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ちょろいぜ。

 今日も一本また動画を観終わった。最近は毎日のようにアップされるマセキの芸人ライブをついつい観てしまっている。お目当てはルシファー吉岡。ふと気づけば、おじさん見習いである自分が、ど真ん中おじさんの彼のネタを楽しみに待ち構えてしまう切ない構図である。さっきは「通販番組」は観ていたんだけど、やっぱり野性味ならぬ変態味溢れる、もう突き抜けちゃってる、ルシファー吉岡のネタは好きだなぁと。

 そういう定期でのぞく芸人/ネタがあるように、思い出したかのように、突然ふと観たくなるものもある。やさしいズの「病院」なんかはそれで、”ままならないくせに意外に的を得たロジックの展開”ってのはなんだかスカッとする。「受験」のようなネタを観てると、「自分が悲劇の中心にいると思っていたのに、意外なところにもっと悲劇な人がいる」ということを身近でごくごく小さな事象から知ることができ、笑えるだけでなく、救いのあるやさしいコントだよな実際、なんてことを思ったり。

 どんなにバタついている日であっても、芸人誰かしらの何かしらのネタを数本は観るようにはしている(というか、ついつい観てしまう)のだけど、それは「日々は笑ってないと過ごしてなんかいられないぜ」と思うことが多いからであり、なんとなく忙しさに追われる自分にロボット性を感じたときに「あぁ、最近笑えてないのかもな」とビビり、その病に対する処方と予防を兼ねている気もする。

 お笑いにかぎらず、ふと涙がたれるような映画だったり、心臓が止まるかと思うくらい迫力あるダンスだったり、塞ぎがちなときほどエンタメに救われているような気がする。そうやって、笑うでも泣くでもハッとするでも何でもいいけど、心が突き動かせれるような日を毎日毎日過ごしていたいとは思っちゃう。そして、人間の喜怒哀楽のような感情は、一番最初に「驚き」から始まるとどこかで聞いたことがある。そして、哲学のような「深く考える」ようなことの原点にも驚きがあるとかないとか。

 今日も今日とて明日は明日なりに驚きがある日になっていればそれだけで一日は満ち足りる。そんなもんでニンマリできるんだから、まったくちょろい人間だよ、おいらは。寝ます。

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