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ある日、斜め下の階に越してきた元彼

以前、以下記事で触れた7年弱お付き合いした人のスピンオフエピソードについて。これは、タイトルの時点で引いている人がいるかもしれないが、怖い話とかではなく個人的にはいい思い出なので書こうと思う。

すれ違い続けた4度目の婚期。
「30過ぎてもお互いにひとりだったら、結婚するんだったよね?結婚しない?」「しないよ」のその後は、さすが10年越えの関係だけあり、特に気まずさは残らず、いち友人としてポツポツと交流は続いた。

そんなある日、引っ越しを考えているという彼の物件探しに付き合うことになった。当時私が住んでいた最寄り駅周辺がバイクや車を移動手段とする彼には便利かつ、沿線は異なれど南北に行き来すれば、もともと比較的近いエリアだったこともあり、立地がわかるという点でも都合が良かったようだ。

その日は3〜4件ほど内見。どの物件も駅近で陽当たりも良く、バイク駐輪などの条件も満たしていた。そういえば、どうなったんだろう引っ越し….と思っていた1ヶ月ほど経った、とある週末のことである。

「オーライ、オーライ、すとーーっぷ」ベランダの網戸越しに聞き慣れた声が聞こえたような気がした。洗濯物を干そうと外に出た際に下を見ると「越してきたよ〜」と元彼が笑顔でこちらに手を振っているではないか。

「あぁ…..そうなんだ、よろしくね」と私。
驚きを通り越して、逆にまともな言葉がついて出るという経験はそうない。

そのびっくりには、以下いろんな意味が込められていた。
・内見した物件はどうなった!?
・なぜ、同じマンションに?
・あれ、最近彼女できたっていってなかった?
・これ、現実!?

すでに「怖い!!」と感じているかもしれない人のために、彼の人柄や当時の関係性を念のため補足しておこうと思う。

共通の友人が多く、長年一緒に居ただけあって家族よりも私をよく知り、別れた元旦那さんのような感じだった。相手もよく私を元嫁だと笑いながら言っていた。
家庭の事情で自立がだいぶ早く、高卒、お勉強は苦手でもそれ以上にユーモアや愛嬌に溢れた人だった。DIYや機械修理など彼の生活力やタフさ、器用さには何度救われたことか。

ただ、あまりの見た目の地味さに失礼ながら姉からは「ジミー」と呼ばれていた。それでも付き合っていた頃、彼は私だけでなく姉のお願いごとや我儘を何度も快くきいてくれ、別れた後も私のことを家族のように心配し、ワーホリに行く前の引っ越しや再上京まで自ら手伝ってくれた。

私の家族も同様、別れた後に顔を合わせることを気まずく思わず彼を親戚の子のように慕っていたのは確かだ。彼も自然なほど家族に馴染み、海外戻りの私ですらびっくりしたのを覚えている。共通の友人たちも含め、皆そんな具合だった。

何の縁か、それから1年ほど。
ある意味『ご近所物語』の距離感で元彼とのご近所さん生活が始まったのだ。

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