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中動態とこれからの組織論


さっき、前に一緒に働いていた後輩の、仕事の相談にのったので、ちょっと思ったことを書き残しておきます。


後輩「今の部署が、経営陣との溝ができてて、めちゃモチベーション下がってるんですよね。で、そのことを伝えたら、マネージャーになって今の部署を真剣に良くしろって言われたんだけど、そこまでのやる気はないんですよねー」


後輩「上司が部下のミスをネチネチ言ってくるんですけど、上司がミスしたときは、めっちゃ軽くごめんねっていう感じが、なんか腹立つんですよねー」


こんな感じの内容でした。


そして最近、「中動態の世界」(國分さんという方)という本を読んだので、あーこれはまさしく、中動態の喪失社会なのだなーと感じたので、下記、中動態と組織論という、めちゃ立野ポエムな内容にてw。あとあんまりまとまっていないので、ご興味あるかたのみ


①伝わる「ごめんなさい」とイラッとさせる「ごめんなさい」


「中動態」という、わけの分からない単語の説明をする上で、一番わかり易い例が載ってたので、ご紹介。


能動的(みずからやる)の反対語は、受動的(やらされる)だと、思われています。「ごめんなさい」にあてはめると、


自ら謝る能動的な「ごめんなさい」と、
言われて謝る受動的な「ごめんなさい」の、
2つがあるということになります。


が、日常生活で、大切な分類は、能動とか受動じゃなくて、
イラッとさせる「ごめんなさい」
ちゃんと伝わる「ごめんなさい」
かどうかだよねっていう話。


彼氏「ごめんっていってんじゃん。浮気して悪かったってさ💢」
彼女「はっ、ぜんぜん反省してないじゃん!マジ腹立つ!!」
の「ごめん」と、


彼氏「ほんとにごめん。真剣におれと一からやり直してほしいm(_ _)m」
彼女「まー最近の私の態度も良くなかっとおもうし、こっちも悪かったかも」
の「ごめん」は、


両方とも、自らいってる「ごめん」だけど、違うよねって話。


同じ言葉だけれども、違う「ごめん」。イラッとさせる「ごめん」を能動的なごめん、ちゃんと伝わる「ごめん」を中動的なごめん。と、昔の人は分類してたらしいです。昔は、能動的の反対語が、中動的だったらしい。


ポイントは、謝るという行為は、一人じゃ成立しないということ。「する」(受動)と「される」(能動)では、説明がつかない行為を中動と、昔は呼んでたよっていう話。


現代では、ぜんぶ、受動と能動に分類されがちだけれども、一人じゃ成立しない、「する」とも「される」とも説明できない、そんな行為で、世の中溢れかえってるんじゃないだろうかって、思います。



②東洋的思想でいくと、もうぜんぶ中動態が気がする


「する」とも「される」とも説明できない、一人では成り立たない行為。。。


ちょっと、立ち止まって、日常を、ふりかえってみると、ほんとに能動とも受動ともいえない行為で、溢れかえっているなーって思うんですよね。


もう一歩、飛躍した話を、してしまいます。


以前、書いた、色メガネに関するブログhttps://note.mu/omrice/n/na196e3acf9e0
https://note.mu/omrice/n/ndf0ed8a86966


じぶんは、今まで生きてきた中で、親からもらった言葉とか、聴いてきた音楽とか、見てきた映画とかドラマとか、読んできた本とか漫画とか、そんなので、人は出来上がってると、思っています。


って考えると、みずからやってる(能動)なんてのは、ぜんぶ気のせいでw、もうぜんぶがぜんぶ、やってるのでもやらされてるのでもない、中動なんじゃないのかなって、思ってしまうのです。


③稲刈りもDIYも、お金を払ってする時代


これからの組織を考えるうえで、プロジェクトを運営するうえで、中動態の概念の理解は、けっこう大事なんじゃないかなって、思います。


小難しいことをいうつもりは、まったくないのですが、お金のために働く。給料でつながる。が減っていくであろう令和なこれからにおいて、人は、「やる」と「やらされる」だけじゃないぞって、っていうか、ほぼそれ以外だぞって、思っておくということが、大事なんじゃないのかなって、おもうのです。


後輩の働いてる会社じゃないけれども、働きたくない会社、モチベーション下がる上司、が世の中にある一方で、


・お金を払ってまで仕事してる色んなオンラインサロン
・お金を払ってまで参加or応援する色んなプロジェクト
もたくさんあるよっていうこと。


もちろんそこには、経験が積めるであったり、つながりが増えるであったりというような価値に対しての投資という側面もあるのかもしれないけれども、


そこには、どうしてもやりたいというリーダーと、それに共感したフォロワーの相互関係がある(一人じゃ成立しないってこと)。別にいやいややらされている(受動)でもないし、フォロワーは自らやりたいの(能動)ではなくリーダーの思いがあっての行為なので、まさしく中動態っていう、感じがする。


「古民家 再生 クラウドファンディング」とか、「農村 空き家 プロジェクト」とか、検索すると、いっぱいイベントとかプロジェクトが出てくる。そんで参加費は3000円くらい笑。リフォーム工事も、農作業も、給料を払うパターンもあれば、参加費をもらうパターンもあるってのが、おもしろい世の中だなって、おもいます。


まとめ
①一人だと成立しないことだらけな世の中だよね
②人は「する」でも「される」でもない動機で動きがち
③これからはモチベーション管理とかじゃなくてやりたい発信

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