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恋に恋しがちな東京。

東京を中心とした都会に栄えている産業が、憧れ産業であると思っている。「あの映画/ドラマの○○みたいになりたい」「あの人にみたいな働き方ができるようになりたい」というような。

憧れを受ける人は、芸能人、起業家をはじめとした著名人だが、無名であっても「好きなことを仕事に」とか「自由な働き方」などを口にする人たちもいる。セミナービジネスが妙に元気なのは、その憧れあってこそ。

憧れ産業には、光と闇、二面性があると思っていて、プロ野球選手をみて子どもたちが夢を持ってがんばっていこー、となるのはいいことだけど、相手の心のスキマをつっついて自分のファン/顧客にしようとする”弱者向け商売”みたいなあまりよろしくない面もある。

イケてる自分に向かって、イケてると思う人の背中をただただ追っていく。都会のよさの一つでもあるが、多発される何かしらのイベントにさえ行けば、憧れの人を目の前にすることもできるし、場合によっては、話をしたり、SNSやサロンでつながることだってできる。

そうやって、「イケてる人たちがいるグループに自分もいる」という点に安心や誇り、ステータスを感じるようだ。自分が何をするかどうかでなく、自分がどこにいるかという所属意識のほうに。

これはどんなブランドを自分を身に着けているのかっていう洋服感覚なのだろうか。風呂のためにすっぽんぽんになっちゃえば、なんてことないのに。

まあただその存在自体を否定する気はなくなくて、「おれたちイケてるでしょ」だけで成り立つ経済圏みたいなものがあるのは事実のなか、その経済圏に自分がいたいかどうかを考えたほうがいいじゃないかって。

イケてるからそこにいたい、ってのは、とにかく「恋」というのを味わってみたいだけの、”恋に恋してる”だけの状態に似ている。ぼくは思う。東京には、理想を抱きながらも、地に足がついてなく、ふわっふわしているような、恋に恋しがちな人がわりかし多い、と。

東京女子図鑑』で、水川あさみ演じる綾が、駅と彼氏とキャリアを転々とする姿は、秋田の田舎から都会にでて、夢に描いていたトーキョードリームを掴もうとどこか必死で、反面、どこか虚しさを感じるのは、まさに”恋に恋しがちな東京”を描いているからではないか。

あなたは何がしたいのか。自分の性格や骨格、顔、髪型などを、身の丈にあった服はどんなものなのか。これをずっと考えながら、自分と向き合っていきたいし、切り捨てるでない東京との付き合い方を探していきたい。

少なくともイケてる感をアピールをするのに必死な人たちと、それを群がっている人たちを見るのはちょっとしんどいのはあるなぁ。だから、今のような暮らしがあるわけで。とはいえ、憧れあるゆえの燃え上がる恋がなければ得れないものあるよねぇ、というちょっとした葛藤もたまに......。


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