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【短編】デズネイ・ランドに住もと思うんだべ👵

「デズネイ・ランドに住もと思うんだべ」

おばあちゃんが突然そんなことを口走った。最近はめっきり歩くことも少なくなり、スプーンもうまく持てなくなっている。箸だけはまだちゃんと持てるみたいだ。もう日取りなんて覚えてないくせにゴミ捨てをやろうとするから、毎日迷惑している。そんなおばあちゃんは、口調は穏やかなまま、しかし私たちを切りつけるような剣呑な雰囲気で話を続けた。

「今まで ふづぅの幸はせに拘泥ぃして、じ様と結婚して、お前らみてぇなシャバガキと暮らしてきだの、もうこりごりなんだべ」

天気雨が降ってきたようだ。ポツリ、ポツリと小さな音が救急車が近寄ってくるみたいに大きくなっていって、陽は照っているのと裏腹に雨脚は強まっていった。

「そう アタシは確かに醜女だ けどだからといって醜男とまぐわさせられて、ガキうまされて、ガキは全員アタシらに似たブスどもなんだべ。アタシだって、デズネイ・ランドで姫さんになりたかったんだ。美智子さまって分かるかい❓美智子さま あのお方の成婚をアタシ 新堂さんちのテレビで見たときは、ほんとうに綺麗で 綺麗で そんで自由で仕方なくて……」

そう言って寝てしまった。年寄りなので繰り言をぶつぶつ呟いているうちに寝てしまうことはよくある。けれど、今回の話は堪えた。まだ高校生の私の喉の奥に、小骨のように刺さった。私だってあなたの扁平な豚鼻と醜く伸びた顎を引き継ぎたくはなかった。

私も、お母さんも、お父さんも、おばあちゃんも、おじいちゃんも、誰も選ばれなかったから、こんな村で暮らしているのだ。「君の名は」はファンタジーだ。

それからおばあちゃんは一月とたたず息を引き取ってしまった。アルバムから引っ張り出された昔の写真は私とそっくりで、集まった親戚たちは血族の「確かな」つながりを無邪気に喜んでいた。火葬すると、年に見合わず太く頑丈だった彼女の腕がくっきりと残っていた。骨壷に入りきらなかった。

「この家系は骨が丈夫なんですね」

職員のお姉さんはそう言った。彼女も別に特に美しく無い田舎の女だった。

「田舎だと身体が資本ですからね。今までずっと頑張ってこられた証です。おばあさまに似ているあなたもきっと病気知らずですよ!」

まったく嬉しくも無い褒め言葉だった。美少女として産まれた私を夢想する。折れちゃいそうなくらい細くて、繊細なガラス細工のような顔の作りで、火葬なんてしたらきらきらの砂だけが残るの。ディズニーの王子様みたいな男に求婚されて、それで……

一年後、私は東京に出ることとなった。正確には東京近郊の専門学校だけど。もう地元は本格的にダメになってしまった。子どもも、産業も、学校すらも無い。父親は難色を示したけれど、時代の流れはどうにかなるものではなかった。とにかく私は東京に出た。それがバラ色の未来どころか、マトモな未来すら約束するものでは無いと分かっているけど、それでも私は東京に出た。

東京には何でもあった。いや、ほんとうは地元にだって何でもあったのかもしれない。電車に30分揺られれば県庁所在地のデパートがあって、イオンがあった。そこでは東京で流行している高級化粧品やプチプラを買えたし、カラオケだってあった。それらすべてが多少豪華になっているだけだ。何も違わない。違ったのは、私が色気付こうとするたびに文句を言ってきた家族の存在だけだった。そう、ここでは可愛くなることが許されているのだ。地元は不自由で、だから私は可愛くなれなかったのだ。今ならおばあちゃんの気持ちがわかる。東京は、自由だ。

ブライダルプランナーの専門学校だった。私以外の女の子はみんな可愛くて、垢抜けていた。顔が小さくて、華奢で、白くて、今にもきらきらの砂になってしまいそうな女の子たち。私はと言えば、ゴツゴツしていて、黒くて、燃やされても骨まで残ってしまいそうだ。女の子たちはいつも私を遠巻きに見つめて、くすくすと何かを話していた。ころころと、鈴のように凛と鳴る笑い声。私の悪口を言っているはずなのに、どうしてこんなに綺麗なんだろうか?散らかった自室で真似してみた。ゴロゴロ。何で私は綺麗じゃ無いんだろうか?

ある休日、新宿に出た。バイトでお金が貯まったのだ。自分を変えたくて、美容室に向けて5000円を握りしめて向かった。髪染めは怖いから、まずはカットから始めようと思った。そうしたら、声をかけられた。

「ねぇ君かわいいね お兄さんと一緒に、遊ばないかい❓」

いま思えば下卑た目をした男がいたけれど、そのときは気づかなかった。目は細くて、歯並びも良くなかったけれど、髪色がブリーチを3回くらいかけた金色だったのが都会的だった。これはナンパだろうか?そう思った。私でも声をかけられる。そう、私は価値がある。田舎が縛りつけていただけで、私は着実に可愛くなっている。

それが間違いだった。私の薄きれのような純潔はいつの間にか奪われていて、連絡先くらい交換してくれると思った男はいなくなっていた。しばらく意気消沈していた私が数日後、何気なしにツイッターを開いて見たのは目を疑うような光景だった。

スト値1.5(バケモノ)ホテ搬
ブスで処女でしたが可食範囲を増やせと師匠の教え
頑張って抱きました❗️
喘ぎ声がキモかったw
▶️
— ナンパのKAITO🌊【千人斬りへの道】 (@〇〇〇〇〇〇)
July 19, 2022

 私の声だった。ああ、そうか。あまりに苦しすぎて、無感動にそう思った。私は選ばれなくて、選ばれなくて、どこまでも選ばれていないんだ。バケモノで、どこに行っても救いはないんだ。普通の幸せやささやかな暮らしすら得ることができないんだ。そう、無感動に思った。輝くネオン、新宿、穢れに穢れを塗り重ねた、19の夏。

今の東京はどんな仕事もある。人手不足、ってやつだ。怪しげな仕事もたくさんあった。自分なりに食を絶って、髪をさらさらにするサロンみたいなところに行って、GRLで当座の服を揃えた私は、いわゆるソープランドで働き出した。不思議と辛くはなかった。寝そべって、客の動きに合わせて声を出していれば良かったから。それとも、これ以上辛くなることなんて無かったから?毎日出勤した。学校は辞めた。人の幸せを手助けする仕事なんてまっぴらごめんだ。私が、幸せになりたいの。

この見てくれでも意外と稼げるらしい。ほとんど毎日出勤すれば月40万になって、裏やPと合わせれば100万近くにもなった。親はまだ私が学校に通っていると思っている。学費の着服も合わせれば、一年半くらいで簡単に1000万になった。これくらいあれば、たぶんどうにかなるだろう。世の整形YouTuberが失敗してるのは、一度に全てを直さないからだ。少しずつ顔を変えるたびに、少しずつ足りないところが目について、穴を埋めようとするたびに別の地盤が崩落する。私は賢い。あいつらとは違う。誰よりも良い女になって、ディズニーランドに住んで、それで……

包帯をとった身体はディズニーのプリンセスみたいだった。クリニックの照明が反射してきらきらと輝いている。きらきらのお目目に、きらきらのお鼻に、今にも折れちゃいそうな手足。私は、生まれ変わったのだ。それで、それで……それで?何をするんだっけ?ディズニーランドに住んで、王子様がいて……?

とりあえずディズニーランドに足を運んでみた。友達なんてひとりもいなかったから、私だけで回った。痛いほどに集まる目線に胸が高まった。ナンパすらされた。ナンパしてきた男が、中学生の頃ひそかに憧れていた学年一のイケメンの赤木くんにそっくりで、とりあえず一緒に回って、寝てみることにした。

「大好きだよ」
見た目と裏腹になんだか実直そうな赤木くんはこういう経験に慣れていないのか、ホテルのベッドで私の目を見て告白してきた。曖昧な返事を返して、改札で別れたその場でブロックした。セックスが下手クソだったから。そうそう、あと、彼は、元の私が恐ろしいブスだったと知って、それでもまだ好きでいてくれたのだろうか?

何も信用に足らなかったから、結局ホストに貢いでみるしか無かった。彼らは金で優しくしてくれる。彼らが金のために優しくしてくれていることだけはほんとうだ。ホストにガチ恋して沈められるバカたちとは違う。私はあのバカたちよりも絶望を知っているから、一線を保つことができるから、ぜんぜん大丈夫。

「店外でも会お❓りりこちゃんとさ、結婚したいんだ。」
そんなことを口走ってきたバカの口撃をひらりと交わしているときの昏い悦びが、ホストに通っていて一番よかった。そう、この男が私を金蔓だと思っているのか、それともこの顔面に惚れてくれたかは分からない。でも、いずれにしても偽物だ。物語の女の子みたいに、私は好意を袖にしてみたかった。この中で一番モテる王子様が私を見て、嘘でも一緒に暮らそうと、結婚しようと言ってくれる。それが何よりも、嬉しくて、バカバカしくて、しょうがなかった。

ホスト遊びにも飽きた私は「港区女子」になってみようと思った。下卑た顔つきの中年男性が10000円札を意味もなく燃やしながらカクテルを燻らしていた。彼は日本の有力者らしい。歌舞伎町で散財していた頃にもとうとうお目にかかることはなかったような絶世の美少年もいた。もう25くらいだろうか?私でも田舎のテレビで見たことがあるような国民的若手俳優というやつだった。肌がきらきらと発光している。彼は私を口説いてきた。

「ねえ、横空いてる❓」
風俗を始めてから今まで話してきたどんな男とも違った。彼は自分の美しさに絶対の自信を持っている。そして、自分が一声かければみな付いてくるという、圧倒的な確信があるみたいだ。今声をかけたのも気まぐれだと彼は言った。癪だったが、その言葉があまりにも「ほんとう」すぎて、抱かれてやろうと思った。南青山の、芸能人御用達のバー。裏には芸能人専用の『部屋』があった。

『裏』に連れ込まれると、下卑た笑みを浮かべた男たちが裸で待っていた。みなテレビで観たことがある。美しい顔立ちと下卑た表情がなんだかチグハグで面白かったが、妙な「臭い」がすることに気がついた。

「気づいた❓」
嫌な臭いだ。思えば、この美少年からもどこか果物のような甘ったるい香りがする。これは、これは……
「そう、草だね。でも君は新入りだし、これを使ってもらうよ。」
直接吸ったわけではないが空気にあてられて少しだけ頭が鈍ってきた。大○は吸ったことはない。ただ、むかし店の裏で店長たちが妙な臭いのタバコを吸っているのが香ってくることがあり、今思えばあれがそうだったのだろう。

そのうち、私が使うであろう例のブツが出てきた。きらきらした砂のような白い粉。私があんなにもなりたかったきらきら。きらきら、きらきら……?これ、もしかして?身を捩って逃げようと思ったがもうがっしりと拘束されてしまっていて、頭はだんだん遠くの方に遠のいていって、きらきらの砂を口に含まされて、
「これでもう共犯関係だね。一緒に楽しもうよ……て、もう聞いてないか」
いつのまにか私はベッドに転がされて、今まで見たことがないほどに美しい男たちとのまぐわいが始まっていた。美男美女のまぐわい。喘ぎ声。『裏』はきらきらと鏡で装飾されていて、どこまでも続くディズニーランドに見える。スパークする幸せ。きらきらが頭の中で飛び散って、全部がもうきらきらの中で燃やされていって、それで……



ジンジンと頭がなる『裏』の一室。きらきらの砂。私。ここが私のディズニーランド。ここにずっと住もうと思うの。どう?

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