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駒場東大前の高校のグラウンドには、投げ捨てたすね当てがまだ転がっていた

高校2年生の10月、もうすぐ秋の公式戦が始まろうとしていた頃のことだ。
サッカー部に所属していた僕は、ちょっとした怪我が続いていた。
練習中に思いっきり腕を打ちつけてしまったり、もともと持病があった腰が痛くなったり。
練習を途中で切り上げるようなこともあって、先発とベンチスタートを行ったり来たりしていた。

そんな時期に、駒場東大前から少し歩いたところにある高校で、練習試合があった。
都内のサッカー強豪校で、僕が所属していた超弱小校からしたら、雲の上の存在のような高校だった。
到底、練習試合を申し込んだところで足蹴にされるようなレベル差があったけれど、当時の顧問が繋がりがあったかなんかで、たまに練習試合が組まれた。
こちらの高校に来てくれることはなくて、いつも相手の高校に赴いていた。

前述した通り、メチャクチャな実力差があった。
1軍同士で試合をした時には、10点以上の得点を取られて負けた。
野球じゃないけどもうコールド負けにしてくれって感じだったし、相手校の女子生徒が校舎からイケメンのサッカー部員のプレーを観てキャアキャア言っていたのが心身に堪えた。この上ない屈辱だった。
言葉少なに駅に向かってぞろぞろ歩いて帰る途中、「でも俺らの方が偏差値高いし将来性あるよね」といった誰かの言葉が虚しく響いた。
そういう問題ではなかった。

その後の対戦時は、さすがに相手チームも気を遣ってくれてくれてか(というか多分時間の無駄だと思って)、3〜4軍で試合をしてくれるようになった。
そして怪我を繰り返していたその時期に、また練習試合が組まれたのだ。ちょうど体調が良くなってきたタイミングだったこともあり、僕はその練習試合は先発になった。

しかし、開始1分で事件が起きてしまった。

ホイッスルが吹かれてから、まだ自分は一度もボールに触れていなかったけれど、なんだかベンチがザワザワしている。
見ると後輩がユニフォーム姿になって、交代の準備をしている。
ボールがタッチラインを割って試合が途切れたタイミングで、監督が叫んだ。

「太、交代!」

意味がわからなかった。
まだ何もしていない。というか、ボールにも触っていない。
ただキレた声で監督が交代を告げた。

きょとんとしたのち、段々と怒りが込み上げてきた。
どういうことだ。
八つ当たりか?気持ちが見えないとかそういう精神論か?
というか、試合が動いてすらいないし、なんかおかしくないか?

ピッチの外に出てから、ベンチに向かって歩きはじめたけれど、なんか阿呆らしくなってきた。
もう今日は帰ろう。

ベンチに戻るのをやめて荷物を取りに行くと、ベンチ外のメンバーがアップをしていた。
「あれ、太どうしたの?」
と声を掛けられる。
開始1分で帰られたからもう帰るわ、と告げるとびっくりしていた。

「お前の怪我の、気を遣ってくれたんじゃないの?」
一瞬そういうこと?と思ったけれど、監督の怒鳴り声を思い出して、いやあれはそういう交代じゃないと思い直す。
とりあえず今日はもう帰るし、もう部活辞めるわ、やる気無くした、と告げると、チームメイトはまた驚いていた。

もう辞めるからスパイクもいらないなと思って、この忌々しい思い出の詰まった高校に捨てて帰ろうと投げ捨てるモーションに入る。
ふと、自分の所持品の中でもスパイクが高価な部類に入ることが頭をよぎった。
手に持ったスパイクをシューズ入れに仕舞って、代わりに安い脛当てを思いっ切り投げ捨てた。
そして校門を出て、スタスタと駒場東大前駅に向かって歩いて帰った。

後日、監督に部活を辞めることを告げに行くと、ものすごく呆れた顔をされた。
「お前が腕を庇っているように見えたから、念のためベンチに下げたんだよ。もう直ぐ公式戦だろ?」

みんなの言っていた通りだった。
次の公式戦は使うから、責任持って続けろと諭された。
結局僕は、次の公式戦で割といい線まで行ったのに負けたのが悔しくて、高校3年の春まで部活を続けた。
若気の至りというか、本当に頭が悪くて被害妄想が酷かった10代だったことがわかる、最低なエピソードだ。


そんなクソみたいな出来事から10年経って、僕は下北沢に住んでいた。
その頃、よく電車に乗らずに散歩して2〜3駅先の駅の街まで遊びに行くことがあった。
京王井の頭線は、駅と駅の間が狭くて、だいたい徒歩圏内なのだ。

ある日、千里眼という二郎インスパイアのラーメン屋に歩いて行ったことがあった。
見るからに不健康で身体に悪そうで、量がたくさん食べれて、クセになるラーメン屋だ。めちゃくちゃ美味しい。
たらふく食って、お腹がパンパンになった僕は、腹を空かせるために周囲をフラフラ歩くことにした。

地図も見ずに歩いていると、なんだか見覚えのある学校の校門が見えてきた。
フェンスに「祝全国大会出場」と書かれた体育会系の部活の幕が掛かっている。
もしやと思って学校の表札を見ると、まさに10年前に、僕が脛当てを投げ捨てた高校だった。

一瞬にして当時の記憶が蘇って青ざめたり、恥ずかしさで顔が真っ赤になったりした。
「もうやめてくれ!」と思っても、同級生に宥められても怒りを収めず、挨拶もせずに勝手に家に帰った自分の幼稚な言動が鮮明に蘇ってくる。
投げ捨てた脛当てが、その辺にまだ転がっているような気もしてきた。

もうここにいたくない。
帰りは電車に乗って家に戻ろう。
僕は駒場東大前駅まで小走りで向かった。

You Only Live Twice / Barbara


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗などを経て、会社員を続ける。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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