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スタートアップとの事業連携の見方が変わる!?

2021年3月29日、経産省と公取委から「スタートアップとの事業連携に関する指針」(ガイドライン)が公表されました。似たようなガイドラインとしては先日、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(こちらは内閣府、厚労省との合同)が公表されたばかりです(そちらについて紹介した記事はこちら)。こうした新たな働きかた、事業創出に対する連携の仕方についての官公庁における注目の度合いが高いことを示す一例といえ、ガイドラインの具体的な内容については、追々解きほぐしてみようと思います。

今回は、ではなぜこのタイミングでこういったガイドラインが出されるに至ったのか、少し流れを振り返ってみようと思います。

きっかけは懇談会での発言

話は2018年(平成30年)6月にさかのぼります。公取委では学識経験者、産業界、消費者団体、中小企業団体等の有識者を招いた意見交換の場として「独占禁止懇話会」なるものを運営しており、この中で以下のような意見が出されました。

優越的地位の濫用について、申告する側は、勇気を持って申告するので、引き続き、公取委においてもこれに応えてしっかり調査していただきたい。また、中小企業の方々から、大企業に技術、ノウハウといった知的財産が不当に吸い上げられているといった声が聞かれる。中小企業は独自のノウハウを持っており、それを武器にしているので、このような部分にも目を向けていただきたい。
独占禁止懇話会第210回会合議事概要 より)

「中小企業からの知的財産の不当な吸い上げ」という、ある種の衝撃的なキーワードが提示されたことは、公取委にとっても驚きだったのではないでしょうか。たしかに中小・ベンチャー企業の支援を行う立場でも同様の問題意識をもつ機会は少なからずあり、近々でも、大企業とベンチャー企業の協業検討後の、ビジネスアイデア流用に関する問題が一部で指摘されていたところです。
https://togetter.com/li/1466305

「知的財産戦略自体が成り立たなくなる」

知財立国を掲げるいっぽうで、足もとでこれを相矛盾するような実態があるとの指摘をうけ、公取委は調査に乗り出します。同年10月以降、「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫⽤⾏為等に関する実態調査」として、中小企業・大企業計約30,000者を含む製造事業者や有識者、事業者団体などへのヒアリングを経て、2019年(令和元年)6月、調査報告書のかたちで結果を取りまとめます。

内容は、「名ばかりの共同研究を強いられる」「知的財産権の無償譲渡を強要される」といった衝撃的な回答を含むもので、公取委は報告書のなかで「我が国における企業の知的財産戦略⾃体が成り⽴たなくなるおそれ」があるとまで踏み込んで、警鐘を鳴らすに至りました。

製造業からスタートアップへ

なお、同調査では、中小企業のうちスタートアップからの回答も見受けられました。足もとでは、大企業がスタートアップ等と連携し、新たな価値を創造するオープンイノベーションが重要視されてきていた実情は広く知られていたところ(2019年12月11日公取委事務総長記者会見より)であり、スタートアップが公正かつ自由に競争できる環境の確保の要請は高まっていたと思われます。また、スタートアップの起業に伴う新規雇用の創出を通じた我が国経済の発展といった観点なども、公正かつ自由な競争環境を確保の観点から重視されてきました。

そこで公取委はさらに、「大企業対中小企業」「製造業における不当な知財の吸い上げ」といった視点を、「企業がスタートアップとの事業連携においてあるべき姿」へと発展的に切り替え、同年11月より、「スタートアップの取引慣行に関する実態調査」を行うことになります。同調査では原則創業10年以内の非上場企業をスタートアップと定義し、約1,600のスタートアップや有識者等からヒアリングを行い、1年後の2020年(令和2年)11月、調査報告書を取りまとめました。

産業政策とのコラボレーション

いっぽう、政府が設置した未来投資会議においても、2020年4月、当時の杉本和行公取委委員長が出席し、上記のスタートアップとの事業連携のあり方に関する問題意識について意見及び上記調査の経過報告が述べられ、各委員からも同様の問題意識の共有が図られました(第37回未来投資会議 議事要旨より)。そして、同会議での議論を踏まえ、2020年7月、成長戦略実行計画が閣議決定され、このなかで「大企業とスタートアップ企業の契約の適正化」との項目が設けられ、「各契約における問題事例とその具体的改善の方向や、独占禁止法の考え方を整理したガイドラインについて、公正取引委員会と経済産業省連名で年内を目途に案を作成し、意見公募手続を開始する。」ことが確認されました。経産省が合同でガイドライン策定にかかわったのは、この計画において、競争政策のみならず産業政策としての位置づけが明確になったからのようですね。

※なお、同成長戦略実行計画では、先日ご紹介した「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」についての策定方針も定められています。

大企業とスタートアップの「共通言語」

今回定められたガイドラインは、2020年11月に取りまとめられた「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」の内容と、上記成長戦略実行計画を受けて、同年12月に策定・公表された案がベースになっています。

前置きが長くなりましたが、このように、今回公表されたガイドラインは、もともと「製造業者による、中小企業の知財吸い上げ」というセンセーショナルなキーワードが発端でした。つまり、「大企業による不当な知財搾取の抑止」という規制的な側面を持つことは否定できません。

ただそのいっぽう、議論の過程で、大企業がスタートアップ等と連携し、新たな価値を創造するオープンイノベーションが重要視されてきたという文脈も見逃すわけにはいきません。本ガイドラインが、大企業とスタートアップとの「共通言語」となり、この共通言語を介して協業の環境が整えられ、オープンイノベーションがより促進されるのみならず、より実効性を確保できる環境が整えられてきたと考えることもできます。

違いの感覚をすり合わせるための「共通言語」。そのような意識のもと、ガイドラインに触れてみると、スタートアップのみならず、大企業側にとっても学ぶことの多い内容ではないかと感じます。




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