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嘘吐きは夜の海を散歩する

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僕の心象風景。即ち詩です。
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2023年2月の記事一覧

20221020

淚。 の後に廣がる平原 霧の立ち込める 白樺の林 木々の向こうは靄に覆はれてゐて何も視えない 愛する君の背中 白いポリエステルのブラウスと 細く貧しい長い髮 ぼくはそれが大好きだつた その貧相な髮を手櫛で整へてあげて———— 何時だつて 目が熱くて痛い 鼻が詰まつて息が苦しい 大きく開いた口からは嗚咽と涎と呼吸が漏れて 吐き出した呼吸は 足元の花の上に落ちる 白くて背丈の低い丸い花 可憐な花は 邊りに 幾つも てん、てん、と咲いて在(い)る 花は何處までも續い

僕の大好きな

波は穩やかに搖れ 暗闇の 中の 海面(みなも)は何も無い 叢や森と區別が附かない 街の燈をゆらゆらと 映して輝いてゐる 夜の海 たおやかなる波は ぼくの腕から歪に飛び出たものや 荒ぶつた軀を緩やかに 平板に延して、馴染ませてゐく 半刻も經つと 頭上に幾多の星が瞬いてゐるのが目に入つて ぼくは夜の陰が織りなす闇の中に「ただいま」を云ふ

もう一度

淸らかなたましいを持つ 君は ぼくの階層(レイヤー)とは違ふ場所で 今頃天使なんぞをしてゐて 弱氣で迷へる人々へ數字を屆けるやうな そんな仕事をしてゐるのではないか? けれども君の純粹で 探究心の旺盛な心は そんな仕事で滿足するとは思へない あゝ、だから、早く、此方へ 戾つておいでよ 互ひに觸れることの出來る場所へ

20221013

雨上がりの森 草と草の隙間から立ち上る土の匂ひ 天へ還らうとする冷ややかな雫たち ぼくは白い岩の上で胡坐をかいて坐禪のポーズをとる 黒い山高帽を被り、白いシャツにネクタイを締めればぼくは紳士だ。 紳士たるもの禪を嗜んでゐなくては不可ない 新しく始まつていく豫感が始まり其のもので ぼくの腕の皮膚の内側が波打つて細胞が彈んでゐる 息を吸へば冷涼な空氣が這入つてぼくの中をすがすがしさで染めていく 「總てに祝福を!」 なんて總てが何で在るのか知りもしないのにさう云ふことは

20221012

珊瑚礁の白ひ砂浜 何處迄もつゞく白ひ砂の地 白ひ貝殻が三つ並んで置いて在る 三つの陰が白ひ砂の上にくつきりと並んでゐる 空は碧く突き抜けて南国の明るさを思はせる けれども海は無い 何處迄往つても海は無い 切り取られて仕舞つたかのやうに 碧ひ空と白い砂浜は涯て無くつゞく

20221011

泥の雨はひとしきり降り注ぐと 雲は割れ、 空の隙間から光が差し込んだ そう思ったのも束の間 赤子の叫び声のような大きな音と共にざっと雨が降る。 けれどもそれは 幻のように即ぐに消え去り ぼくは森の方へ足を踏み出す。 濡れた草が革靴の裏できゅっきゅと鳴き声を喚げ 土や草のあおくてこもった匂いがむっと立ち上る。 泥や何かはもう雨ですっかり流されてしまっていた。 昨日までのことが嘘みたいに。 ぼくは振り返ってあめちゃんを見る あめちゃんは両手を後ろに組んで 「だから言ったでし

20221010

花が咲く 咲いていたのに 泥の弾が降り注ぎ 被弾したところから 穴が空いて 白い骨のような 珊瑚の死骸のような 大地が剥き出しになる 花の咲いていない場所は 土ごとぼろっと取れて 今じゃ見る影もなく ぼろぼろに荒れた土地だ。 この洞窟の入口にも 泥の弾は着弾し 衝撃が硬い岩の大地を殴りつける ぼくの足元にも土が飛び散って穴が空く 洞窟のすみの薄暗い場所にいたあめちゃんを呼び寄せて、 ぼくは抱きながら頭を撫でる こんな悲しみはただ 疾く、過ぎ去りますように、と。

20221129

地底の屋根を突き上げて頭突きと拳で地上に出たら、ハイ上がり。 って思っていたのに上には上がいるもんで、 僕を見下ろす、存在。二つの金の目。 ネコちゃん! ネコは問う。 「汝、この雲に何の形を見るか?」 わかんないよ、わかんないよ。 「汝、この雲に何の形を見るか?」 じっと僕を見る猫の目に映る僕の姿はイキった口元と泣き出しそうな眉の不均衡な表情で 僕の旅はまだまだ全然続くしここは青空などではなくて青空の絵を描いた室内なのだということを悟る。

20221108/月と天王星が喰われる日

ベランダにレジャーシートを敷いて 寒さに震へながら 月が天王星と共に喰はれるのを待つ 暖かいお茶は見る閒に溫度を失ひ 僕の身體は少しづつ冷たさに蝕まれる 次に同じ空が見れるのは二百十三年後ださうで その位先になれば 僕はまた君と再び逢へてゐるのだらうか 神さまは赦して吳れてゐるか知ら? 僕は頭上の宵闇に祈りを向ける あの月も あの星たちも どうか覺えておいてくれ 僕の思ひを 僕が死んだ後に 同じ月を見るあの子に傳へておくれ 何時かまた逢へる時まで あの子が僕の匂ひを少し

A HappyNewYear2023

凛とした音に包まれた朝 鈴を鳴らしたやうな靜けさの音が聞こえる 碧碧とした草叢の眞ん中には翡翠の湖面 注いだ光が反射して草たちを耀かせてゐる。 水面に立つ朝靄の向かう側に 短いおかつぱ頭の 少女の影が搖れて 色を見せたり失くしたりを 僕の前で繰り替えす 朱、黑、白 ざざつと草を踏みながら 女の子は此方へ向かつて驅け出した 朱い袴の、巫女の姿。 彼女は大きな口を開けて笑つてゐる。 その顏を見ると僕も釣られて笑つてしまふ。 「あけましておめでとう!」

薄い身体も 髪の細さも 小さな手と細い指も 頭を撫でる手の温もりも 悪戯じみた笑い方も 全部覚えているのに 会ったことがない君を 死んだ後も僕はずっと愛しています。

2月23日

ぐさっと心臓を突かれた のではなかった 頭の上の 向こうで輝く太陽の 丸の部分がちょうど真っ暗で覆い隠されてしまったのだ。 それでも隙間から漏れ出る太陽のひかり あまい光 あたたかな光 僕には降り注がないその光 は ただ僕の世界が暗闇だと云うことを 教えてくれるのみ 僕はその上の空に行く この太陽の 上の空 そこはもっと明るい世界さ。

砂地に膝をつき 半開きの口から 落ちるよだれ が 砂の上に絵をつくる前に うなだれた僕は立ち上がる 白茶の視界 黒い人影が揺らぐ 背中から陽が差している 振り返れば僕はまた 歩いてゆくのだらう。

何時だつて挫けさうな時ひかりに成るのがあの子の存在であの子がいるから僕は踏み留まつて居られる。あの子の感触は今も僕のたましひに刻み込まれてゐる。