、ヤクザじゃあないから。普通の会社員。『カタギ』だから。」

何、ムキになって言っているんだろう、私。しかも、『カタギ』なんて、、、
内心、自分自身に呆れ返っている私とは正反対に、平島は、相変わらず機嫌良く車を走らせる。

私のアパートに近づいてきた。

「いい。ここで停めて。」
木曜日に停めた同じ場所で、降りようとした。
「えー。また、ここ?本当にここで良いの?」

頷く私を見て平島は、渋々車を停めた。

私が降りようとすると、平島は、先回りしてドアを開け、エスコートする。
「あ、ありがとう。」

「いやいや。こっちこそ、ありがとう。大上さん‼︎これからも宜しくお願いします‼︎。」

外に出ると、蒸し暑い今の時期には珍しく、少し涼しい風が吹いた。平島は、うーんと背伸びする。腕捲りしたその腕には、薄暗くても、鮮やかな蔓薔薇が目立つ。
 どこかで、焼肉?いや餃子でも焼いてるのか?
玉ねぎやニンニクを焼いたような、香ばしくて美味しそうな匂いが、ぷ〜んと鼻をくすぐる。
私のアパートは住宅街なので、夕方になると、どこからともなく、空腹に沁みる匂いが、よく漂うのだ。

「あ〜めっちゃいい匂い。腹減ったな。ってか、今晩、何食おう?なーんにも決めてないし。」

コイツ、呑気に言うな、、、、そう思いつつ、実言うと私も同じ気分だった。

「作ってくれる人とかいないの?彼女とか。」

「ん?いない‼︎昔はよく、いろんな可愛い娘ちゃんと付き合っていたけどー。仕事が仕事だし、俺こんなんだから、みんな逃げちゃって、、、。長いこと、おひとり様が長いのよ。」

はあ、、、。まあ、そのルックスなら、ほっとかない女は、わんさかいるんだろが、、、。

「そんじゃあ、大上さん。いや、大上先生‼︎また連絡しますので、ご指導のほど、宜しくお願いします‼︎」
 急に構えて頭を下げる華男の様子。どう見ても、生徒と先生ではなく、ヤクザの舎弟が兄貴分に頭を下げるようにしか見えない。

頭を上げた平島は、ニコッと笑い、運転席に戻ろうとした、、、

「ねえ、、、。」
またまた思わず私の口が開く。

「ん、、、何?」

「良かったら、一緒にご飯は?私、仕事とか休みとかいろいろあるし、これからどうやって勉強するか、話し合いも兼ねて、、、、。」

「おお⁉︎いいの⁉︎やったー‼︎どうする、どっか食べに行く?あ、せっかくだし、どうせなら、居酒屋とか行かね?今日土曜だし、大上さん、お酒の解禁日だろ⁉︎」

「うーん、、、今日はいろんなことあり過ぎて疲れたし、、、ウチで食べたい。業務スーパータカミネ、そこに連れて行って。平島さんなら、1回行っているから場所、知ってるでしょ。まだこの時間なら空いてるし。」

「おお、あそこか!!あの店のおかず、どれも、美味かったもんなー。特にサバとコロッケと手羽先‼︎あ、そっか、この時間なら、例の割引やってるかも。よっしゃ‼︎金は沢山持ってるし、今夜は俺が、おかずも酒も全部奢るわ‼︎」

「出してくれるのはありがたいけど、、、。たくさん買い過ぎないでよ。」

「分かってるって‼︎でもさ、何かの縁で大上先生とも出会えたんだし。今夜は、祝賀会ってな感じで、ド派手にやりましょうや‼︎」

ダメだ、コイツ。完全にヤクザ気質になっている。

多分、シラッとしている顔の私とは、またまた正反対に、きゃっきゃっとはしゃぐ子どもみたいな平島。
「乗って」と言い、さっきまで私が座ってた助手席のドアを開く。

もう少し落ち着いて、喋り過ぎなかったなら、どんな女もイチコロなんだろうけど、、、

 まあ、そもそも私も、どうかしている。やっと、ウチに帰れると思ったら、またまた私が、引き留めている。疲れや睡眠不足を通り越して、私も壊れてしまったのか、、、、。

 前にも、ふと思ったが、こんな流れだと、普通は、いつの間にか私がコイツに惹かれて、みるみるコイツと恋に落ちて、そんで一緒になって、、、、

って、んな訳あるかい‼︎
 私は、こんな男とは、ありふれた恋愛ドラマのような関係には、絶対にならない!!この華男にすごく頼まれたから、私が馬鹿みたいにお人好しで良い人になり過ぎたから、こうなったんだ。
絶対に、何が何でも、華男とは師弟関係で貫き通すぞ‼︎

 即座に決めた決意を、頭の中で何度も言い聞かせて、私は、煙草の匂いがムワッとする車に乗り込んだ。



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