【短編小説】バベルの糸 第8話

「ヨミは何処だ」

 荒々しい声が聞こえた。タクトが部屋を出て大広場を見下ろすと、大柄な男が広場の中央に立っていた。

「ヨミ様は、此処にはいらっしゃいません。どうか、お静かに願います。どうか⋯⋯」

 編み人の中でも年配の女性が必死に男を宥めていたが、男の怒りは収まりそうになかった。

「なら何処にいるんだ、教えろ。国賊の屍に花を添えるとはどういう了見だ」

 タクトにはあの丘に咲かせた花の意味と意思が、あの男に伝わるとは思えなかった。だが、あの日以来また眠り続けているワラビを、あんな男に差し出すわけにはいかない。自分一人がやった事にしようと階段を降りると、タクトよりも先にカシワが男の前に立ちはだかった。

「あんた、第七部隊のリュウか?」

「ああそうだ。お前は⋯⋯」

「カシワだ。あんたとは、無線で話した事があっただろう」

 リュウは目を見張った。カシワの左肩から、今はない左腕を見ているようだった。

「生きていたんだな」

「あんたも見たかもしれないが、ヨミ様の“踊る少女の影”が、俺や皆を救ってくれたんだよ」

 リュウは大広場と、壁沿いにある各階からこちらを覗く怯えた編み人達を一通り見渡した後、カシワに視線を戻した。

「⋯⋯大声出して悪かったな。お前達をどうにかしようってわけじゃない。カシワ、表に出てくれるか。話しておきたい事がある」

 リュウはカシワを連れて北の塔を出て行った。タクトは自分の脚が震えている事に気付き、溜め息をついた。タクトが生まれる前に内戦が終わって軍は解体されたのに、糸の世界はまだその恐怖を拭いきれていない。
 二人が出ていく間際、カシワは体が固まってしまったタクトの目を見て、思うように変えられない表情の代わりに声に気持ちを乗せた。

「大丈夫だ、タクト。すぐに戻るから、温かいかぼちゃのスープでも作って待っててくれ」

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